魔王様のお出掛け。

 警察の内務調査部門、監察官室への訴えは基本的には当事者が行う。

 なので今日は朝から出張です。


『おはようございます冴島さん』

「おはようございます魔王さん、今日は本部で良いですか?」


『はい、宜しくお願いします』


 今日は私だけ。

 万が一を考えて、斉賀さんと虎ちゃんは会社。


 安楽にしっかり殺してくれるだけなら、何も文句は無いのに。


「今日はお1人なんですね」

『狙われてるとしたら巻き込みたく無いので。冴島さん、公安には3種類有るのはご存知ですか?』


「いやー、初耳ですね」

『公安審査委員会は公安委員長からの指示を受け、危ない団体の審査をする管理組織。公安調査庁は情報機関と分析を行う。そして警視庁公安部は実働と警備が主だそうです』


「詳しいんですね」

『はい。そして次に内調室は、内閣情報調査室の略、サイルとも呼ばれてるそうで。内閣官房長官直轄の保安組織だそうで、あぁ、もう直ぐ選挙ですからね。私は今回も黙りますよ、国とズブズブだと思われてもメリットが無いので』


「どんな選挙の事も、毎回、何も言わないんだそうですね」

『応援される側も困るでしょうし、応援されなかった側に不公平感が出てしまいますから。ただ皆さんも選挙に行きましょう、未来の為に、としか言えませんので』


「俺はちゃんと行ってますよ」

『素晴らしいですね、国民の義務だと思いますけど、義務を怠る者も多いそうで』


「俺ってどんな風に見えてますか?」

『頭は良さそうですよね、そして善き人間にも見えます、希望的観測を含めてですが』


「成程、新刊読みました?」

『読みました、そして部下にニヨニヨしてたのがバレてました。このまま何処かに連れ去って貰いたい位には、未だに恥ずかしいです』


「何処が良いですか?」

『虫が出ない所が良いですね、涼しくて、綺麗な所で。宇宙に放逐なら死ねると思うんですよ、それで砕いて、太陽に投げ捨てる』


「凄い予算が掛かりそうですね」

『ですよね、それが生物兵器利用や研究に使われない様に、何か容器の中で砕いてから太陽に投棄でしょうから』


「体組織は普通だって聞いてたんですけど」

『はい、全部普通です。けど観測者効果なのではとも思うんですよね、観測者されると補正が掛かる』


「それなのに食べないでも過ごせて、その時は辛く無いんですか?」

『はい、空気中の水分で生きられるみたいなんですよね』


「じゃあ水の中は?」

『酸欠で意識を失いますけど、ブヨブヨにはならないんです、不思議ですよね』


「こんなに根掘り葉掘り聞かれて嫌じゃないんですか?」

『無視よりマシなので問題無いです。家の足拭きマット扱いとか、私にも普通に苦痛ですから』


「帰りに、ホテルに寄って貰えますか」

『良いですよ、SNSに感想を載せて良いなら』


「それ、俺だってバレませんか?」

『指定して貰えればその日に投稿しますし、点数式だけでも何でも良いですよ』


「それ、どうしてなんですか?」

『同じ人間だと思いたいからこそ抱こうとする人も居ますから、普通だって言い続ければ信じて貰えるかなと。それと自衛の為と、色々ですね』


「好きになって貰うには、どうしたら良いんですかね」

『お名前と住所と誕生日位しかアナタを知らないのに、一体何を好きになれば良いんでしょうか』


「ですよね」

『何を好きになって欲しいとかって有りますか?』


「心とか、気持ちとか、俺自身ですかね」

『俺自身と言える情報って何でしょうか』


「あぁ、それ、凄い難しいかもですね」


 この若さでこの辺の地理を完全に把握して、ナビを見るフリをする、地元の人間でも無いのに。

 なら、何かしらのプロの方だと勘繰ってしまいますよね。


 それから本部呼びだとか、予算って言ったりとか、本来はサイロ呼びなのにサイルで反応したりだとか。

 でも暴きませんよ、私も斉賀さんも顔が好みなので。


 本当は、このイケメンさんを差し向けてくれた人と友達になりたいんですけど、多分、無理なんでしょうね。

 向こうは守る数が桁違いなんでしょうし、私達を危険視しての事なんでしょうし。


『あ、斉賀さんと寝たいなら私とはしない方が良いですよ、姉妹だけにはなりたくないって言ってたので』

「あ、昨夜の本気にしちゃいましたか?」


『かもですね』

「真面目になれって言われたら、真面目になりますよ」


『個性をお大事に。あっという間に、もう着いちゃいますね』

「待ってますか?」


『はい、お願いします、では』


