株式会社PE~魔王様は前世交代請負人~
昔は人同士の交流が盛んで、前世なんて気にして無かった。
少なくとも、自分が子供の頃はそうだった。
けど、この世界に魔王が降臨して、生き物全ての前世が分かる様になってしまった。
高僧の生まれ変わりのイルカが水族館に保護されている事が発覚して、野に放つかべきかどうか、道徳の時間に話し合われた。
ふぐ料理屋の生け簀のフグが父親だからと家に持ち帰ったものの、海水魚を上手く飼えずに殺してしまい、自殺した女性が話題になった事も有った。
兎に角、世界が前世に振り回され始めたなと思ったのが、小学生の頃だった。
魔王の親が嵌ってた宗教のトップがノミだと言う事と、子供への酷い扱いを周りも認めた事で、その宗教は解体された。
そして他の宗教も、巻き添えと言うか、子供達が訴え出て名前を変えたり霧散したり。
けれど安定する切っ掛けになったのは、首相の前世。
藤原定家、平家物語を書写し、諸行無常を付け加えた人だった。
本人がどうかは別として、国のトップの直近の前世が頭が良い人だったからか、ウチの国は平和と均衡をギリギリ保てている。
魔王が居る、と言う事を除けば。
俺が小学生の時。
魔王が中継にフリップを持って現れた。
アナウンサーの前世は、蝉だ、と。
そしてアナウンサーにカメラが戻ると、背後に蝉が見えた。
母ちゃんは虫嫌いだから悲鳴を上げるし、父ちゃんは大爆笑するし。
そうしてふと親を見ると、父親にはイケメンが、母親には美女が。
仲良く見つめ合っていて、前世は影響するんだと悟った。
ネズミだとか動物だから馬鹿にされます勢を押し退け、底辺の冠を勝手に与えられたのは、ミジンコの前世を持つ人間だった。
クマムシも居るけれど、前世の影響なのか、丈夫で元気で何処でも馴染む。
だから俺は自分の前世を知るのが怖い。
今は選択制になったから良いけど、知らない事が罪みたいな流れは相変わらず有る。
けど、それは多分、前世に振り回されてる人間だけが言う事なんだと思う。
だって少なくとも俺ら選択世代は誰も何も言わないし、誰も前世を知ろうとしない。
知れば知られる。
ミジンコだと知ってしまったら、全く違うのにミジンコみたいなヤツだと思われる、現に背後に居る前世は無視出来ないんだから。
そして前世詐欺が横行する事になり、魔王を苦しめた世代は軒並み地に落ちた。
何人もが自殺して、魔王は悪人だと罵る人間も未だに居る。
けど、俺はそうは思わない。
だって、俺の職場のトップでもあるし。
「魔王様、おはようございまーす」
『はいおはよう、
前世の姿と統合して、今は凄く美人だと評判で。
しかも相手の資産次第で金品を授与して、前世の交代を請け負ってる。
お金の無い良い人には格安で、しかも直ぐに前世を最も良いモノに交代させる。
そして悪どいお金持ちからは多額の金品を貰って、搾り取れるギリギリまで何度も交代させる。
最初は無償だった。
けれど前世で勇者の連れ合いだった僧侶だと名乗る人が協力して、欠かせない社会システムにまで押し上げた。
《おはようございます
この人がその人、
けど、魔王様の個人情報を敢えて漏洩させた人でもある。
未だに男しか愛せなかった勇者の前世と今世にガッカリして、魔王軍に寝返った。
せめてトラウマ治療をと今世でも訴えたのに、同性愛を否定するのかと逆ギレされたからだと、自分の事も暴露したのは良いんだけど。
俺は、もう少し守ってあげて欲しいなと、当時は思っていた。
「はい」
そしてこの会社での俺の仕事は、主に取り立て。
持ってるのに出し渋る、ましてや前世を交代させて貰って利益が出てるのに、出し渋る。
そんな偶に出るクズの処理を、虎の前世を背負った人と向かう。
時代は紋々を背負う事から、背後の前世霊へと移った。
今日も俺は取り立てる、魔王様の為に。
「宜しくお願いしますね、
