魔王株式会社の非日常。

 杏子さんが家に付くなり、会社の規模を縮小したい、と。


「それ、本気だったんですか?」

『会社について私は冗談は言わないよ』

「前にも話し合いましたよね3人で、コレでも小さい方なんだと」

《社長、いえ、ちょっと待ってて下さい》


 この感じは緊急対応用かも知れない、折角、会社以外で杏子さんと一緒に居られるのに。


「あの、アレって」

「多分、もしかしたら緊急対応用の相談かも知れませんね」

『前世で困ったら魔王に電話してね、3939~。子供にクリーンヒットしたらしく、定期的に掛って来るんですよね、子供から』


「偶に前世を口実に相談が来るんです、最近は無かった筈なんですけど」

『うん、無かった』


「ですよね、子供相談窓口が24時間稼働して2年経った頃から減って、前は3ヶ月前ですかね」

『うん、前世の問題って言うか、親子家庭環境系だったから』

「ため口になるんですね?」


「羨ましいでしょう」

「はい」

『君らは稼働しないし、お風呂にでも入ってくる?外回りで気持ち悪いでしょう、災害用の備品に下着と服が有るから、そのまま帰れるよ』


 何なら寝間着で泊まりたい位なんですけど。


「そこは帰すんですね」

「まぁ、斉賀さんも居ますし、そもそも社長が出るかもなので」

『うん』

《すみませんが、出る事になりました》


「分かりました、ではこのまま帰りましょう富和君」

「はい、お邪魔しました」

『すまないね、準備をしてくるよ』

《車を呼びますので、このままココで待ってて下さい》


「やっぱり、まだ会社って必要なんですね」

「我々が介入しないと行政が動かない、その社会システムが変わらない限りは、ですね。年々虐待の対応件数は増加していますが、相談先、問い合わせ先が周知され、マニュアルが公私共に広まったからこそで。コレから先も増え続けると思いますよ、特に昨今は躾に暴力が使えなくなったので、今度は隠れネグレクトが増加するかと」


「えっと、入浴や食事はしっかりさせるけれど、必要最低限しか関わらない、とかですよね」

「躾に必要な範囲を超えるかどうか、その判断が行政ですから、子が大袈裟に訴えれば親が悪くなる。ならもう、言うだけ言って、後は自己責任論で子供が困っても知らないフリをした方が早いじゃないですか。行政と周りが虐待に過敏になるのは良いんですけど、虚偽や大袈裟に騒ぐその果てを、子供も知るべきですよね。本気で捨てられる、捨てられた先の事を分かって無い」


「会社関連で有ったんですか?」

「お父さんがハエでお母さんが豚で、だから人間の私をイジメる、助けて下さい。けれど隠れネグレクトの兆候も、身体に虐待の痕跡も無し、親が自分の思い通りにいかなくてウチに虚偽の相談をしたらしいんです。初めての子供だからと甘やかしてしまったのかも知れない、そう脱力して子供を直ぐに施設に預けて、夫婦は母親の実家に引っ越し。半年程で心機一転して次の子を設け、預けられた子は何で迎えに来てくれないのかと泣いて、暴れて。面談の際に大きくなった母親のお腹に物を投げ様として、以降は父親との面談だけ。それでも暴力性が顕著に出てますから、もう帰るのは無理でしょうね」


