魔王様とプレイボーイ達の過去。

 画面越しに見た時、何て綺麗な人なのだろうと思った。

 芸能人やモデルは着飾ってるから当然綺麗なんだ、って姉の言葉を思い出して、そんなのとは違って魔王様は薄汚れてたけど、綺麗だった。


 行った事も無い様な田舎の土手で、薄汚れたトレーナを着て、何日も風呂に入ってなさそうなベタベタした髪で。

 なのに凄く綺麗だった、可愛い人だと思った。


 けど、それと同時に画面に出たのは遺影で。


 【コレが元の顔です、不死と容姿が変わった事以外は人間です、赤い血も出ます。】


 無表情で淡々と話していたけれど、綺麗だった。


 だからこそ見合う様に勉強もして、運動もして、外見にも気を遣って。

 そして、女性の扱いを勉強した方が良いと姉に言われて、紹介された女性に練習台になって貰って、知って貰える様にSNSで有名になって。


 やっと会えた。


《好きです》

『はい』


《付き合って下さい》


『付き合うって言うのは、具体的には何をするんでしょうか?』


《エッチとか?》

『あぁ、身分証と性病検査結果と、直近3ヶ月以内の性交歴を記載した書面をお持ち頂ければ、持ち帰って検討させて頂きます』


《え、あ、はい》

『後程、今言った書類についての事を連絡しますので、連絡先を教えて下さい』


《はい!》


 それから先ずは性病検査をして、直近3ヶ月以内の性交歴を書き出して、身分証を持って魔王様の会社へ。


『直近3ヶ月以内の行為は、キスやオーラルセックすらも無いんですかね』

《あ、いえ、ありますけど》


『はぁ、では書いてから出直して来て下さい、それと性感染症についても勉強してきて下さい』

《はい》


 妊娠さえ気を付けていれば大丈夫。

 姉や姉に紹介された女性達の言葉を鵜呑みにしていた事を、初めて後悔した。

 性病、怖い。




《また来てるんですね、あの子》

『うん、はい、書類』


《性病については?》

『怖い事をしてきたんだと思いました、何にも感染しなかったのは幸運だったと言われて、自分でもそう思いました。ネットでお医者さんが書いてた通り、信頼出来る特定の相手とだけ、今後はしようと思います。だって』


《ちょっと抜けてる子ですけど、顔は良いですよね》

『いる?』


《いえ、あの子はアナタだけしか見てなさそうですし、もう少し背が欲しいので結構ですよ》

『好きだね、背が高いの』


《私より小さいとどうもコンプレックスを刺激するらしく、付き合ってもいないのに長く知り合うだけで卑屈になられてしまうので、不快除けですよ》

『成程、学んでの好みの適応、流石斉賀さんですね』


《どうも。ですけど本当に良いんですか、人間と思われる為に抱かれるなんて》

『吟味を経てですし、顔は好きですし、元の顔では無い事ですし』


 デメリットが無い。

 なのにどうして斉賀さんは心配するんだろうか。


《けど無理には》

『どうして、何を心配してるんですか?』


《いえ、回数をこなしても下手な輩は居るみたいなので、そこですよ》

『あぁ、ならバンバン要望を言って改善して貰おうかと思ってるんですけど、それだと何かマズいんでしょうか』


《いえ、じゃんじゃん言って大丈夫ですよ》

『了解で』


 虎ちゃんとした後、本やネット、映像で知識を得ただけだから。

 上手く出来るかな。




《あ、あの》

『合格です、ではいつにしますか』


《今直ぐで》

『分かりました、場所の指定は何かありますか?』


 場所?


