魔王様と小説と。

 どちらも良くて、だからどちらも選べない。

 それが杏子さんの出した答え。


 そして、どうして普通に家に帰って来たのかを問い詰められたので、冴島さんが非常に紳士的だったと答えると、素直に納得してくれたのは良いのですが。

 まだ、時期が早かったのか、コチラも次の約束をせずに帰って来ただけ。


 以降は恋人の選び方を調べたり、アクション映画を観たりと過ごし、夏休みを終えた。


 以前と変わった事と言えば、ぬいぐるみを大事にしている事。

 そう物を所有しようとしなかったのに、ジメジメと暑い日でも離さない、それこそ私が触ろうとすると巫山戯て威嚇してくる。


 ココは凄く良い変化。

 もしかしたら、杏子さんは人間に戻れるかも知れない。

 そしてやっと、幸せになれるかも知れない。


《おはよう富和君、少し良いですか》

「おはようございます、はい、何か」


《部屋で》

「はい」


《どうでしたか》

「あ、はい、何とか読み終えました」


《魔王様の襲来で予定が狂いましたか》

「それは少しだけ、ですけど次の前衛を読み始めて、凄く難しいなと思ってて。何が幸せなのか、普通の人間相手でも難しいのに、魔王様には魔王って立場がくっ付いてしまってるので。そこを含めて考えるとなると、難しいなと」


《虎さんも同意見でしたか?》

「いえ、簡単で、シンプルだとしか聞いてないです」


《その気持ちでサクサク読んで大丈夫ですよ、決意が本命ですから》

「はい」


《話は以上で、では暑さに負けず、程々に頑張って下さい》

「はい、行ってきます」


 やっと、杏子さんに読ませる事が出来る。




 BL以外で初めて、魔王が関連する作品を読む許可を斉賀さんに貰えた。

 きっと私の悩みの解決の糸口になるのだろうと思い、読んだけれど。


 もし、実在していたら。

 もし、この世界で私が魔王になっていたら。


 そう考えてしまって、富和君や虎ちゃんの事がすっとんでしまった。


 何て羨ましい世界なんだろう。

 どうしたらこうなるのだろう。


 優しくて平和な世界。

 良い人間が多く、善意故のすれ違いで揉め事が起こる。


 魔王になったからこそ、この優しい世界に惹かれる。


 もしかしたら私でも幸せになれるんじゃないか。

 もしかしたら愛されるんじゃないか。


 斉賀さんが出し渋って解禁した理由が分かった、私には毒でしかない。


 今居るこの世界に、より絶望してしまう。

 どう見ても救いの無い世界に思えてしまう。


 ココにだって良い人間は居るのに、この世界へと転移を願いたくなる、転生を願いたくなる。


 そして叶うなら虎ちゃんと一緒に、けど、そうしたら富和君が悲しむし。

 そうして様々な妄想と想像が膨れ上がり、広がっていく。


 記憶が無くても良いから、元の容姿よりも酷くて良いから、転生したい。

 けど、それには死が条件で。


 あぁ、だから斉賀さんはコレを読ませたんだ。

 私が人間になりたくなるように、だからコレなんだ。


 それからアレも、コレも。


 そう考えるウチに、夏が終わろうとしていた。


『斉賀さん、興奮して寝れない』

《そんなに良かったですか》


『うん、ドライブに行きたい、冴島さん空いてるかな』

《連絡してみますね》


 あぁ、点と点が繋がった。

 やっぱり凄いな斉賀さんは、だからこそ余計に幸せになって欲しい。


 ココで幸せになって、それから向こうでも一緒に幸せになって欲しい。


『私も魔王らしく、北欧の神様みたいに予言する』

《あら凄い、どんな予言ですか》


『本当に斉賀さんを好きな人は現れる、全てを知った上で愛してくれる、だから幸せになって欲しい。大切に、大事にされて、裏切られないから大丈夫。だから離れようとしないで、好きになって良いからね、一生愛されるから大丈夫』


《杏子さんもですよ》

『うん、だから斉賀さんも、絶対に、当然の様に幸せになる』


《お相手が居れば、ですね》

『あ、来た。興奮してきたな』


《テンションが高いですね、本当に》

『あ、それ、誰の口癖だと思う?本当に、って』


《アナタですよ》

『あ、そうだったっけ?』


《ですよ。もう、こけないで下さいね、怪我はするんですから》

『うん、行ってきます』


《はい、行ってらっしゃいませ》


 うん、いつ見てもイケメンさんだな。


「こんばんは魔王さん」

『こんばんは冴島さん、偶に相性の良い作品に出会うとお酒を飲んだ様なテンションになっちゃうんですよ。で、さっきまで斉賀さんと喋ってたんですけど、もう興奮が収まらなくて。なので相槌を適当に打ちつつ、何処か流して下さい』


「はい、喜んで」


 あぁ、何だかんだ言ってこの人は良い人だな。

 凄く安心出来る。


『冴島さん』

「はい?」


『もし、本当に斉賀さんを好きなら、全てを知った上で愛してあげて下さい。幸せに、大切に、大事にして下さい。そして裏切らず、離れず、一生好きで、一生愛して下さいね』

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