魔王様の夏休み。

 逆に、会えないと気になってしまう。

 強制的に夏休みを取らされて、2日目。


 1日目は斉賀さんの見たがっていた映画を一緒に見たり、ネットで買い物したりで、1日が過ぎた。


 そして今日、虎ちゃんと富和君に会わないで、5日目。


『もう出勤させて頂けませんでしょうか』

《行っても会えませんよ、夏休み中ですから》


『え、どっちも?』

《はい、仲良く一緒に夏休み期間を取ってます》


『ライバルなのでは?』


《その間に芽生える》

『愛。マジで?』


《そんなワケ無いでしょう》

『けど仲良くって、意味が分からないんですが。殺人事件とか起きませんよね?』


《そんなに気になるなら暑中お見舞いでも渡しに行きますか》


『いや、会わない間に気持ちが薄れてくれれば』

《バリバリにSNSチェックはしてると思いますよ》


『もう、閉鎖しようかな』

《変化は不安視を招きますし、ギリギリまでこのままでいた方が良いかと》


『あー、安全な魔王様なのにねぇ』

《年頃の子には危険ですよ》


『日頃は体のラインが出る服着て無いのに?』

《ダボダボな服って彼シャツ感が出ますよね》


『もしかしてスーツは意外と』

《ストイックさが逆にエロいんだと思いますよ》


『もう何したってエロいのでは?』

《はい》


『はいじゃないが?』

《ヒジャブの1種、チャドルでも羽織りますか》


 確か、家に有ったな。


『天才』

《本当に着用しても良いですけど、通報されても知りませんからね》


『ダメな時は何したって通報されるんですし、交番にご挨拶してから動き回りますよ』

《じゃあ、タクシー会社に連絡しておきますね》


『あ、この時期だと手土産は何が良いんでしょうかね』

《あの、念の為に聞きますけど、何処へ行かれる気ですか?》


『最初は富和君の家に行ってみて、誰か居たらご挨拶して、誰も居なかったら虎ちゃんの所に行ってみる』

《本気で、意外と堪え性が無いんですね》


『考えろって言ったのは斉賀さんだよね?』

《少し会わない程度でココまでとは、驚きですね》


『業績も停滞し始めてきたから、何か変えるには、先ずコレかなと』

《ですね、意外と良い方向へ何かが変わるかも知れませんし》


 その確率はとても低い。

 私は拉致されて実験台にさせられてないだけ、マシ。


 きっと人間になっても監視が続く、そして最悪は事故に見せかけて殺される。


 問題はどれだけ巻き込んで殺されるか。

 もう、今の私の気掛かりはそれだけ。


 斉賀さんは定期的に世を憂いているけれど、たった数人で世界を変えられるワケが無い。

 問題は数じゃない、どれだけ衝撃的な事が起こって、どれだけ余波が続くか。


 それこそ私が死んだ後、私の様な者が再び現れるとか。

 例えば魔法使いとか、ちゃんとした勇者とか。


 でもタイミングが重要。

 勇者だ善人だと幾ら主張しても、ヒャッハーな世界なら利用されるか殺されるかするだけ。


 けれど結局は世界の土台が悪かったら、幾らチャンスが有っても無駄。

 世界と世間に変わる気が無い限り、魔王にだって変えられない。


 本当に、もし地球に意志が有るなら、そして私が死んでも変わらなかったら。

 地球、世界が変わりたいと思って無いって事なのだと思う。


 そうしたら、斉賀さんは絶望すると思う。

 私より、相手を探すべきは斉賀さんなのに。


『やっぱり、止める、行かない』

《は、もう直ぐタクシーが着くんですけど》


『止めた、今度にします』

《何を子供みたいに拗ねて、どうしたんですか》


『自分だけ浮かれるのは恥ずかしいでしょうがよ?』

《私に恋をしろとでも?》


『斉賀さんが冴島さんとデートしてくれたら行く』


《あぁ、じゃあ彼に言っておきますから》

『うん、期待しないでおく』


《来ましたね。じゃあ、はい、行ってらっしゃいませ》

『行ってきます』


 暑いけど、逆にチャドルが有る方が楽かも。


「こんにちは魔王さん、今日はどちらに行きますか」