「はい、宜しくお願いします、虎さん」
虎さんは個人情報を守る為、前世のままの呼び方。
小中で虐められていて、高校では不登校になりかけていた所を、魔王様の力で虎の前世だと発覚。
そうして救われたからと、会社が設立される前に魔王様の配下になった人。
自覚してこそ発揮される事も有る。
を、信念に、今日も鍛え上げられた頭と体を武器に取り立て。
「おはようございまーす、プレビューイグジステンス株式会社の者でーす」
まんま前世屋と呼ばれたり、PEと呼ばれたり。
「田中さん、業績上がってますよね、ココ。支払いプランが難しいんでしたら、コチラで再構築しますよ」
いきなりは取り立てない。
先ずは生活プランの見直し。
滞納は3ヶ月は待つ。
次に返済プランの見直し。
また待ってから。
最後に差し押さえ。
良い人と悪い人の中間は、この段階を踏む事になる。
どんな人生でも味方は多い方が良い、無駄に敵を作る必要は無い。
実際にもお寺の娘さんである
魔王様は頭が良い。
なのに親と宗教のせいで望んだ学校にも行けなくて、成仏しそうだったのに、暴かれた事で逆に恨みを持ってしまった。
遺影は確かに可愛い顔だって万人が言う顔では無かったけど、そこまででも無いのになと思った。
けど、俺はブス専らしく、好きになる子は皆の反応が良くなかった。
だからじゃないけど、今は魔王様のファンがいっぱいで嬉しい。
過去じゃない、今だ。
そう言って推す人も居るけど、今のあの人の姿は過去のままだと思う。
前の体に今の魂が入ってる、ネットでも囁かれてる事で、俺も事実だと思う。
褒められても嬉しそうじゃ無いから、多分、マジでそうだと思う。
《すみません、実は娘の結納が有りまして》
コレは本当の情報、娘さんのSNSで確認済み。
だからこそ、成功したからこそ、本当は払って貰いたいんだけど。
「ご成婚が叶ったんですね、おめでとうございます」
《はい、ありがとうございます》
子供同士が気にしなくても、親が気にする。
それは魔王様の本意じゃないんだけど、どうしたって偏見は出る。
この人はザリガニから象にして、娘さんの結婚が成功した。
結婚の成功自体は可能性は半々だったからこそ、成功次第ではご祝儀にしても良いとさえ魔王様は言ってたけど、そうすると締まりが無くなるからと。
ゆっくりゆったりの返済プランだった。
「物入りでらっしゃるだろうとの事で、余裕を持って、最大限譲歩したプランだったんですが。ご無理が有るようでしたら、ご相談に乗りますよ」
ココで良い人ならこのままを望む。
けれど悪い側に傾く人なら。
《いえいえいえ、配慮して頂いてるのは十分に分かってたのですが、すみません。このままでお願いさせて下さい》
「結婚式場かドレスか、奮発してしまったんですかね」
《それが、まだ安定期では無いんでアレなのですが》
「あぁ、それはそれは」
《それで式と新婚旅行を早めさせて、すみません》
「いえいえ、理由も理由ですから、出すべき時に出さないとですよ」
《すみません、ありがとうございます》
「なら健康で長生きして頂かないとですね、キチンと健康診断へ行って下さい。その書類の提出で延期を了承しましょう」
《健康にまで配慮頂き、ありがとうございます》
「いえいえ、では今直ぐ、健診の予約をして下さい。奥様もですよ」
草の根運動も善人が居てこそ。
悪人にしても意味が無い。
取るべき所からは取って、甘やかす所は甘々に。
本当なら魔王様にお金は必要無い。
食べなくても良いし、眠らないでも済むし、ほぼ不老不死。
けど俺らがお願いして、食べて寝て、前世交代以外は余暇を楽しく過ごして貰っている。
今はゲームにハマってて、休みの日には一緒に遊んで貰っている。
「お疲れ様でした虎さん」
「はい、お疲れ様でした。今日も良い人から始まって、良い日になりそうですね」
