魔王様の株式会社~斉賀さんの考え。
梅雨に入って良い感じの頃に、新人の
良いパスを出したのに、童貞君はそんな素振りも無く。
一昨日のオンラインゲームでも、普通にゲームをして終わり、しかも会話は恋愛要素皆無で。
『
《はい》
『富和君から素振りを感じ取れないのは、私の能力の低さから、なのでしょうか』
いえ、私でも感じ取れません。
《どうやら童貞、だそうで》
『何と勿体無い、それとも凄い性癖の持ち主なのだろうか』
《思春期にアナタに惚れて以来一筋だそうで》
『あぁ、それはそれは、残念な性癖でらっしゃる』
《他称ブス専、だそうです》
『自称では無いのが気掛かりですね』
《好みの差異、だそうです》
『あぁ、生きてた頃に出会えても……年の差が中々では?』
《そうですね、16の頃に彼は10才、ギリギリですね》
『ギリギリが分からん』
《19で13》
『あぁ、確かにギリギリですね』
《はい》
『人の言う、前を向くと言うのを、そろそろすべきなんでしょうか』
《とうにしてて欲しかったんですが、はい》
『何をしたら宜しいんで?』
《先ずは人と関わる、ですかね》
『となると、虎ちゃんから処理しようと思うんですが』
《成程、当て馬として》
『いえ、まだ虎ちゃんが嫌いですかね』
《いえ、別に最初から嫌いでは無いですけど》
『え?そうなの?』
《追い詰められて順序がトチ狂ってましたけど、嫌いだとは言って無い筈ですが》
『あぁ、まぁ、そうだった?』
《阿呆だ馬鹿だとは言いましたが、言ってませんよ》
『あぁ、確かにそうかも』
《まさか私に遠慮してたとかなら流石にキレますよ》
『いや、それは無い、と思う』
《なら良いんですが、どっちにしますか》
『食った分だけ、虎ちゃんで良いかなと思う』
絵空事でも絵物語でも良い。
魔法が良い様に作用するのは、いつだって本当の愛に目覚めた時。
私が生まれ変わりを自覚し始めたのは、杏子さんが亡くなった直後から。
僧侶の家に僧侶が生まれ変わるなんて、運命じゃん、とか思って喜んでたんですけど。
ウチの家の前で黒い靄の様な霊をくっ付けてウロウロしていた幼馴染を見て、驚愕しましたよね。
良く見ると前世で相対した魔王。
その前世を背負った女子生徒を連れてるけど、また何をしたんだコイツは、と。
前世での勇者はまぁ、所謂童貞食い、男色家だった。
そして前世と同様に今世でも、容姿の良さから女性の被害に遭い、そのまま女性不振になり、男色の道へ。
幸いにも、私は女に生まれ変わっていたので何も無かったんですが、彼の罪な容姿は近隣の女生徒を虜にした。
その中の良く居るファンなのか、と思ったのですが。
話してみると推しと距離を置くタイプで、謙虚で控え目で、マジで来世に期待するタイプだった。
私は直ぐに檀家情報網を使い、彼女の情報を収集した。
そして分かった事は、恵まれない家庭である、と言う事だった。
亡くなる日の朝、派手な親子喧嘩を近所中に行き渡らせ、事故に遭った。
その日は良く声が聞こえていたそうで、ゴミ出しや出勤の方が思わず立ち聞きしてしまった位だった、と。
《馬鹿じゃないと政略結婚すらして貰えないなら、もうどうだって良い、あんな年上と馬鹿のフリをしてまで結婚したくない。》
《アンタ達を見て結婚したいと思えるワケが無いだろう、私だって人間だ、馬鹿にするな。》
それから有名校に受かっていたのにも関わらず、政略結婚の為に支払いを拒否れた事、こんな事を先導する神様なんて大嫌いだとも。
そして、本物の神様がチャンスを与えた。
生まれ変わる前に、せめて良い思いを、と。
そう私が勝手に思っただけなのですが。