 お互いに慣れたもので、書類と証拠品を提出し、受領証を受け取って終わり。

 昔はデータのコピーの受け取りは認められなかったんですが、科学の進歩のお陰でオリジナルは手元に置ける。

 医者でも弁護士でも、当たり外れが有るのがココの世界の欠点で、警察相手でも保身を優先しなくてはならない。


「早いですね」

『お互いに慣れてますので。あの、何かお土産を買って帰ろうかと思い立ったんですけども』


「甘いのですか?それとも他の味が良いですか?」

『両方でお願いします』




 今日は2件の回収が長引き、ギリギリ定時前に会社に戻ると、シュークリームとカレーパンのお土産が。


「富和君、コレ魔王様からのお土産なんですよ」

「あ、そうなんですね」

「渋谷さんはもう食べましたか?」


「はい、両方美味しかったですよ、お2人の分ですからどうぞ」

「どうも」

「ありがとうございます」


 コレ、珈琲ですかね。


「珈琲を用意しましょうか」

「ですね」


 けど先ずは手洗いうがい、ついでに顔も洗う。

 それから最近導入されたホットタオルで顔から首まで拭いて、スッキリ。


「社員を甘やかし過ぎだとは思いませんか」

「ですけど我慢させたら違う方向に行きそうですよね」


「良く分かってますね」

「SNSに流れ出てる愚痴をマジだと思ってたので」


「フットバスを断念させた時ですかね」

「ですね、けどシャワー室作っちゃってましたよね」


「災害用ですけどね」

「一緒に入りたい勢が凄かったですよね、非常時用だって言ってるのに」


「流石魔王様、ペット感覚なんだろ。が1番殺したくなりましたよね」

「あぁ、アレ、飼われたいんだろうなと思いましたけど」


「あぁ、成程」

「アレ書いた本人と永遠に関われない様にしたいんですけど、どうしたら出来るんでしょうね」


「もう特定してるので大丈夫ですよ」

「え、危ない書き込みは無かった筈だと思ってたんですけど」


「裏垢を特定して情報開示させたので、何処の誰でどんな顔かも分かってますよ」

「それ、どうやったんですか?」


「海外支社も含め総出で裏垢の承認をさせて、書き込みをスクショ、書類提出ですね」

「凄い、人海戦術ですね」


「まぁ、2桁未満で落ちたので、注目されたい寂しがり屋だったのだろうとの結論になりましたね」

「じゃあガチ勢じゃなかったんですね、良かった」


「凄い量の書き込みを良く覚えてますね」

「危なそうだなって書き込みと、同志の書き込みだけですけどね」


「同志」

「アンチ顔じゃない中身派勢です」


「何か、凄くややこしいんですが」

「昔の顔も中身も良いだろう勢ですね」


「あぁ、少数派でしょう」

「そうでも無いんですけど、真に思ってるかって言うと、少数派ですね」


「表向きは、ですよね」

「ですね」


 魔王様の好みの珈琲。

 酸味が殆ど無くて苦過ぎないで。


 最初、滅茶苦茶味わってたのに、慣れって怖いな。


「ご本人はそう飲まないのに、最近特に減りが早いんですよね、魔王様用」

「持ち帰りたいのを我慢して、ココで程々に飲んでるだけですからね?」


「疑っては無いですよ、寧ろ純粋に思い当たる節が無いか聞いただけなんですが」

「あ、アレですかね、水出しで使ってるとか」


「あぁ、水出し用ですか、成程。水出し用も購入しておきますかね」

「社員への甘さの原因の半分は虎さんでは?」


「僕もお金の使い道が無いので、還元ですよ」


 虎さんだけじゃ無くて、皆が優しくて良い人で。

 だからこそ、取り立て業務の人の心が折れそうになったのが分かる。


 前世を交代して貰う迄は媚びて、終えてしまったら取り立てに行くまでは入金も無し。

 そして行ったら行ったで千円札でバラ撒いて、俺らに拾わせる。


 こう虐めみたいな事をするヤツは、一生、更生しないでこのままなんだと思う。

 凄く、嬉しそうで楽しそうだった。


「今日の人に、地獄へ落ちろって思うのって、どうしていけないんでしょうかね」

「思い方次第かと。更生の為の正しい茨の道へ行って頂くべきだろう、それが世の為人の為だ」


「成程、斉賀さんですか?」

「ですね、死ねば良いのにと言ったら、言葉に気を付けろと訂正されました」


「天才ですよね、斉賀さんも魔王様も」

「ほう、見抜いてらっしゃいますか」


「システムでも何でも新しくて良いモノを直ぐに取り入れて、ちゃんと活かして。柔軟性と回転の良さが無いと難しい事だって親父が言ってて、確かになと。今日行った会社って、システム導入してても活かせて無さそうで、成程なと」