コレは
前に辞めた人間が、悪い人間ばかりで嫌になったと言っていたのが切っ掛けで、週の始まりと終わりには必ず良い人間の取り立てになっている。
けど、どうしても用意出来無い時も有るから、知っていても無視している情報でもある。
「ですね。辞めた人って、どうしてるんですかね」
「あぁ、大丈夫ですよ。昨日会社に届いた梨、前職の方が働いてる場所ですよ」
「2人共ですか?」
「もう1人の方は先週のサクランボですね」
「あぁ、ちゃんと味わえば良かったな」
「良かったら注文してあげて下さい、きっと喜びますよ。はい、農園の連絡先です」
「ありがとうございます。コレも、顧客用に準備してた情報ですか?」
「ですね、前の方々を気にされる方も居るので」
「ですよね、良い人なら」
「さ、気を引き締めて次へ行きましょうか」
「はい」
俺らの取り立ては日に3件程。
海外支社でもそう、基本的には受付業務が殆ど。
なので受付業務は基本的には移動中だけ、自家用車は無し。
経済を回す為と、責任回避の為。
俺らが運転してぶつけられたら、10:0でも時間と金が掛る、ならプロに任せるのが1番だと。
それに魔王様の評判が聞ける事も多いし、前世で困ってたら営業も掛けられるし。
「ただいまー」
「はいおかえり」
「今日はピーマンの肉詰めよ」
ウチは凄く平和。
親に恵まれた、環境に恵まれた。
魔王様の会社に行くって言ったら、普通に賛成してくれたし、今でも応援してくれてる。
「今日は何か話せたか?」
「無理、挨拶だけだった」
「優子も言ってたけど、アンタもう少しグイグイ行きなさいよ」
「だってさぁ、前世は気にしないかもだけど、俺だよ?」
「まだ、最初に好きって言って流された事を引き摺って」
「最初はお互いを知らなかったんだ、せめて折れるのは101回目からにしなさい」
「分かってるんだけど、何を話したら良いか分かんなくて」
「好きな事とか色で良いじゃない」
「花だとか、食べ物だとか」
「もう、全部知ってる、SNSに乗ってるし」
「それを再確認するのよ」
「それか抜けを探すか、だな」
「抜け?」
「イクラとタラコが好きだと言うなら、数の子はどうなのか、明太子はどうなのか」
「そうそう、そうやって話題を広げるもんよ。アンタ、学校で何を学んできたのよ」
「勉強」
「ちょっと、いい加減真面目に答えなさい、どうしてアンタは恋愛だけからっきしなのよ」
「ブス専だって、だからそう言う話を避けてたら、こうなった」
「胸を張れなかったか」
「認めたら俺の好きな人まで貶められるし、本当はどうでも良いって位置に持って行きたかったんだけど、無理そうだから諦めた」
「あぁ、良い大学だからって中身も良いとは限らないのね」
「異性が居ればマシなんだけどさ、乗るともう、ダメで」
「同窓会の連絡が来たら途中で俺を病気って事にしなさい、そんな場所に長く居る必要は無いんだ、良いな」
「そうね、優子から掛けさせて恋人って事にしても良いんだし。父さん今年も健康診断良いから大丈夫、縁起より実利よ」
「うん、ありがとう」
俺の両親が魔王様の両親だったら。
きっと魔王様は杏子さんのままで、もう子供だって居たかも知れないのに。
私の会社に、魔王だった頃に殲滅した村の子供の前世を背負う子が面接に来て、凄く動揺してしまった。
名前は
そも私の会社と言うか、ほぼ
《杏子さん、お夕飯ですよ》
『うぅん』
別に、食べなくても死なないのに。
何なら意味だって。
《今日は
『ピーマンの肉詰めって、手間暇掛かってる』
《ご近所の焼き鳥屋さんの生ツクネとタレを使ってるんだそうで、意外とお手軽なんだそうです。なので買って来て貰ったんですよ、二条君に》
『虎ちゃん、転職してくれないかな』
《同じオカズが食べられるって未だに喜んでましたし、初めては忘れられないものですからね》