『冴島さんの家って分かりますか?』


「まぁ、知ってますけど」

『斉賀さんが私に遠慮してるので、斉賀さんと冴島さんのデートの約束を取り付けに行こうかと』


「そら良い案だ、無線で一応事務所から電話させときますね」

『はい、お願いします』


 コレなら、諜報系の方々に伝わりますよね、居たらですけど。




《冴島さん、タクシーの予約なら先程》

「いえ、デートしに来ました」


《はぁ、今日はちょっと体調が》

「じゃあ何か買って来ますよ、それか魔王さんを呼び戻してきましょうか」


 もし、私がデートに応じなければ、杏子さんを呼び戻すと脅していると言う事ですよね。


《デートってした事が無いので、リードして頂けますか》

「勿論ですよ。けど魔王さんが心配なら、近隣で済ませましょうか?」


《いえ、あの人も一応大人ですし、泊まる位の方が納得してくれるでしょう》

「じゃあ、俺のお任せで」


《はい、では用意してきますので》

「そのままで良いですよ」


《日焼け止め位は準備させて下さい、肌が弱いので》

「じゃあココで待ってますね」


《すみません、直ぐ、済ませますから》


 あの人を自由にすると碌な事が無い。

 いや、私が意固地過ぎたから、ココまでの事をさせてしまったのだろう。

 もう少し、折れれば良かった。




「それで、冴島さんを家に送り込んだんですか」

「けど、魔王さんと」

『アレは嘘です、試した、ごめんね』


「え、あ、いぇ」


 杏子さん、冗談半分で富和君にブリっ子したんでしょうけれど、童貞には強過ぎですよ。


 しかも、ご本人が思わぬ自分の破壊力に驚いてますし。


『コレが、私の力』

「ですね、自覚して下さい」

「あの、どうしてココに居るって分かったんですか?」


『タクシー運転手情報網で喫茶店に居ると分かりました』

「田舎の怖さと良さが絶妙にマッチしてますね」

「それで、どうしてココへ?」


『会いたくて来させて頂きました』


 日頃が無表情鉄仮面なだけに、コレは、凄く。


「あの、自覚して下さいと言った筈なんですが」

『え、マジでそんなに?』

「虎さんの方が逆に、かもですね。俺はSNSで慣れてるので、何とか」


『もう自重すべきでしょうか』

「出来たら、小出しにお願いします」

「ですね。虎さんSNSの写真とか、じっくり見ないんですか?」


「じっくり見るのは、抜く時ですかね」

「分かります」

『良く本人を目の前に堂々と言えますね?ドMですか?』


「可能性は有るかと」

「ですよね、じゃなければ間近で12年はちょっと」

『すみません、仕事に逃げてました』


「それで、今は逃げて無いんですね」

『はい、ぶち当たりに参りましたが、タブレットをガン見してらっしゃいましたよね』

「ちょっと調べ物をしてたんですよ、デートプランの提出に」


『あぁ、けどデートにそう興味が湧かなかったんですよね。寧ろお家デートが理想かなと、最近自覚したんですが』


 お家デート。


「「お家デート」」

『本当に仲が良くてビックリなんですが、一体何が起きているんでしょうか?』


「蹴落とす方が利益にならないので、ある意味で共闘している状態ですよ」

「ですね、今は相談する時期なかな、と」

『成程、お2人とも合理的でらっしゃる』


「折角ですし、3人で出掛けましょうか」

「けど、ゲーセンとかは行きたく無いですよね?」

『行った事が無いんですけど、大丈夫ですかね、この時期に私が行っても』


「あぁ、日付と時間帯的にギリギリですね、直ぐに行きましょう」

『わーい』




 週末は親の予定に付き合わされ、勉強と家事で行くタイミングが無かった。

 そしてお金も無かったから、ゲーセンもカラオケも行った事が無い、って。


 考えれば分かった事なのに、凄い、俺にダメージが。


「僕も来た事が無かったので、案内お願いしますね」


 虎さんからのコンボが来た。

 ブルーライトがどうたらと、テレビも最低限に制限されていて、ゲーセンは行くと馬鹿になるからと止められていたらしい。


