私の選択

 戦争は呆気なく終わった。


 ナイトハルトが戦死した一か月後、私の住む都市の上空に敵国の大艦隊が出現したのだ。


 空襲を覚悟したが、それは無かった。


 それどころか、食料や日用品などの枯渇していた物資を供給してくれる。


 私たちの国はすでに無条件降伏をしていたらしい。

 



 戦争に負けて、都市は占領されたので強盗、強姦が横行するものだと思っていたが、被害は少数だった。


 しかも、その少数ですら、征服者の皇帝は見逃さなかった。


 強盗、強姦をした自国の兵士を、敗戦国の民衆の前で公開処刑にしたらしい。


 どうやら、征服者の皇帝は高潔な人みたいだ。


 社会は驚くほど劇的に変わっていく。


 まずは食糧不足が解消され、インフラを整備され、貴族が持っていた特権を撤廃された。


 戦争に負けたはずなのに、私たち民衆の生活は驚くほど豊かになっていく。


 これが飴と鞭であることは分かっている。


 それでも疲弊しきっていた生活が回復していくのは良いことだ。


 実際、新しい支配者を指示する民衆は多かった。 


 私の立場が良くなることも二つあった。


 一つ目は男尊女卑の改善。

 今後は女性も社会に進出できるようになった。


 そして、もう一つは奴隷制度の完全廃止だ。


 これで私は完全に奴隷じゃ無くなる。

 まぁ、部落差別的なものは覚悟しているけど、今までのように「奴隷だってバレたらどうしよう」と心配しながら、暮らす必要は無くなった。


 でも、いくら生活が良くなっても、ナイトハルトは戻ってこない。


「こんな世界に居て、意味があるのかな?」


 彼のいなくなった世界。

 私の決断。






「いろはさんは仕事が早くて助かります」


「そんなことないですよ」


「はい、これが作業分のお給金です」



 ――私は死ななかった。



 ナイトハルトが残したものを守る為に一生懸命生きている。


 それに占領されてからの生活が不安だったけど、私は予想していなかった仕事に就いた。


 翻訳の仕事だ。


 敗戦国の私たちは言語の強制などをされなかったけど、征服者たちの言語は私たちの日常へ入って来る。


 私は現在、ボイスレコーダーのような魔道具に録音された他国の言語を文字に起こす仕事をしていた。


 私はどうやらどんな言語も理解できるらしい。


 唯一の能力がこんな形で生きるとは思わなかった。


 それに自宅で子供たちを見ながら、仕事が出来るは本当に助かる。


「あれ、少し多くありませんか?」


 銀貨の数が報酬に合わなかったので、私を雇っている出版社の人に確認する。


「少し色を付けておきました。も一度に育てていたら、大変でしょ?」


「ありがとうございます」


 そう、私が出産したのは双子だった。

 

 しかも男女の双子。

 おかげでナイトハルトが用意したパーシヴァル、ミラ、二つの名前をどちらも使うことが出来た。


 でも、おかげで本当に大変。


 片方が寝たと思ったら、片方が泣き出すし、そうしたら、もう片方も起きて、泣き出すし……


 私は子供が出来てから、一度も熟睡が出来ていない。


 それに仕事もしないとだから、本当に時間的にも体力的にもキツイ日々が続いている。


 けれど、その方が気持ち的に楽だった。


 忙しい間はナイトハルトのことを少しだけ忘れられる。


 少しでも体力や時間に余裕ができるとナイトハルトのことを思い出して、泣いてしまう。


 もう一度会いたい。


 一度くらいこの世の理を破って、会いに来てくれても良いのに……




 子育てと仕事に明け暮れる日々。


 そんな風に生きていたら、さらに一年が過ぎていた。




 捕虜になった人たちが戻ってくるらしい。


 私が出入りしている出版社の人から教えてもらった。


 終戦二周年の節目に全ての捕虜が戻って来る、とのことだ。


 そうか、もう二年も経つんだ。


 異世界に来て、まさかこんな人生を送ることになるとは思わなかった。


 二十歳そこそこで未亡人、そして、二児の母になるなんて……


 捕虜の返還式は大々的に行われた。


 ナイトハルトは帰ってこないけど、大切な夫や子供が帰って来ることは良いことだ。


 そんな風に今回の行事は他人事、と思いながら、さらに三日が過ぎた。




 その日は昼過ぎにチャイムが鳴った。


「誰かな?」


 最近では色々なところからもらった翻訳の仕事を受けているので、依頼かと思った。


「ご用件を聞いても良いですか?」


 私はドア越しに話しかける。


 返事はなかった。


「…………悪戯ならやめてくれますか?」


 私は警戒しながら言う。


 すると…………




「ごめん、久しぶり過ぎて、自信が無いけど、いろは……だよね?」


「…………え?」


 この世界で私を呼び捨てにするほど近しい人間は一人しかいない。

 ううん、一人しかいなかった……はずなのに……


「そうです。あなたは誰ですか?」






「ナイトハルト……」

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