『覚えてる?』
《私は忘れました、良い思い出では無くなってしまったので》
『ごめんね、思い出させて』
《いえ、お陰で吹っ切れましたから、アナタ以上に》
『半ば怨霊だからね』
《寧ろ、私はこの世への恨みなのだと思ってますよ、もうアノ人は再起不能なんですし》
『魔王化の権化さんね、すっかり変わってくれたから、100年の恋も冷めたんだけど』
あの僅かに嫌悪した表情が脳裏に、網膜に未だに焼き付いている。
笑顔が眩しかったから、だからこそ、見た事も無い真裏の表情が焼き付いて。
《結婚したいと思えるお相手と出会えれば、成仏出来るかも知れない案、どうですか》
『虎ちゃんでダメだったじゃない』
《当時は二条君の魔王への愛が大きかったからかと、今なら大丈夫だと思いますよ》
『愛が重くて怖い』
《そこはまぁ、分かります》
『それに、まだ前世で困ってる人が居るし』
《今はもう大分落ち着いて来たんですし、そもそも、それを無視しない人間が悪いんです。実際に影響するのはほんの僅か、なのに目に見えるモノに強く引っ張られる、そう弱い人間が悪いんですよ》
『けど、外見は大事だから』
《安定した今だからこそ、あの馬鹿の事を忘れられる様な人を見付けませんか?》
嫌悪されるまでは、自分には無かった思い。
愛されたい。
『この外見がどうでも良いって人が居ればね、少しは考えるんだけど』
外見から前世にスライドすると思っていた、けれど現実は厳しかった。
ただ外見と背負う前世と、チェック項目が2つに増えただけ。
《人に関わらなければ、お互いに何も知れないですよ》
『ご尤も』
今はもう、憎い両親も元推しも、引っ越しを重ねて極貧生活を送ってくれてる。
両親は私の支援と家庭菜園で何とか生きている。
お金は直ぐに宗教に使ってしまいそうだからと、現物支給、医薬品は置き薬を頼んで、生活必需品は交換制。
物すら売って金にし、また何処かに貢ぎそうだから、こうするしか無かった。
最初は取材陣が殺到し、会社にも迷惑が掛かり、父は自主退職。
両親共に親族からは完全に縁を切られ、頼りだった宗教自体も無くなって。
ココまで追い込めたのは、取材陣の方々のお陰。
元推しも、綺麗に転げ落ちてくれた。
高校を卒業はしたものの、前世が聖職者だったあの女に公の場で強制カミングアウトをされ、何処の会社も受け入れてはくれず、果ては家族に縁を切られ。
でも持ち前の容姿の良さと愛想で食つなげていたから、放置していた
私は敵は欲しく無かったので、先ずは地道に好感度を得る為に頻繁に取材を受け、真摯に答えた。
過度に被害者ぶらない様にして、ただ事実を淡々と話すだけ。
けれども更に悪用しようとする輩が両親と元推しへ近付いた、それを知ったのも報道の方々のお陰。
《また、ご両親が搾取されそうだとの情報が有りますが、今どんなお気持ちですか。》
《前世が勇者らしき方々が集められているらしく、もう直ぐ討伐されるそうですが、どの様なお気持ちですか。》
私は前世が見える様にと願っただけ、誰も殺して無いのに、どうして討伐されなければいけないのか。
何故か、こんな素朴な疑問が視聴者の胸を打ったとかで、私を保護しようとする団体が乱立し、連日土手を彷徨う私の元に訪れて来る日々が続いた。
そんな中、お寺の子が僧侶の前世を背負って現れた。
それが
お寺に招いてくれて、お風呂と食事と寝床を用意してくれた。
お風呂だけで良いと言ったのに、さっきみたいに食べて欲しいからと。
お肉を使った筑前煮で、私の為だけに作ったから食べて欲しいと、家族総出で言われて。
女性は女性なんだからと、泊まる様に促され。
眠ってみたら何か変わるかも知れないから、と寝かし付けられ。
そうして朝起きて、初めて接触して来た理由を聞いた。
勇者と前世で恋仲だった、何なら幼馴染で、似た様な運命を現世でも辿りかけた。