「それ、行政の失敗ってワケでも無いですよね」

「子供の訴えを真摯に受け入れた結果ですし、親も施設へ預ける事を受け入れた。コレは子供との相性が悪かったんじゃないかと、社内の意見は一致してます」


「親子の相性って、本当に有るんですね」

「ですね」


「虎さんは、子供は欲しくないですか?」

「やっぱり、そう見えますかね」


「いや、魔王様が揺れるって事は、そうなのかなと」

「寧ろ逆ですね、その顔の子孫を残せ、と。斉賀さん経由で言われました」


「その、2人きりって」

「約12年ぶり、会社以外も12年ぶりですね」


「ご感想は」

「良い匂いだった、もっと嗅ぎたい」


「ですよね、分かります」

「まさか壁ドンが羨ましく感じるとは思いませんでしたけど、セクハラで訴えておきますか?」


「いえまさか。けど、もっとして欲しいとか言ったら、セクハラになるんですかね」

「相手が嫌だと感じたら、ですからね」


「そのウチ、全くコミュニケーションが取れなくなりそうですよね」

「そうしてデストピア化して、今度は管理社会に文句を言いそう。魔王様のご感想です」


「有り得そう」

「ですよね」


《車、下にトラジでの予約車が来たそうですよ》

「そうですか、お邪魔しました」

「お邪魔しました」

『お、では、またね』


 杏子さんは相対する際の主軸となる相手に対して調整する。

 今回は子供相手、なので特に優しくフランクに、落ち着いて相手をする為の調整。


 優しいからだけでは無い、摩擦回避の為、大人の対応であるに過ぎない。

 それなのに周りは過度に賞賛する、その賞賛が役割の押し付けになってしまうのに。




 今回はマジの訴えだった、しかも親御さんが拗らせての暴力。

 魔王の力なんかを借りたくない、けど前世無しの子供が羨ましい、そうして暴力を振るう。


《離婚してお子さんの面倒を見るのなら、格安で前世交代を請け負いますが、どうしますか》


 母親は人間の前世、父親がシャチ。

 シャチ良いと思うんですけどね、どうにも動物は犬畜生的な感覚を持つのが大多数で。

 コンプレックスを前世に押し付けても意味無いのに、そこも理解したくない、理解してしまったら自分の矮小さを自覚する事になってしまうから。


「魔王さん、取り敢えず交代させて貰えませんかね、簡単に出来るんでしょう」

『はい、試してみましょうか、アナタで』


「俺は別に、この前世で満足してますし」

『私が切っ掛けでなくても、前世の交代が起きるのはご存知ですかね』


「それって、遠隔で魔王さんがどうにかしてんじゃないですかねぇ」

『だとしたら、是非立証して下さい、全く関わった事が無い人に冤罪を吹っ掛けられて提訴中なので。その人に協力して構いませんよ、ほら、アナタの失礼な発言は全て記録されてますから』


「いや、別に冗談で」

『冗談の範囲か侮辱の範囲かを行政に判断して貰いましょう』


「え、すみません、本当に冗談で」

『遠慮なさらず、是非立証してみて下さい、困ってる人の助けになる為にその職業に就かれたんでしょうから』


「そんな本気にならな」


 背後霊がマトモなら、私が何かしなくても勝手に前世が交代させられる。

 霊能界隈では常識なのに、もう12年も経ってるのに。


『前世は信じても背後霊は信じない派ですか?』

「アンタ、マジで、訴えてやるからな」


『どうぞ、アナタの無礼な発言も含めて記録していますから』

《魔王さん、女親の了承を》

「ちょっとアンタ、この人が勝手に」


《アナタの守護霊、背後霊が悲しそうなお顔をしていますけど、魔王さんに何か失礼な事を言ったのでは?》

「けどだからって」

『私は何もしてません。ですけどアナタ、仕事にならなそうなのでコチラで応援を呼ばせて頂きますね』


「おまっ!」

「何してんだアンタ!」


 親も人間、警官も人間、失礼な事を言った挙句にカッとなって暴力を振るう警官も居る。

 けれど良い人間も居る。


 シャチパパ、他人の暴力には敏感なのにね。


『パパはね、家族には暴力を振るっちゃう、だから家族じゃない私には優しいから暴力を怒ってくれた。そうやって本当は優しいんだけど、今は家族と暴力が一緒になっちゃってる、だから家族と暴力が離れるまで、家族を止めてみようね』


 暴力を半ば受け入れていた母親より、子供を説得する方が早い。

 けど、でも、だって。

 今私を助けた旦那さんを見て、ボロボロなのに離婚の決意が揺らいでいる。


《どうも斉賀です、緊急応援要請をお願いします》


『お母さん、今は将来が不安で、旦那さんが暴力を制した事で希望を持ってしまったかも知れません。けどそれは幻想です、寂しさ、将来への不安を紛らわす為に子供を犠牲にしたら、次はアナタに返って来ますよ。子供が居て将来や次の相手への不安が有るなら、施設に預けて下さい、少なくとも3食安全付き、アナタよりも経験豊富なプロが子供の面倒を見ます。子供用ホテルだと思って下さい、今からでも見学に行けますよ、素の施設が見れますからオススメです』


