魔王様の会社は固定の休みが無いので、夏はいつても夏休みが取れます。

 富和君に発破を掛けたものの、可能性は半々だった。


 やっぱり、もう諦めます。

 そう言われるかも知れないと思っていたけれど。


 本を読み終えたので、返したい、と。

 土曜の昼に、自転車で富和君が家へ来た。


「おはようございます」

《おはよう富和君》


「読み終えました」

《次は、どうしますか?》


「宜しくお願いします」

《はい、ではコチラです》


「えっと、このスマホを?」

《いえ、先ずはアカウントを作って貰いますので、少し上がっていって下さい》


「はい、お邪魔します」


 先ずは洗面所でうがいに手洗い、顔も洗えるのが良いですよね男性って。


《あぁ、杏子さんですか?》

「え、あ、いえ」


 この時の為に、杏子さんをお昼寝させている。

 迷い悩んで欲しいけれど、混乱は避けたい、そして最も良い選択を取って欲しい。


 二条君にも、富和君にも。


《では、このサイトのアカウントを作ったら教えて下さい、今飲み物をお持ちしますね》

「はい、ありがとうございます」


 若い子って手が早いですよね、麦茶とお菓子を出す頃には、もう完了したのか周りをキョロキョロと。


《出来ましたか?》

「あ、はい」


《では、ユーザー検索で、この著者を》

「はい」


 まだ杏子さんには読ませていない、なろう系小説。

 魔王が出る系を私が全面的に禁止したんですよね、BL以外。


《著者をクリックすると作品一覧が出ますから、召喚者の日誌シリーズの、この完結作品から読んでみて下さい》


「204部って」

《最初は警告表示ですから、実質203話。頑張って下さいね》


「あの、シリーズって事は」

《後衛の次に前衛、決意がオススメの順ですけど。後衛から決意、途中から前衛に行って決意に戻って来るのもアリですね。私は後衛からそのまま決意へ行ったので、後衛から前衛、決意へと読んだ感想を聞いてみたいですね》