《お任せします》

『分かりました、では仕事がありますので、後日改めてご連絡させて頂きます』


《はい》


 やっと傍に居られる。


 そう思っていたけれど、魔王様の仕事が忙しくて、会えたのは更に3ヶ月後だった。

 けれど、家に来れた。


 シンプルで何も無い家だけど、魔王様の匂いがする部屋。


『すみません忙しくて、アレから性行為関連の事は何かなさいましたか』

《いえ、誰とも何もしてないから大丈夫ですよ》


『そうですか、シャワーをどうぞ。着替え等をコチラで用意させて頂きましたけど、ご要望が有れば後で仰って下さい』

《はい、ありがとうございます》


 性病の事から、ちゃんとした恋愛、ちゃんとした相手との付き合い方をネットや本から学んだ。

 だから失敗は無いだろう、と思った。


 痛くない様に、魔王様に喜んで貰える筈。


『じゃあ、始めましょうか』

《好きです》


『どうも』


 今までの女性なら、好きと返してくれた。


 けれど魔王様は慣れてないみたいだし、もしかしたらコレが初めてなのかも知れないし。

 そう思うと凄く嬉しくて、何でもしてあげたいと思って頑張った。


 好きだから、好きな人とだけする行為。

 今までとは全然違って全部が心地好くて、気持ち良くて、何度でもキスがしたくなった。


《どうでした?》

『あの、随分と長く掛かってたのが気になるのですが、私の方に何か問題でも有るのでしょうか?』


《ううん、凄く良かったですよ、本当に》

『そうですか、あの、要望を言わせて頂いても宜しいですか?』


《あ、はい》

『1回の時間が長く感じたので、もう少し早く終えて頂けると不安が出ないかと、そこの調節はやはり難しいのでしょうか?』


《我慢してただけなので早くする事は出来ますけど》

『じゃあ以降はそれで。それと私を何度も満足させようと思わないでも大丈夫ですよ』


《そう良くなかったですか?》

『いえ、けど慣れて無いのか、少しヒリヒリしてて』


《あ、すみません、嬉しくて、つい》

『眠って起きれば治ってるので問題無いのでお気になさらず、ただ毎回は嫌になりそうなので、段階的に回数を増やす形でお願いしても宜しいでしょうか』


《はい》


 僕は凄く良かったと思ったのに、今までの女性と違って、色々と要望を言われてしまった。


 それに、初めてじゃなさそうで。

 綺麗な魔王様だから経験が有ってもおかしくないのに、勝手な自分の勘違いなのに、ガッカリしてしまった。


『あの、他の人間と違いましたか?』

《いえ、寧ろ凄く良かったです、今までで1番》


『構造や感触の違いがあったんですか?』

《え、いえ、同じは同じでしたけど》


『そうでしたか、良かった』


 一気に、経験が有るのかどうか、どうでも良くなった。

 安心したような笑顔で、全部がどうでも良くなった。


《好きです》

『ありがとうございます』


 少しおかしな返しだけど、好きな気持ちを受け入れてくれて嬉しくて、好きな気持ちを分かって貰えたのが嬉しくて抱き締めた。

 他の女性と同じ、暖かくて柔らかい、僕の魔王様。




 様々な場所から得た彼の情報としては。

 今までの女性は全て遊び、練習台、本当に杏子さんが本命だと言う事が分かっている。


 そして少し馬鹿。

 女性達を練習台にしていたつもりだろうけれど、良い様に遊ばれていたのは彼の方、単なる姉の手駒。


 見目の良い弟を使っての、売春業とでも言うべきだろうか。

 知り合いに彼を宛てがい、様々な事を融通して貰う。


 平和な中流家庭のイケメンお坊ちゃま。

 だからこそ、こんな事に使われていたとは思わないのだろうけれど、まさか未成年の時からとは。


《少し宜しいでしょうか、神城さん》

《はい?》


 杏子に言わせると角が立つ事を、私が敢えて言う。

 彼を良い様に使う為、関係が終わった後の処理をスムーズにする為。


《魔王様との感想をSNSに載せて下さい》

《え?》


《出来れば他の方の興味を引かない程度で、普通の人間と同じだ、と。そうお約束して頂けないなら、以降の関係をお断りさせて下さい》


《それは、どうしてなんですか?》


 そう疑問に思える頭は有るんですね。

 コレは、少なくとも姉とは関係を絶たせるべきかも知れませんね。


《魔王様を知って頂きたいんです、世界中の方に。彼女は安全だ、人間だと思って頂きたいのです》

《けど》


《既に合意は得ています、だから私が関係を許可したんですから》


 こう言えば、俺の為に涙を呑んで苦渋の選択を取ってくれたのだ、と勝手に思い込んでくれる筈。

 既に信用出来る檀家の精神科医とも相談し、この計画を立てたんですから。


《それは、僕の為に?》


 単純過ぎて少し不快ですけど、決定的な単語を出さなかったんですし、まぁ良いでしょう。


《はい》

《分かりました、載せます》


《それからアナタの感想も載せさせますが、全てはアナタも守る為ですので、お気になさらないで頂けると助かるんですが。無理なら直ぐに相手にする事を止めて頂いて良いですよ、他にも候補は居ますから》

《いえ、まだ今回が初めてだし、大丈夫です。努力します、頑張らせて下さい》


《ありがとうございます。では、コチラの書類にサインをお願いします、それと拇印も。魔王様を守る為、良く読んでからお願いします。読み終わってサインが完了しましたら、声を掛けて下さい》