恨みも執着も無い彼女が霊として残った理由は、推しを堪能しても良い、と御仏がお導きになったのではと。
なので私は彼らに関わる事も無く、彼女のお弔いを独自で行い、自己満足の日々を過ごしていたのですが。
49日目前。
前世で聖職者、そして今世では聖職者の娘として生まれ変わった、林家泉子。
彼女が悪魔祓いを行った際、前世勇者に掛っていた呪いが解かれ、事態は急展開を迎えてしまった。
前世勇者男の呪いが解け、杏子さんの姿を正確に把握出来る様になってしまった。
普通のラブコメなら、そこで好き、ってなってハッピーエンドを迎えるんですが。
前世勇者男は今世でも同性愛。
だからこそ、男が男に憑り付くのは恥ずかしい事だ、だから恥ずかしがって女性名を名乗っているのかも知れない。
との思い込みと期待から、霊に優しくしていただけだった。
姿形が見えず、声も低かったから、そう前世と同じ思い込み能力が発揮されていた。
そうして杏子さんが女だと分かった瞬間、鉄壁の愛想が崩れ、嫌悪を表してしまった。
杏子さんは本名を名乗っていたのに、事故とは言えど人死が起きたのに、彼は女だからと気にしなかった。
その残酷さと一方的な思い込みが、杏子さんを傷付けた。
マジな現実は残酷で、その嫌悪の表情を読み取った杏子さんは、前世の魔王としての能力を引き出した。
と、杏子さんの中ではそうなっている。
けれども仏門の人間としては、コレもまた御仏の成せる御業なのかな、と。
単に杏子さんの願いを叶えたに過ぎない、だけ。
悪霊落ち寸前の杏子さんを救う為、ついでにちょっと世直しの為に、御仏が徳を積める時代へと変えて下さったのかなと。
では、何故、そう思うのか。
その方が現象の説明としては可能性が高いから。
相変わらず魔法は使えませんし、魔道具も存在していないのに、魔王だけが存在している。
そして魔王は何をするかと言うと、何もしない。
そもそも魔法が使える様に世界を変える事も可能な筈の御仏が、敢えて成さなかった。
なら、御仏が杏子さんに現世で蜘蛛の糸を垂らしたのだろう、と。
ですけど本人に掴む気も無いまま、12年。
その頃に小中学生だった男の子が、我が社に新入社員として来てしまった。
今まで魔王が好きだ、魔王を救いたい、と。
数多の男性が美貌と特異性に対してすり寄って来た、けれども彼は前世でぶっ殺されているのにも関わらず、杏子さんに惹かれた。
コレもう運命じゃないですか。
やっと魔王化を解除してくれそうな男が近くに来てくれたな、と。
虎と呼ばれている二条 蓮も、確かに最初から近くに居ましたよ。
ですけど飛び抜けた行動でヤっちゃって、地盤無しに、なし崩し的に杏子さんを得ようとして。
気持ちは有っただろうとは思いますけど、どう考えても孤立無援で、完全にバッドエンドまっしぐら。
それは流石に、御仏チャレンジし過ぎなので止めたんですけど。
今度はもう、この11年全くアピールをしないとか。
実質童貞も同然なので仕方無いかなとは思うんですけど、ちょっと極端なんですよ。
ヤっちゃってるけどどんだけ重い純愛なのかよ、さっさと手を出せよ、と。
安定を迎えると同時に内心歯軋りして数年、まさか、こんな良い当て馬だか本命が来るとか。
やっぱり御仏って凄い。
とか舞い上がってたんですけど。
もうね、童貞と童貞と処女が進展するワケも無く。
まんじりと、三つ巴も無く。
《12年前の1度だけなんて、実質無いに等しいですので、度返しでお願いします》
『え、大事な事では?』
《スタートラインから5メートルズレたとしても、誤差の範囲内だと言っているんです》
『フルマラソン?』
《ダカールラリー》