けれど、アレはもう敵だし、敵の敵は味方だからと。
ハッキリと私怨だと言ってくれて、もう半分は見てられなかったからだと、同情だと言ってくれた。
そして檀家を一応説得してみる時間が必要だったので、迎えに行くまでに時間が掛った、とも。
全部正直に、ハッキリと言ってくれた。
それから親の業も借金も、前世の事も背負う必要は無い。
借金には相続放棄が有る、業はそもそも本人のモノ、そして前世の行いは前世で決着が付いている。
他の宗派は別かも知れないけれど、少なくともウチではそう、だからどうか周りの雑音で傷付かないで欲しいと。
ふと、久し振りに人間扱いされているなと。
そして失うモノは何も無いし、便利そうだから信用してみる事にした。
その頃から魔王の影響を自覚し始めた。
愛されたい。
そう思う様になってしまった。
だからこそ、虎ちゃんと寝てしまい、未だに後悔をしている。
《どうですか?》
『ジャンキーだけど家庭的で好きだと思う』
《ですよね、良かった》
魔王だって喜んで欲しいのですよ、感情が普通に有るんですよ、顔に出ないだけで。
日記に認め、1日を終えるのが日課になっている。
僕の最初の失敗は、魔王と言う存在に心酔し過ぎて、本来の杏子さんへの思いが殆ど無かった事だった。
嫌な事を全て忘れて貰いたかった。
魔王だからと言うより、元人間だと思っていた。
それが失敗だった。
今の僕の中では、杏子さんが好き。
だけれど杏子さんの中では、僕が魔王だから好きだった事になったまま。
それを覆す為、何年も誠意を見せて来たつもりだった。
何年も杏子さんの為だけに働いて来たのに。
「虎さん、おはようございます」
「おはようございます、
彼が初めて会社に出社して来た時。
挨拶を終えた瞬間、杏子さんを好きだと言った。
魔王では無く、杏子さん、と。
好奇心からでも何でも無い、純粋に好きだと言う好意だった。
けれど杏子さんは、会社では魔王と呼ぶ様にと、それだけ言って何事も無かったかの様に業務へ戻ってしまった。
愛されたいと思っているのに、どうしてなのか。
答えは
魔王時代に殺した村の子供が、彼の前世なのだと。
同情心や恋愛感情が未成熟な杏子さんは、相手にしないのだろうと心底ホッとしたけれど。
彼は良い人間で、素直で真面目で、真っ直ぐで。
杏子さんが成熟してしまったら、確実に奪われてしまう。
けれど、僕が振り向いて貰えるかどうかも分からない。
「今日は、魔王様は海外なんですね」
「そうですね。昨夜ピーマンの肉詰めを食べたんですけど、凄く美味しかったですよ、魔王様もジャンキーだけど家庭的で好きだと言ってたそうです」
「マジですか?ウチも昨日ピーマンの肉詰めだったんですよ、良かった、口に合って」
僕の予備。
僕が失敗した時、次は彼が杏子さんに真摯に向き合う番。
「移動中用の雑談に、他にもレシピを教えて貰って良いですか?」
「あ、アレンジレシピが有るんですよ、梅を少し混ぜてた梅肉ソースとか。ウチの万能ソースの1つなんですよ」
「良いですね、もう直ぐ夏ですし」
「あぁ、季節感も大事ですもんね、食事って」
ウチの家庭は完全な共働きの仮面夫婦で、料理は家政婦が作り置きする料理の味しか覚えていない。
健康的な薄味で、オーガニックで、強制菜食主義。
小学生の時、初めて学校で肉が出されて、食べ慣れない味と感触に嘔吐して。
それから虐めが続き、高校は地元から遠く離れた場所へ行った。
それでも虐めの恐怖に耐えられず、3日目には保健室へ行く事になり、そこで魔王が人間を食べた事が有るかと聞かれている映像を見た。
【前世での事なら覚えて無いので分からないし、今世では食べた事が無いので分からないけれど、どうしてそんな事に興味が湧いたんですか?】
至極真っ当な答えと疑問だった。
なのに質問した側は驚いて、的外れな批判を始めた。