《はい》


 純粋無垢。

 それに知能と回転の良さが無ければ、ただの馬鹿。


 まだ若い、環境が少し悪かった。

 だからこそ暫く様子見はしますけど、あんまりなら、ですね。

 損切は早い方が良いですし。


《杏子さん、サイン頂けましたよ》

『そうですか、コレで少しは皆さんに安心して頂けると良いんですけどね』


《ですね。簡単にサインが頂けたのが心配なのと、少し緩い子なので姉から引き離そうかと、下手な入れ知恵をされても困りますし》

『そうですね、お願いします。周りに恵まれたけれど、恵まれなかった、そんな事も有るんですね』


《全てが恵まれる、全てが恵まれない、それは意外と特別ですから》




 僕がSNSに載せた直後に、思ったよりも良い評価が直ぐに載って安心した。


 それから斉賀さんに勧められて1人暮らしを始めて、姉の知り合い以外にも友人を作って。

 そこで初めて、長く付き合うなら行為の話し合いは当たり前の事だと教えられて、色々な事を知って。


 魔王様と回数を重ねて、褒めて貰える様になって、凄く嬉しくて楽しくて。

 忙しい魔王様に相手をして貰えてるから、デートが無くても不満は無かった。


 けど別の男と食事に行った事が、どうしても許せなくて。


《怒ってるので今日はしたくないです》


『どうして怒ってらっしゃるんでしょうか?』

《僕とはデートもしてくれないのに、他の男と食事に行ったからです》


『デートの要望は聞いて無かったんですが、私が聞き逃したんでしょうか』

《そ、言わなかったけど、忙しいだろうと思って》


『でしたらご希望のデートを。ですが、私の安全性を理解して頂く為に今後も行うので、ご理解頂けないならお付き合いは無しにするしか』

《デートしてくれるんですか?》


『はい。アナタの身の安全の為にも、完全にご希望に沿う事は難しいのですが、それで良ければ』

《それでお願いします》


『では警備の事も有るので、斉賀さんとご相談頂けますか?』

《はい》


 斉賀さんはマネージャーみたいな事もしていて、魔王様の為に色々と教えてくれる人。

 魔王様と同じ様に滅多に笑わないから、最初は怖かったけれど。

 愛想笑いを振り撒かないだけで、別に僕を嫌いではないと知ってからは、実は優しい人なのかも知れないと思ってる。


《どうも、ではご希望のデートプランを教えて頂けますか》


 遊園地は貸し切るのにお金が掛るのと、そもそも遊園地側が貸してくれなくて不可能で。

 それから水族館も美術館も動物園もダメで。


 温泉に行きたかったけど、厳戒態勢のままに旅館に行って、警備に見張られながら決められた場所を回るだけになってしまう。


 何時間も何日も相談して、結局はお買い物と高級ホテルで食事をするだけ、のプランになった。


『警戒しなくても良いとご理解頂ければ、もう少し他にも行けるんですが』

《でも嬉しいです、凄く、本当に》


 いつもどちらかの家でしか会わなかったから、凄く新鮮で、楽しくて。


 なのに。




『ご迷惑をお掛けしました斉賀さん』

《いえ、逆恨み以下の出来事なんですから、杏子さんは気にしないで下さい。悪いのは捕まった犯罪の方なんですから》


