魔王様の部下の部下。

 週末、思い詰めた様子の富和君から、杏子さんが冴島さんと致したと聞かされた。

 けれど僕は聞いていないので、多分、嘘。

 富和君が試されたのだと思う。


「そうですか」


「その、虎さんみたいに平気な感じになるには」

「羨ましいですよ、凄く」


「あの、例の普通じゃなくても普通だって言ってるかも知れない件、本当だと思いますか?」


「それを僕から聞いても、嫉妬するだけでは?」

「あぁ、はい、すみません」


「じゃあ答えなくても大丈夫ですかね?」


「ぶっちゃけ、聞きたいんですけど」

「ヤりたくなるだけでは」


「はぃ、ですよね」

「その気持ちはもう少し置いといて、先ずは全巻読まれては?」


「もう少しなんですけど、あの2人、くっ付く想像が出来ないんですけど」

「ですよね」


 正直、本気で応援されているとは思わなかった。

 あの本では寧ろ主人公に共感して、僕に退場しろ、仕事に生きろと。


「虎さんは、どんな気持ちで読んでるんですか?」

「主人公の様に、諦めろ、仕事に生きろ。と促されているのだと勝手に勘違いしてました」


「え」

「約10年、勘違いしていました」


「それで、良く耐えられましたね」

「あの本同様に、もしかしたら、と言う淡い期待は有ったので」


「あぁ」

「僕が主人公で魔王様が彼で、いつか認めて貰えるかも知れない、と。実際は逆を求められていて、キレられました」


「あの、キュンキュンしたりとかは?」

「それはしてましたね、彼を魔王様だと思って」


「あぁ、何かカッコイイですもんね」

「壁ドンが羨ましかったです」


「何か、すみません」

「何かミスをしようかな、と」


「それは普通に心配されて終わるかと」

「ですよね」


 富和君の様に詰められたり、怒られたりもした事が無いので、凄く羨ましいんですよね。

 壁ドン。




 今週は平和に取り立て業務が終わってくれたな、と思っていたのに。


『どうしました虎ちゃん』


「今までのボーナスも手当ても返却しますし、今後も要りませんので、詰め寄る感じで壁ドンして頂けませんか?」


『私はアクターでは無いので、何も無しに急にはちょっと難しいのですが』

「ですよね」


『執着しているだけにも思えるのですが』

「この12年、何回ネタにしたかお教えしましょうか?」


『この感じだと、凄い桁になりそう』

「3回×週3×4週×12か月×12年、ですかね、大体ですけど」


『4桁って凄くない?』

「少なく見積もって約5200回ですからね」


『あぁ、思春期と青年期を含んでますもんね』

「今日も冴島さんの事を富和君から聞いたので、します」


『宣言は初めてされました』

「否定しないんですね、僕は好きだってずっと言ってきたのに」


 もう慣れてるだろうと思ってたのに。

 寧ろ私が壁ドンされて、泣かれている。


『ごめんね、けども』

「我儘で、僕の為に人間に戻りたいと思って欲しかった、そう言わずとも伝わってて欲しかった」


 虎ちゃんは12年前のままで止まっている。


 仕事に逃げて自分と向き合わなかった罰が今、私に下っている。

 無関係な子供を巻き添えにしてしまった罪悪感にだけ向き合って、逃げて。


 そらそうだ、こんなんじゃ愛されるワケが無い。


 愛されたければ向き合わないと。


『してないよ、ごめんね』

「同じ位に思って欲しい」


『だよね、ごめんね』




 魔王様の部屋は、基本的には全てガラス張りで。

 大事な話が有る時でも、ブラインドは半分だけしか降りない。


 虎さんが魔王様に詰め寄る様な足下の動きだけが見えて、しゃがみ込んで。

 泣いていて、魔王様もしゃがみ込んで、泣いて。


《幾ら好きでも無粋ですよ富和君》

「あ、すみません」


《あの人、普通に涙脆いんですよ。普通の映画でも平気で泣くし、喜ぶし、傷付くし。不死性と前世交代は確定してますけど、魔王だ前世を見える様にさせただの、そう言い張ってるだけで、実際の所は未確定なんですよね。因果関係は非常に濃いですけど、それ以外、ただの人間なのに》


「魔王にさせているのは、周り」

《不死以外平凡で運動音痴が、魔王としての責任を負おうとして12年、もう良いと思いませんか》


 あぁ、魔王様は敢えて無視してきたんだ。

 自分自身の事も、自分自身への好意も。


 魔王だから。

 自分を傷付けた者以外を巻き込んだ責任を負う為に、子供達の為に。


「虎さんで、人間になれますよね」

《そう願う事も大事かと。ですけど、諦めろとは言いません、私は凄く打算的なので》


「俺は、予備ですか」

《私としてはどちらも本命だと思ってます。コレで終わった、決着が付いたなんて、まさか思いませんよね》


「好きです、けど俺、邪魔したくないし」

《今度、良い物をお貸ししますから、例の本を読み終えたら教えて下さい》


「はい」

《今日はもう、真っ直ぐ帰った方が宜しいかと》


「はい、失礼します」


 俺の住んでる街の隣に、魔王様が会社を建てたって知った時、凄く嬉しかった。

 いつか会えるんじゃないか。

 何処かで会えるんじゃないか。


 けど放課後終わりに隣街に行っても、魔王様には会えなくて。

 少し大きくなってから詳しく調べてみると、子供に悪影響だからって、子供が出歩く時間帯は通学路にも近寄れないんだと知って。


 だから会えない、なら、大きくなれば会えるかも知れないと思って。


 魔王様の会社に入る為に頑張って勉強して、身近な人の魔王様の誤解を解いて、SNSでは常に応援して。


 それから成人して直ぐ、魔王様の成人用のSNSを見た時に覚悟した。

 魔王様はモテて、自分の好みのイケメンとした報告を上げて、相手も感想を上げていて。


 敢えて顔を出してる相手は、虎さんに似た系統で。

 だから、入社した時は虎さんが決まった相手なのかと勘違いした位で。


 最初は嫌じゃないからってだけで、魔王様は抱かれただけかも知れないけど。

 12年、ずっと一緒で。


 なら、好きだから傍に置いてるかも知れないのに。


 その事も考えた筈なのに。


「ゆーちゃん、ゆきちゃん」

「あ、ただいま」


「ちょっと、何か有ったの?こんな遅くなって」

「ごめん、ちょっと、色々あって」


「そう、ごはん食べれそう?」

「多分、俺シャワー浴びてくるから、もう寝てて良いよ」


「そう、話したい事が有ったら、手紙でもメールでも良いんだからね」

「うん、ごめんね、ありがとう」


 何か出来ると思ってたけど。

 虎さんにも勝てないし、斉賀さんみたいに頭が良いワケでも無いし。


 この着信音。

 こんな遅くに妹から、どうしたんだろ。


【お兄ちゃん、私はまだ起きてるから大丈夫だよ、課題の片手間だけど】


「俺、どうしたら良いんだろぉ」

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