『けど富和君は来た事が有るんですよね』

「はい、たまーに、ですけどね」

「富和君は馬鹿じゃないので、完全に親の虚言でしたね」


『けど、子供の頃にブルーライトを含んでる太陽光を目に適度に取り入れないと、近視になるって、海外の研究結果が出てるとか何とか』

「情報の取捨選択が馬鹿でしたから、科学的根拠なんてどうでも良かったんでしょうね」


『要は子供を操りたいだけなんですよね、自分の駒ですから』


「あの、俺も操りたいです、楽しんで貰いたいんですけど。魔王さん、何か欲しいのありますか?」

『良い操りは大歓迎ですよ、アレが欲しい』


 季節外れの、デカい犬のぬいぐるみ。


「虎さん、コツ、何だと思いますか?」

「クレーン操作、位置の正確さですかね?」


「財力と粘りです」

「成程」


「買った方が安い場合も有るんですけど、コレは取れるかどうかのスリルを楽しむ面も有るので。1人千円づつ、順番に操作して取れるか試してみましょう、先ずは俺からで」

「はい」

『がんばれー』


 俺、虎さんでも取れず。

 そして魔王様の番で。


「お、コレは」

「けどさっきも」


『取れたー!』


 多分、今まで聞いた中で1番大きい声かも知れない。

 何か、こんな事で喜ばれて、良いのかな。


「おめでとうございます。杏子さん」

『君達のお陰ですよ、ありがとうございます』


 虎さんがナチュラルに杏子さん呼びしながら、ご威光エンジェルラダーを発動した。

 しかも魔王様、器用に犬のぬいぐるみでご威光除けをして。


「虎さん、ご威光が当たるべき人に当たらず、俺に被弾してます」

「あぁ、僕を見てくれないなら没収しますね」


『没収は、ご勘弁を』


 それからはお菓子を取ったり、音ゲーをしたり。


「魔王さん、ぬいぐるみ暑くないんですか?多分袋有りますよ?」

『あぁ、そろそろ入れておきますかね』

「と言うかもう移動しましょうか、ココは学生も利用するでしょうし」


「あ、確かに、このまま虎さんの家に行きましょうか」

「掃除をする時間を貰えませんかね」

『ダメですね、何せ暑いので』




 場所と置かれた物は違っても、昔のままの虎ちゃんの匂いがする部屋。

 何でしょうかね、この男性の匂いって、虎ちゃんの匂いが1番だと思ってたんですけど。


 富和君も良い匂いで、1位を決めろと言われると、ジャンル違いなので難しい。


 私は一体、どう、選べば良いのだろうか。


「魔王さん、流石にベッドへ直行は」

「と言うか、布団の匂いを嗅がないで下さい、本当に」

『良い匂いだから大丈夫ですよ、本当に、マジで』


 良い匂い、ずっと嗅いでたい。


「その、本当に。って口癖、虎さんのなんですね」

「そうなんですかね」

『流石にちょっと、どうでしょう、斉賀さんのかも知れないし』


「ですね、2人で話す事は無かったので」

「何か、凄く馴染みが良いんですよね、虎さんが言うと。それに斉賀さんは意外と使わないので」


『真相は多分、斉賀さんに聞けば分かりますけど、暫くは邪魔しないであげてくれませんか?』

「はい、けど斉賀さんって、本当に冴島さんが好きなんですか?」

「アレは少なくとも好みですよ、確実に」


『ですねぇ、好きかどうかはまだ分かりませんけど、アレは全然ヤれるでしょうね』

「その、身元調査とかってしないんですか?」

「斉賀さんが既にして、知っているかと」


『ですね、それで無理なら無理だと言った筈で。今回は拒絶は無かったので、大丈夫なんだと思いますよ』

「もしかしたら僕らより大人かも知れませんし、ダメなら連絡位はしてくれるかと」


「意外と、そう、何でも知っている同士と言うワケでも無いんですね」

「そうですね、1番にプライバシーが守られるべきなのは、斉賀さんですから」

『ですね、完全に善意と好意で我々に付き合ってるだけの可能性も有るので、会社でも1番大事なのは斉賀さんです。だからもし真っ先に助けるべき時が来たら、斉賀さんを助けてあげて下さい、お願いします』