眉1つ動かさずに答えるだなんて、心が無いんじゃないか。
表情を隠していて、嘘を言っているかも知れない。
怪しい、悪人かも知れない。
完全な論点ずらしなのに、魔王は真面目に答え続けていた。
丁度、近くの土手で。
両親の前世は豚と普通の人間、スタイルに自信の有った母親が豚で、父親は人間。
片親で育った父親を馬鹿にしていた母親が、馬鹿にされる側になり、父親はよりヒステリックになった母親との離婚を考えてくれた。
けれど離婚と口にするだけで酷く荒れるので、別居をして貰う事で落ち着いた。
父親は良い人は良い人だけれど、どうしてこんな女と結婚したんだと思うと、どうしても尊敬したり頼ったりが出来なかった。
それに自分だけなら落ち着いてくれるので、僕は安定を取った、こんなクソ女と結婚した馬鹿な父親の人生を犠牲にして。
だから虐めには耐えようと思ったけれど、限界だった。
どうしても体に不調が出て、もう教室に居られなくなっていた。
だから、魔王に前世を見せて貰って、きっぱり人生を諦め様と思っていた。
きっとミジンコ以下の何かだろう、と。
なのに、虎ってカッコイイねと。
ただ、それだけで嬉しくて、久し振りに褒められて。
そのまま好きになってしまった。
今思えば投影や尊敬や憧れや、そう言った感情がごちゃ混ぜになって、愛には届きそうも無い好意だったと分かる。
けれど幼くて、なのに知識だけは蓄える事が出来て。
好意を伝えるにも、嫌な事を忘れて貰う為にも、家族になる為にも。
その行為をする事が正しいと思い込んでいた。
「今日は早く終わりましたし、少し会社で飲みませんか。レシピのお礼に馴れ初めを教えますよ」
「え、マジで、良いんですか?」
「
「はい、じゃあ、買い出し俺が行きますね。何が良いですか?」
「
「はい!行ってきます!」
「領収書を貰って来て下さいね」
馴れ初めって、本当の馴れ初めだった。
「その日に、なんですか?」
「家に来て欲しいと言ったら、そのまま付いて来てくれて、母親が帰って来る前には帰って貰って。そうして次の日が休みだったんですけど、早朝に
「え、付けて」
「無かったですね、家族になる気だったので」
「早熟、ですね」
「ですね、早熟で未熟で、大失敗だったと今なら分かるんですけどね」
「大失敗?」
「杏子さん個人への気持ちが殆ど無かったからこそ、思いが伝わらなかったんだと思うんです。魔王だけれど人間、そこまでしか考えが及んでなかったので。今でも、そう誤解されたまま、それっきりなんですよ」
「え、じゃあ」
「その時だけで、今は上司と部下なだけですから」
「けど、料理の事を」
「
「あの、じゃあ、今でも」
「好きです、愛してます」
「それを伝えたりは?」
「しつこく言うと嫌われると
俺、勝てない気がする。
行動力が違うし、ずっと近くに居たのは虎さんだし。
何か、邪魔しちゃいけない気がする。
多分、それが正しいんだろうなとは思うんだけど。
「俺も、マジで好きです」
「ですよね」
「仮に、俺の方を受け入れたとして、虎さんは」
「その時の杏子さんの負担にならない位置に行くつもりです、海外や、もっと離れた場所に」
「死ぬ気ですか?!」
「君の愛がちゃんと伝わったら、悟られない様に、自然に。その時は僕の分までお願いしますね」
「いや、こう、見守るとか」
「足枷だとか重荷だとか、そう言うモノになりたく無いんですよ。居なければ揺らぐ心配も無いでしょうし、他はもうとっくにどうでも良いので」
「それ、いつ言うんですか?」
「君に合わせますよ、僕と違って失敗はしてないんですし、僕を好きに使ってくれて構わないですよ」
杏子さんが全てだから。
杏子さんの幸せの為に何でも投げ打てる、何でも出来る人。
しかもカッコイイし。
俺は、普通だし。
「いや、俺の事は構わず、言える時が有ったら言って下さい」