 デート中、前世関連で自殺した人の家族に、彼が刺されかけた。

 幸いにも私が前に出れたので彼は無傷で済んだ、だから表沙汰にする事はしなかったけれど。


 魔王と付き合うと殺されるかも知れない、と言う恐怖を味合わせてしまった。

 そして彼にはその覚悟が無かったらしく、酷くショックを受けていて、別れ際には私の顔を見てはくれなかった。


『もう、潮時でしょうかね』

《良いんですか?》


『次に私と顔を合わせた時、多分、無理でしょう』


 その言葉通り、私に触れる事も怖がり、彼は帰って行った。


 純粋無垢で素直で、可愛らしい人だった。

 けれど覚悟が無かった、そう覚悟しなければいけないと言う思考が出来無かった人だった。


 だからこそ、長く一緒に居られない。


 次はもう少し賢い人で、割り切った付き合いが出来る人で。

 私を程々に好きで、愛を欲しがらない人で、私を愛さない人にしないと。




 連絡をしない限り、魔王様から一切連絡が来ない。

 だから、何か少しおかしいなと分かっていたのに、怖くて連絡をしないでいた。


 そして会わなくなって1ヶ月後、別れの連絡が来た。


 書類に記載された通り、1ヶ月連絡が無かった場合は別れたとみなし、以降の連絡を拒否します。

 怖い思いをさせてすみませんでした、ありがとうございました、さようなら。


 初めて来たメールが、別れのメール。


 急いで書類を確認すると、最後の方に記載されていた。

 確かに最後まで読んで、ちゃんと理解してた筈なのに。


 血塗れの魔王様の姿が焼き付いて、怖くて。

 魔王様は悪くないのに、優しくしたかったのに、何も出来なかった。




 杏子さんが彼と別れ、日が経ち。


 杏子さんの為に男性を精査し、候補を出し、選んで貰った。

 けれどもやはり恋愛は難しく。


『どうして魔王様は浮気を』

《浮気、ですか。アナタの今までのお付き合いの仕方をご存知ですから、それに合わせただけ、でしょう》


『えっ』

《何も知らずにアナタを選ぶ、とでも?アナタに合わせたお付き合いをする、と書類にも記載してありますよ、複写をご覧になりますか?》


『けど、それは魔王様と付き合う前の事で』

《なら書類をお読みになった時点で仰って頂ければ良かった筈で、まさか、最後まで読んで無いワケじゃないですよね》


『読みましたけど、でも』

《では、今回ご不満が出た時点でお別れ頂く事と言う事でしたので、お疲れ様でした》


『そん』

《お帰り下さい》


『1度話を』

《書類では即時お別れする事に了承して頂けましたよね、従って頂けないなら今から警備を呼び、排除させて頂きます。尚、以降接触しようとした場合、法的措置がなされますので。では》


 あの彼の方がマシだったかも知れない。

 私と杏子さんがそう思ったのが3回目の時、そもそもお付き合いをする事自体が封印となった。


 書類を読み込む能力。

 危機管理能力。

 先の先を考えられる能力、知能、知識。


 優しさ、柔軟性、正直さ、真面目さ、純粋さ。


 それらを兼ね備えた者が現れるまで、杏子さんの恋愛は封印となった。

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