「僕からもお願いします、何の欲も無しに最初に杏子さんを助けたのは、斉賀さんですから」


「分かりました、けど、何か凄い疎外感なんですけど?」

『何が聞きたいですか?分かる範囲でお答えしますよ』

「ですね」


「俺の良い所、教えて貰えませんか?」

『匂い』

「真っ直ぐな素直さ」


『うん、真っ直ぐで素直で可愛い』

「真面目」


『真面目で律儀』

「応用力に柔軟性も高いですね」


『私達の、そうか、ごめんね。多分、幸せな家の子って区分けしちゃってて、私と虎ちゃんと違うって表現になってたのかも、ごめんね』


「お2人と俺に共通する部分、何か無いですかね?」


『跳ね回る心音でキュンキュン出来るとか?』

「全員、真面目だと思いますよ」


『どうしてもヤキモチ妬いてしまいますか?』

「はぃ、すみません」

「壁ドンしちゃいましたけど、僕も凄く羨ましかったんですけどね」


『壁ドンされましょうか?』

「僕の部屋では止めて貰って良いですかね?」

「俺の布団にも顔を埋めて下さい」


『はい』

「それから壁ドンも、先ずは虎さんに、ちゃんとしてあげて下さい。それから俺にもさせて下さい」


『はい。平等主義な所も良い所だと思いますよ、ズルに居心地の悪さを感じるって、凄く良い所だと思います』


「ありがとうございます。それで、提案なんですけど、この座ったままなら壁ドンが可能じゃないかと」

「柔軟性を僕に向けて破壊力に活かさないでくれませんか」

『素晴らしい発想力ですね。虎ちゃん、富和君とはサイズが違うんですから我慢してくれませんか』


「我慢の方向性が違うんですが、はい、我慢します」

『せいっ』

「何秒位でしたっけ?」


『私の体感ではもう少しでしたね。虎ちゃん、目を逸らしませんでしたよ富和君は』

「そこまで一緒は」

「虎さんでも真っ赤になるんですね」


「ありがとうございました、もう充分です」

『どうでしょうか富和君』

「はい、充分だと思います」


『よっこいしょ。コレは、結構ツラい体制でしたね、体をくっ付けない様にしてたので』

「富和君、次が有ればこのお礼に倍返しさせて頂きますね」

「いえいえ、流れご威光エンジェルラダー弾のお返しですから気にしないで下さい」


『それ、富和君はどんなお気持ちで?』

「目が釘付けになってから、羨ましい、ですね」

「顔が、ですか?」


「はい、正直取り替えたいです」

「僕は別に良いですけど」

『虎ちゃんはこの身長でこの顔で、富和君の身長には合わないですよ。それにこのままの顔で充分可愛いですよ』


「僕と系統が違いますけど、それこそ普通だったり悪くない方だと思いますよ」

「こう、魔王さんと並ばれると、凄いなって思っちゃうんですよ」

『私の元の顔を覚えてますか?』


「はい、スマホにも入ってますけど、消した方が良いですか?」

『ガチのマジ勢ですか、凄いですね。けど私に見せなければ良いですよ、前の顔は好きでは無いので』


「絶対に笑った顔とか可愛いと思うんですけどね」

『写真が残ってたらお見せ出来たんですが、全て燃やしてしまったんですよね、家で』

「疑問なんですが、笑った顔の写真なんて、元々有ったんですか?」


『作り笑いっぽいのなら、まぁ』

「じゃなくて、ニコってした顔ですよ」


「僕は、ズルいので、僕を受け入れてくれるならどちらでも良いです」

「俺もそれはそうなんですけど、どちらかって言ったら、やっぱり前の」


『杏子さん、で良いですよ』


「色んな意味で、前の方が良いって気持ちに、傾いてます」


 コレは、凄く、悩む。

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