「譲るんですか?」
「いや、選ぶのは杏子さんだから、そこに合わせようかなと。ただ、抜け駆けとか邪魔とかは無しに、自然に。どうにか出来たらなと」
「3ヶ月は経ってますけど、何も進展して無さそうですよね」
「はぃ、恋愛関係を学習して来なくて」
「何か問題が?」
「俺、周りにブス専だって思われてて、会話に混ざれなくて。けど、俺としては別に、周りと少し好みが違う程度だと思ってて」
「あぁ、それで、未経験なんですか?」
「はぃ、杏子さんを、子供の頃に好きになっちゃって」
「何処が良いですか?」
「やっぱり優しい所ですね、魔王だって言われても優しさを失わなかった所とか、
「今はそうかも知れませんけど、最初の頃に信頼は無かったと思いますよ。どうでも良いから気にしない、裏切られても利用されても気にしない、自分が損を被ったり、余程の不快を感じなければ。そう仰ってましたから」
「でも、人を見て選んだんだと思うんですよ。だから
「耐えられたのが僕らだけ、なのかも知れませんよ」
幻想を抱いてるだけじゃないか、理想を押し付けてるんじゃないか。
そんな思惑も含めて、俺は試されてるのかも知れない。
「SNSでしか知らないから、幻想とか理想とか」
「救世主症候群って知ってますか?」
「はい、周りに多く居たそうで、でも俺は違うと思ってます。ウチ、凄く平和で、マジで不満が無くて。けど俺じゃなきゃダメだとは思って無いんです、だから、虎さんの方が良さそうなら、俺は身を引きます。けど会社は続けます、嫌な日も有るけど、人間の良さも感じられるので。ココの仕事も好きなので、死ぬまで続けます」
「では、お互いに骨を拾い合う感じで良いですかね」
「死なないで貰えませんか?」
「じゃあ譲ってくれますか?」
「そこは、杏子さん次第なので」
「真面目で誠実、真っ直ぐで素直、とか通信簿に良く書かれてそうですよね」
「凄いですね、そこまで調べてるんですか?」
「観察眼だと言いたいんですけど、まんまですよね」
「それって、良い事なんですかね?」
「それこそご家族に相談してみては?」
「ですよね」
「じゃあ、今日はココまでで、片付けは僕がしますから」
「いや、俺も片しますよ」
「杏子さんを待ってるんです、実は」
「え、今日帰って来るんですか?」
「どうでしょうね、邪魔したく無いなら、このまま帰って下さい」
「じゃあ、また、来週で」
「はい、また来週もお願いしますね、
もう気になって仕方無くて、家に帰って妹に相談したら。
【お兄ちゃんって、捻りが無い、面白味が無い男にも思えるって事なんじゃないの?】
「あぁ、やっぱり」
【って言うか学校である程度は学習するもんじゃないの?恋愛のノウハウって】
「それ、母さん達にも言ったんだけどさ。ブス専言われて話すの止めたんだけど、後悔してる」
【そう言う時って男の方が厳しいよね、って言うか鏡見てから言えっつの】
「俺、何か変えた方が良い所って有る?」
【101回は当たって砕けろよ腰抜け。って私だったら思うかも?】
「だよなぁ」
【逆にこう、逆算してみたら?3年以内とかって期限を決めて、それまでに101回はアタックするとか。もう週1でアタックするとか、接触しなかったら分かって貰えないんだし、どんな人が好みかってのも分からないんだし】
「だよなぁ」
【推しと毎日一緒なのは羨ましいけど、その環境に甘えたらダメだと思うの】
「はい」
【頑張れ、お兄ちゃんは良い人なんだし、当たって砕けちゃえ】
「砕けたくは無いんだけどなぁ、ありがとう」
【いえいえ】
「じゃあな、ありがとう」
【うんうん、またねー】
「ゆきちゃーん、ごはんよー」
「はーい!」
先ずは実家暮らしを変えようかな。
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