『わぁ、長い』
《約43キロにしてみたら5メートルは誤差を超えるかも知れませんが、今のアナタは1万キロのダカールラリー、誤差の範囲内です》
『それは、凄く難しい事も含んでますよね?』
《勿論です、難攻不落の美女とも言われているんですよ、たった1回なんて実質処女と同じです》
『3回はしたよ?』
《あのガキ》
『ほら、やっぱり嫌いでしょう』
《馬鹿が嫌いなだけで、もう二条さんは良い子になってしまったので、嫌いではないですよ》
合理的ではあった、どう見てもバッドエンドルートにしか見えなければ、応援すらしたと思いますよ。
けど子供、未成年、後ろ盾も無しに幸福に生きるのは不可能。
精々利用されて終わってしまうだけ。
だから大人になれと諭したに過ぎないんですが、なまじ真面目だった彼は、年数を掛けて誠実さを見せた。
これだから童貞は。
『最初も?』
《嫌いでは無かったです、ただ追い詰められていたとは言えど、浅慮が嫌だったんです。あのまま結ばれて幸福になる道筋が、流石に、今でも見えないかと》
『まぁ、バッドエンドルートでしたよね、どう見ても』
《はい》
『ですよね』
梅雨が終わる前に、梅雨定番のイベントとか見たかったんですけどね。
この人を押して、どうにかなるだろうか。
《梅雨イベとか、してみますか》
『頑張ろうとは、思います』
仕事が減ったお陰なのだろう。
だからこそ、富和君が運命の相手だと、私は勝手に思っているんですけどね。
頑張ろうとは思います、とは言ったけれど。
梅雨イベって、自分の身に落とし込めてみると、何だろうか。
紫陽花とか見に行く?
斉賀さんの好きなマンガでも参考にしようかな、新刊出たし。
《では、デートプランをお2人方からご提案頂きましょうかね》
『なん、そんな、最初から攻めますね?』
《護衛プランの組み立てと言う事で、真意は伏せますよ》
『当て馬させ合うのは良いんですけど、消耗させ過ぎはどうかと』
《大丈夫ですよ、その程度で落ちるならとっくに二条さんは辞めていますし、富和君には良い薬になるかと》
『あぁ、はい。所で、新刊出ましたよね、読み返したいんですけど』
《44巻からなら、直ぐに出ますよ》
『あぁ、最高ですね、お願いします』
最早お飾りの社長なのに、ココに居なければならない。
しかも遊んでて良いとか、会社や社会を舐めてしまいそうですよね。
真面目な顔して読んでるブックカバー下はラブコメだと、バレて無いですよね、多分。
今日は雨だから内勤だと言われ、魔王様をずっと見ていたら。
見た事も無い様な表情を見てしまった。
ニマニマして、ふやけて、デレデレした顔で。
「斉賀さん、あの本って」
《あぁ、エンジェルラダーの流れ弾の流れ弾ですかね》
「有名な作家さんの本なんですか?」
《タイトルでは無いですよ》
「え、え?」
《彼女に内密にして頂けるなら、全巻お貸し致しますよ》
「お願いします」
そうして斉賀さんに用意して貰ったのは、スーツケース。
定時に家に帰り、蓋を開けてみると。
ラブコメだった。
ラブコメ。
杏子さんがラブコメ。
不遇な家庭環境、しかも周りに恵まれない。
けれども一念発起して、芸能界へ入る。
少し境遇と名前は似ているけれど、他に共通点も無く。
ただ今は、初めての女性向けラブコメを読む事に集中するしか無いと思い、ひたすら読み進め。
「ゆきちゃーん、ごはんよー」
「はーい」
まだ、半分もいってない。
現時点での発刊数は新刊含めて49巻。
徹夜は不味いけど、読み進めたいし。
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