「私は別に、そんな」

『親も人間、警官も人間。先ずはアナタが安定して下さい、子供を思うなら、今は特に自分を優先させるべきなんです。無責任さや世間体を心配するより、子供とアナタの事を優先すべきです』


「そんな事、簡単に、子供が居ないからって」

『アナタも私も子供だった筈。アナタが子供なら、不安定な親を一切無視して思い切り甘えられますか』


 こう否定する様に質問すれば、大抵は出来ない、と思うか言うかする。

 そして、けど、でも。


「でも」

『今直ぐとは言いません、半日でも良いんです。どうしたって事務手続きや子供に聞かれたくない事を話す時、子供と離れる時間は絶対に出来る筈です。その時に利用してみて、お子さんに合わなそうなら他を探す、それだけの事ですよ』


「けど」

『子供に余計な情報を与えずに安全に面倒を見て頂ける方が居るなら、その人でも構いません。ですけど医務的なフォローは絶対に必要ですよ、命がけで子供は電話してきた気持ちなんですから』


「そんな」

『音声を今度聞かせます。心配しないで下さい、マトモな医療関係者は絶対にアナタを責めません、もし責める様な言い方をされたら私の会社に連絡して来て下さい』


「そんな事でも良いんですか?」

『前世は関係してますし、多いんです、この手の事』


「すみません、もっと、早くに相談してれば」

『電話って意外と緊張しますからね。お子さんにコレからの事を説明したいので、同席して頂いて、都合が悪い部分は遮るか誤魔化すかして貰う。どうですか』


「はい、お願いします」


 大きな決断を避けたい、嫌な事を避けたい、責任から逃れたい。

 子供にどう説明したら良いか分からないから、馬鹿みたいな説明下手を馬鹿にされたくないから。

 無意識のプライドこそ、悪ですよね。


『魔王さんがコレからの事を説明するから、先ずはお出掛けの準備をしようね』


「そうね、お出掛けの準備をしましょうね」


 幼い子で助かった。

 もう少し成長していると、何で?ってなるから。

 それはそれで説明に入れるから良いんだけ、今は、この場から移動する事が先決。




『大変、申し訳御座いませんでした』

《私の耳にはアナタの個人的な謝罪は入りましたが、提訴案件は提訴案件ですので、提訴はします。それにココのファザードッグに知らせる事も国民の義務の1つだと考えていますので、では》