「この絵本とかって」

《まぁ、小ネタ集ですよ、作中に書かれた絵本等が詳しく載ってる感じですから、読んでも読まなくても構いませんよ》


「成程、了解です」

《では、後衛を読み切ったら感想をお願いします。それと虎さんにも伝えておいてあげて下さい》


「はい、じゃあ今ココで連絡してみて良いですかね」

《ええ、どうぞ》


 メールをして、から麦茶を飲んで。


「あの、トイレお借りしても良いですか?」

《どうぞ》


 時間の使い方が上手で好きなんですよね、部下として。


 私、もう少し背が高い人が好きなんですよ。

 最近だと特に、冴島さんとか。


 魔王はイケメンなら何でも食べる。

 そう誤解されてますけど、私の好みは絶対に食べない。


 杏子さんには言ってないんですけどね、12年も一緒なら、流石に完全に把握もされますし。

 目が口ほどに物を言う、と、ニマニマされる始末ですし。


「ありがとうございました」

《いえいえ》


 座りションの出来る良い子。

 今回の面接時は、敢えて男性用便器を封鎖して、ちゃんと座りションが出来る子を選んだんですよね。


 杏子さんが、と言うより私の方がよっぽど社員をペット感覚で見ているんですけど、誰も指摘しない。

 魔王と言う名のスケープゴートに、皆が騙されている。


 魔王然とし、魔王と名乗る程度で魔王に成れるなら、私の方が成りたいですよ魔王。


 そうして今度こそ、ちゃんとしっかり勇者を育て上げ、私を討伐して貰う。

 そして悪とは何か、善とは何かを再定義させ、固定させる。


 もし、こんな世界で魔王となり、間違いを虱潰しにしなければいけないとしたら。

 不老不死の魔王が良い、人間の寿命程度でこの世界は変えられない。


 半凝固した中途半端な世界程、厄介なモノは無い。


 まぁ、前の世界だけを経験していたら、私もこんな考えはしなかった筈ですから。

 同じ世界線の者しか居なかったら、成長度合いはこんなもの、たかが知れる程度。


 けれど、違う世界線で生きた者が1人や2人混ざったからと言っても、ココで世界を変えるなんて魔法でも無いと無理。

 出来るなら、あの世界へ。


「麦茶ご馳走様でした」

《連絡は付きましたか?》


「いえ、けど家は知ってるので、近くまで行って電話してみようかなと」

《なら、少し待ってて下さい。はい、虎さんの分のお菓子です》


「ありがとうございます」


 そうして富和君は、自転車で二条君の家へ。

 あぁ、若いって良いですよね。


『何か、男の子の匂いがする』

《おそようございます杏子さん。大丈夫ですよ、ウチの社員に少し上がって貰っただけで、何もしてませんから》


『ほう、指紋鑑定してみようかな』

《サンプルの提出をさせましょうか》


『それはアカンな』

《ですね》




 事務所内での僕の失態を、杏子さんとの事を知っている可能性が高い。

 なのに、彼は家にやって来た、汗だくで。


「家に居ないかも知れないのに、良く来ましたね」

「居なかったら居ないで運動になるので」


「少し出ましょうか、良いお店を知ってるので、奢りますよ」

「ありがとうございます」


 良く有る町の中華屋、冷房が強く効いていて、餃子が美味しい。


「お好きなのをどうぞ」

「あざす、実はお昼食ってなくて」


「そんな状態で外へ出たら」

「水分はガバガバ摂ったんで大丈夫ですよ」


「ラーメン、良い水分と塩分補給になりますよ」

「ご馳走になります」


 ラーメンに半チャーハン。

 それらを食べ終えると、今度はレバニラと餃子とビール。


「遠慮しない所が好きですよ」

「あ、つい夢中で、すみません」


「嫌味では無いですよ、本当に」

「ありがとうございます」


 悪い事をした気は無いのに、この屈託の無い笑顔でお礼を言われると、罪悪感が湧いてしまう。


 同志だと思っていたし、ライバルだとも思っていた。

 けれど、僕が週末に抜け駆けの様な事をしてしまった。


 杏子さんに詰め寄って、泣いて、受け入れて欲しいと懇願した。

 嫉妬と情念と、新たに出た焦りに耐えきれず、思いをぶつけてしまった。


 彼がまだ社内に居ると知っていたのに、我慢が出来なかった。


「答えは、頂けてませんよ」


 素直で裏表が無いからこそ、僅かにでも表情に出てしまう。


「すみません、少し喜んじゃいました」

「ですよね」


「すみません、直ぐに帰ろうと思ってたんですけど」

「斉賀さんに言われました。好奇心半分、僕を心配する気持ち半分で、富和君は直ぐに帰るのを躊躇ったのだろう。と」


「けど、立ち入れないなと思って、それで、本当に俺は心配する気持ちが半分も有ったのか、断言出来無いんですよね。虎さんが崩れ落ち」

「失態でした、忘れて貰えませんか」


「無理ですよ、気持ちが少しは分かるので」

「君が泣きそうになってどうするんですか」


「まぁ、実際に泣きましたし」


「そう、傷付けるつもりは」

「勝てないなと思って、何も虎さんに勝てる要素が無いと思って。その時に妹から電話が来て、泣いちゃって、泣きながら励まされて。あ、アレ読み切ったんですよ、最高にニマニマしちゃいますねアレ」


「それで立ち直ったんですか?」

「月曜まで諦めない、読破するって妹と約束しちゃって。それで読み切ったら、俺、ちゃんと確認しないと何処にも進めないなと思って。だから、取り敢えず出来る事をしようと思って、それで斉賀さんに本を返して。次はコレだ、って」


