「おかえり」「ただいま」

「ナイトハルト…………」


 そう言われた瞬間、ドアを開けたくなった。


 でも、その気持ちを抑え込む。

 

 私が騙されて、何かの事件に巻き込まれたら、子供たちにも危害が及ぶ。


 だから、まだ警戒する。



 戦場で、例えば乱戦で部隊が散り散りになった末の行方不明を戦死扱いしたなら、生きている可能性はあるかもしれない。

 でも、ナイトハルトはただの戦死じゃない。


 敵の戦艦に突っ込んだ。

 必死。

 生きて帰ることはあり得ない。


「証明して……」


「え?」


「あなたがナイトハルトだって言うなら、証明して……」


「どうすればいいの?」


「私とナイトハルトの間でしか知らないことを言って。確信を持てたら、ドアを開ける」


「分かったよ。僕は言い続けるから、信用したら、ドアを開けてほしい」


「うん」


 少しだけ沈黙が流れた。


「僕がいろはに出会ったのは奴隷オークション。直前に出会った女性に指示されて、いろはを買うことにした」


「…………」


 まだ……


「いろはは初め、かなり怯えていたし、警戒していたよね。でも、お風呂から裸で出て来た時は驚いたよ」


「…………!」


 もうドアを開けたい。

 でも、耐える。


「僕がいろはに何も要求しなかったら、君は仕事をくれなかったら、夜這いするって迫ってきたよね。それで次の日に家事を教えた」


「…………」


「いろはに配給を取りに行くように言った日は帰って来て、驚いたよ。だって、君が玄関で倒れていたんだからさ」


「…………」


「まだ、開けてくれるないんだね。じゃあ、ちょっと恥ずかしい話をしてあげる。いろはを抱いた時の話だよ。あの時、僕の部屋だったよね。どうしたら、良い分からなくて…………」


 ガチャ、と鍵を外す。


 そして、ドアを開けた。


 目の前には少し痩せたナイトハルトが立っていた。


「もういいよ……」


 私はナイトハルトを抱き締める。


 二年の月日が流れても、私がナイトハルトを忘れることはなかった。


 匂いや温もりは間違いなく、ナイトハルトだ。


「遅くなってごめんね」


「分からない……」


「え?」


「ナイトハルトが生きている理由が分からない。今になって帰ってきた理由が分からない。こうやって、あなたを感じても、幻じゃないかって思っているの。ついに私は壊れちゃったのかな、って……」


「いろはは壊れていない。僕は間違いなく帰ってきたよ。遅れたことは本当にごめん。捕虜になっていたんだ」


「捕虜?」


「僕は敵の戦艦に突っ込んだ。死んだと思ったよ。でも、気が付いたら、森の中に倒れていたんだ。気を失った状態で、パラシュートも無しになんで無傷だったは本当に分からない。でも、安心したのも束の間で、敵の陸戦部隊に遭遇して、捕虜になっちゃったんだ。で、最近までは強制労働をしていたよ」


 そうか、捕虜交換式で解放されたんだ。


 でも、どうして?


 特攻したのに生きているなんてありえない。


 必ず死ぬ。

 必死の作戦だ。


 疑問はたくさんある。


 でも……


「ナイトハルト、聞いて。私、子供が出来たんだよ……」


 今は全てがどうでもいい。


 もう絶対にナイトハルトを放さない。

 放してやらない。


 ナイトハルトをさらに強く抱き締める。


「いろは、痛いって。え? 今、子供って? もしかして、僕の子供?」


「ナイトハルトが死んだからって、私がすぐに違う男に体を許すと思っているの?」


 私は少しムッとした口調で言う。


「ご、ごめん。でも、まさか、一晩で子供が出来るなんて……」


 ナイトハルトは照れながら、嬉しそうに言う。


「男の子? 女の子?」


 私が「両方だよ」と答えるとナイトハルトは驚いていた。


「じゃあ、もしかして、名前はパーシヴァルとミラ?」


「うん、ナイトハルトの遺書に残っていた名前を付けた」


「そんな都合の良いことがあるなんて……」


 ナイトハルトは嬉しそうだった。


 笑いながら、泣いている。


「都合が良いよね。でも、あなたが帰ってきたことが私にとっては最大で、最高のご都合主義だよ」

 

 私も泣いていた。


 家の中から物音がする。


 振り返るとパーシヴァルとミラが玄関までやって来た。


 ナイトハルトの姿を見て、警戒しているようだ。


「あの二人が僕の子供……。いろは、ありがとう、それにごめん。一番、大変な時期に一人にしたよね」


「本当にそうだよ。死ぬほど忙しかった」


 私の中で張っていた糸が切れた。


 ナイトハルトが死んだと思った時から、この子たちを一人で育てると誓って、一生懸命に生きた。


 でも、ナイトハルトが帰って来た。


 寄り掛かれる存在が出来た。


「ナイトハルト、私、弱くなっても良い?」


「うん、僕にたくさん苦労をさせて」


 ナイトハルトは本当に優しい。


 自分だって過酷な経験をしたはずだ。


 顔を見れば、捕虜生活が大変だったと分かる。


 それでも私のことを第一に考えてくれる。


「二人で頑張ろう。私、ナイトハルトがいれば、大丈夫だから」


「僕もいろはがいれば、大丈夫」


 笑いながら泣いているナイトハルトと私も見て、パーシヴァルとミラは不思議そうな表情になっていた。


「さぁ、中へ入って。子供たちにあなたのことを説明しないとだよ」


「うん、ありがとう」


 私たちへ家の中へ入って行く。


 あっ、そうだ。


 まだ、ナイトハルトに言ってなかったことがある。


「まだ言い忘れていたことがあったよ」


 私はくるっと体を反転させて、ナイトハルトに向き直る。


「な、なんだい?」とナイトハルトは少し不安そうな表情になった。


 そんな彼を見て、私は微笑み、

「おかえりなさい」

と言った。


 ナイトハルトは表情を緩めて、「ただいま」と返した。

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