 某運送会社の謎の課、ファザードッグ。

 警察OBも居るとされ、荷物関連の犯罪の炙り出しや内務調査も請け負っているとか。


 流石に私でも実在を疑っているんですけど、運送会社のOBの方からご紹介頂いた警察OBの方が居るんですよね、実際。


 今日はもう遅いので、監察官室ファザードッグへはメールと電話で軽く用件を伝えるだけにし。


『お疲れ様』

《いえ、すみません二条君、呼び付けては帰して、また呼び付けて》

「いえ、杏子さんの為ですから」


『ご飯は食べたんだって』

「斉賀さんはお食べになってないそうで、近くのお店を探しておきましたよ」

《ありがとうございます》


 そのまま待って頂いていたタクシーに乗り、近くの飲食店へ。

 深夜の田舎なので、そのまま別の卓で運転手さんには待って頂くのが、いつもの手順なのですが。


「魔王さん、怪我本当に大丈夫なの?」

『寝て起きたら治るから大丈夫ですよ』


「で、ちゃんと訴えるんですよね?」

《はい、勿論です》


「俺がどっかに情報流しましょうか?」

『そうするとアナタが目を付けられちゃうから止めた方が良いですよ、なんせ署の前でずっと待ってたんですから』


「何か協力出来ませんか?」

『ご結婚して子孫繁栄、私には出来ませんので』


「それ以外で」

『納税』


「してます」

『ボランティア』


「魔王さんにさせてくれませんか?」

『困ってない、間に合ってる』


「あ、食べさせるとか」

『卓を移りますか?』


「いえ、もう黙ります」


 深夜帯に良くお世話になっている、若いタクシー運転手の男性。

 人懐っこいのが少し心配で調べたんですが、都心から態々この僻地に転職して来た魔王ファン、だそうで。

 実際にも公言しているらしく、警戒していたんですけど、特に何か私的に関わって来るワケでも無く。


『もう半年ですか、26は結婚適齢期ですよ』

「俺、魔王さんが好きなんだけどな」


『相手ならしますけど、期待している様な感想は出ない筈ですよ。プレイボーイに相手をして頂いた時は、意外にも普通だと公言して頂いたので』

「相性が悪かっただけじゃないですかね?」


『まぁ、私からも凄いかどうか判断し兼ねると言わせて頂きましたし、そうなのかも知れませんね』

「それか強がりだったとか、ね?虎さん」

「ですね」


『今日にもしてみる?感想をSNSに載せて良いならだけど』

「それ、俺のも載せるんですよね」


『うん、公平性は大事』

「あぁ、そのプレイボーイさん、それっきりだったんですか?」


『ううん、リベンジしたいって言われて何度かしたけど、コッチから連絡してくれないのは何でかと言われて、面倒になって切った』

「それ、惚れられてたんじゃ?」


 ですね。


『そうなの?』

《ですね》


『そうなんだ、ヤりたいだけなのかと思ってた』

「それ、何でホイホイヤっちゃうんですか?」


『元の姿じゃ無い事だろうから、記念?思い出?的な?』


 結構、彼も頑張ってたんですけどね。

 何か決定的な事を言われたのか、急に諦めたと言って来たんですよね。


「斉賀さん、ちゃんと守らないと」

《過保護も虐待の1つですよ、冴島さん》


 この人を内調か公安だと思っている。

 現に杏子さんが自分ならそうする、と仰っていたし、私も二条君も同意した。


 ただ、安全性が確認されているのに、何故なのかが分からない。


『好み?』

《まぁ、ですね》

「え、俺?」


《味も、ですね》

「えー、揺らいじゃうかも?」

『良い所を108ご紹介差し上げましょう、先ずは』

「もう遅いんですから、食べ終わってからになさっては?」


『ですね、邪魔しないで下さいね冴島さん』

「はぃ」


 それからはもう、褒められるムズ痒さを無視し、家へ。


『泊まって行く?』

「いや、俺このまま夜勤なんで、また今度お願いしますね」


 毎回、このセリフ。

 本気なら揺らぐ筈が、毎回、一切淀みが無い。


《では、また》

「はい、毎度ありがとうございました」


「彼、何がしたいんでしょうね」

『あぁ、アレじゃない、私が狙われてるとか』

《あぁ、まだ終わって無かったんですね》


 彼女をニガヨモギとし、天変地異の象徴だからと殺しに来た者達が居た。

 そして彼女は苦痛が無いならと受け入れた。


 けれど実際には痛みが有ったからと、直ぐに警察へと駆け込んだ。

 でも証拠が無い事と、当時は特別に保護する理由が無かった事から、彼女は放逐された。


 あの段階で杏子さんを守ってくれていたら、こんなにも警察関係者を警戒はしなかったのに。


『住処を別にする?』

《ダメです、また囮をしても苦痛しか無いかも知れませんよ》


『それは嫌だなぁ、苦痛が無いなら受け入れるのに』

《今日から一緒に寝ます、すみませんが今日はココから会社に向かって下さい》

「はい」


 私が落ち着く為に、甘やかす。

 お風呂に入れて、一緒に寝る。


『過保護は虐待では?』

《提訴の為に敢えて殴られるだろうと思っていても、私は嫌なんです》


『避ける反射神経は無いのだけれど』

《でしょうね、良く知ってます、運動音痴だって》


『球技が出来なくても死なないし』

《はいはい、言い訳がお上手ですね》


『何で富和君に本を渡したの』

《アナタの幸せの為ですよ、杏子さん》


『酷い目に遭うと優しくするのは、DVの気質アリ?』

《主に監禁系ですかね》


『すれば良いのに』

《エゴだよそれは》


『あ、逆襲するわ、タブレットで流して良い?やっぱり無音はダメだ』

《良いですよ》


 杏子さんは普通に感動して泣くし、喜ぶ。

 そして感覚も有って、痛覚も有る。

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