「このサイトが?」

「このシリーズ読め、って。ヒントなのか何なのかは分からないんですけど、俺らの為になるのかなと。斉賀さんから、虎さんにオススメしろって言われたんですよ」


「君、無自覚に危ない伝言役とか平気でしてしまいそうですよね」


「え、え?」

「冗談ですよ。どうすれば良いんですか」


「先ずは登録しろって言われたんですけど」

「コレ、登録しなくても読めますよ」


「あ、そうなんですね」


「それで、タイトルは何ですか」

「最初はコレで、次はそのまま決意でも前衛でも良いそうですよ」


「204部」

「警告抜くと203部だそうです」


「君、合計文字数見ましたか?」

「いえ?こう言うの詳しいんですか?」


「まぁ、斉賀さんに読まされてるモノも有るので」

「あ、そうな。え」


「2,467,496文字、最終話に至っては32,519字ですよ」

「あの、平均とか有るんですか?」


「1話5,000字程度だと言われてるそうです」

「1話に6話分」


「そこを無視して、平均で1話12,000字、原稿用紙30枚超え。しかも最初と最後を読んでも、何となく分かる様な話じゃ無さそうですよ、コレ」


「ミステリーとか最後ら辺から読む派ですか?」

「それは最初から順を追って読みますよ」


「それ


「恋愛物は、完結していたら最後から読みます、思った通りの相手と結ばれないのは嫌なので」

「あぁ、今なら分かります」


「夏休み、取りましょうか」


「じゃあ、俺、虎さんの後に」

「一緒にです、コレは感想や内容を話し合えって事なのかも知れないので。ですけど、ご家族とのご予定等も有るでしょうし」


「いえ、コレを優先させて下さい。俺、中途半端とか凄い苦手なんですよ」


「僕の読む速度は結構早いですよ、慣れてますから」

「俺も、まだ新卒なんで文章読み慣れてますから大丈夫だと、思います」


「今日明日、同じ様に読み進めてみて、休みを調節しましょうか」

「ですね」


「斉賀さんには私から連絡しておきますよ」

「はい、ありがとうございます」


 富和君からメールが来た時は、無視をした。

 会社での事を問い詰められたくなかったので、無視をしたのに、今度は電話で。


 そして果ては家に。

 それも無視していたら、明日この話を聞いていたとしても、本当に罪悪感が残ったままになっていたと思う。


 彼のお陰で、僕は罪悪感を抱えずに済んだ。


「もう少ししたら近くの銭湯が開くので、入ってから日暮れまで、ウチで休んで行きますか?」


「そんな、友達っぽい事して良いんですか?さっきまで罪悪感で吐きそうな顔してたのに」

「君にしこたま注文されて罪悪感は消えました。それに、僕と君が仲違いする事を望んでないからこそ、こうして君を使って言ってきたんでしょうし」


「何か、その意識疎通の感じ、幼馴染感が有って凄い羨ましいんですけど」


「君、ずっと地元ですよね?」


「俺の好みが段々と知られていくウチに、段々と避けられて、今はもう殆ど関わらないですね」

「その手の方が、逆に群がりそうですけど」


「俺に好かれたらブス認定になるんで、思春期辺りにはもう」

「なら男友達はどうなんですか?」


「美醜の感覚が違うからな、って、何かの話の度に言われる様になって。大学でも、マトモそうな女を紹介出来ないだろ、とか」

「あぁ、隠すべきだったのかも知れませんね」


「子供の頃、ムキになって元のだって良いだろ、と」

「良く、ご両親は我々を恨みませんでしたね」


「妹は俺に苦しんで欲しくなくて、最初は反対だったらしいんですよ。けど両親が応援するなら、するって」

「出来過ぎた親御さんで、実在を疑いたくなるんですが」


「初めて親をUMA扱いされたんですけど、今度遊びに来ますか?」

「まぁ、上司としても挨拶をとは思ってましたし、夏休み中にお邪魔するかも知れませんね」


「本当に実在しますからね?」

「某国の諜報員なら、家族すらも用意が可能かと」


「マジで、親は普通で一般人ですからね?」

「親御さんの職場、ご存知ですか?行った事はありますか?」


「行った事は、無いですけど」

「怪しいですね、妹さんも出来過ぎですし」


「そんな、そんなにですか?」

「少なくとも、絶対に千円札はバラ撒かないでしょう」


「それが普通だと思うんですけど」

「普通とは大多数、僕らが関わった人間の肌感にしてみたら、少数ですよ」


「けど、少なくとも、俺は普通です」


「こう、好みは少数派かと」

「そもそも、世界と世間がおかしいんですよ。ファニー好き差別主義者が俺を差別するのが悪いんです」


「まぁ、そこには同意です。美人と不細工の差別を無くす前に、先ずは不細工好きを批判する人間の矯正からしなければならない。否定を許すな、無理にでも受け入れろ、その感覚が差別される側からも消えない限り、差別自体は永遠に無くならないでしょうね」


 魔王を否定はしないが、魔王を肯定する者を否定する。

 いくら非差別主義者だと言っても、肯定する者を否定する者は多い。


 肯定も否定も要らない、だからどうか無関心で居て欲しい。

 当たり障り無く、どうかほっといて欲しい。


「銭湯、どうしますか」

「あ、行きます、虎さんは?」


「行きませんよ、ごゆっくりどうぞ」

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