「素晴らしい親御さんでらっしゃる」

「へへ、ありがとうございます」


「今日の事はすっかり忘れて、魔王様が買って来てくれたこの味だけをインプットしましょう」

「ですね」


 そうして家に帰って、ゆっくり風呂に入って。

 メシを食ってからリビングでボーっとしていると、今日見た光景が画面に。


 どう見ても俺の背中です、ありがとうございました。


 どこの取材の方にお礼をすべきかと悩んでいると、魔王様から着信が。


【今、放送と同時に知らされたんですけれども】

「俺は大丈夫ですよ。それより、アレを撮影してくれていた方に、どうお礼をしようかと思ってたんですけど」


【あぁ、それ大丈夫みたい、コッチでやるって】

「この電話、斉賀さんも聞いてるんですかね」


【うん、何か相談でしょうか?】

「いえ、好きです」


【冴島さんってタクシー運転手さんとしちゃったんですけれど、それでも?】


 嫉妬より、先ず、羨ましいが先に来てしまい。


「羨ましいです」


【冴島さんにも言ったんですが、私を抱きたい人は私を人間扱いしたい優しい人か、弱い人間なんだと思ってるんです。どちらにも応えるべきだと思っているので、魔王で居る限りは同じ事が繰り返されると思いますが】

「俺は、前の顔の杏子さんと」


 両親にガン見されて言うのは、流石に無理だ。


【と?】

「ちょっと部屋に戻るんで、切らないで下さいね」


【はい】


「失礼しました」

【いえいえ】


「前の杏子さんの顔としたいんですけど、どうしたら叶えられると思いますか?」


【遺影を3Dプリントでお面にするとかはどうでしょうか】

「そうなりますよね」


【人間に戻りたい気持ちより、死ぬ方が楽そうだからソッチに傾いたままなんですよね、ずーっと。だから安楽に死ぬチャンスが有ればいつでも飛び付きますし、私を抱きたいイケメンと寝ます】


「もし俺が無理矢理人間に戻したら、どう思いますか?」

【状況と話し合い次第では何処かの組織に行って死にますね、どうせまた魔王に戻るかも知れないと思われて、盗聴だ何だと平穏には暮らせないでしょうから】


「もし、確約が有れば、魔王には戻らないとしたら」

【子供を作らず、ひっそりと暮らすかと思います。預貯金は有るので】


「そこに俺居ます?」

【あ、居たいですか?】


「はい」

【そう贅沢が出来る程は無いですよ、寄付だ何だとバラ撒いてますから】


「贅沢には興味が無いですし、俺が稼ぎに出る感じはどうですか?」

【それ、浮気されそうで、浮気を疑うと思うんですが】


「貞操帯を付けるのはどうですか?」

【後ろにもですか?】


「あー、すみません、そこまでは考えて無くて。それってトイレどうなるんですかね?」

【全く無理か、シャワー必須か】


「あぁ」

【ブスだと自覚しているからこそ、不安になって嫉妬すると思うんですよ。君が耐えられるかと言うと、私にはそうは思えないので】


「童貞ですよ?」

【人のモノが良く見える症候群の方とかいらっしゃいますし、モテても余所見をしないと言い張れる経験値が無いのでは、と】


「ブス専だからブスな杏子さんが好きってワケじゃないんですが」

【じゃあ今の私はどう評価されるのでしょうか】


「芸能人に良く居る普通の人」

【斉賀さん】


「同じく」

【前の私は?】


「可愛い」


【虎ちゃん】

「イケメンですよね」


【分からんなぁ、逆にブサイクってどんな方を言いますか?】




 富和君と杏子さんが話しているのを聞いていたんですけど、一定の容姿は全て芸能人枠で、最早天上人扱い。

 そしてブスだと思う閾値が低いは低いんですが、面白いストライクゾーンでらっしゃると言うか、本当に杏子さんがストライクゾーンを満たしていると言うか。


【って感じなんですけど】

『ストライクゾーンが変形し過ぎ、何か有ったんですか?』


【特には、気が付いたらこうで】

『親御さんは?』


【妹も親も別に、俺も含めて普通かな、と】

『分からんなぁ、ねぇ?』

《陶芸なら相当超絶技巧かと》


【え、まだ斉賀さんに聞かれてたんですか?!】

《ストライクゾーンの所だけですよ、ご心配無く》

『納得はしそうだけど、もう少し整理させて欲しい』


【ですよね】

『うん、じゃあまた明日、おやすみなさい』


【はい、おやすみなさい】


《どうして冴島さんとした、なんて嘘を言ったんですか》

『試すには丁度良いと思ったので』


《試されたとは永遠に気付かなそうですけど》

『流石にヤる段階になったら言いますよ、性病の心配をされたくはないので』


《はぁ、先は長そうですね》

『ごめんね、そんなに生きていたくなくて』


《いえ、妥当と言えば妥当ですから》


 今、私にとって最も良い世界とは、魔王すらも生きたくなる世界。

 この世界はあまりにもかけ離れている。


 いっそ、転移でもしてくれないだろうか。

 魔王をも受け入れる優しい世界へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る