手紙
軍人の言葉に私は崩れた。
――特攻作戦。
人の命を軽視した狂った作戦が頭に浮かぶ。
歴史の彼方、太平洋戦争末期に日本が行った必死の作戦…………
私はそれを知っていたし、映像だって見たことがある。
でも、自分の大事な人が同じことをするなんて、想像していなかった。
想像できるわけが無かった。
「…………!」
ナイトハルトが敵艦に突入したのを想像して、私は嘔吐する。
私が突然、嘔吐したので周りの人々が遠ざかった。
「お、おい、大丈夫か!?」
一人の軍人が私に手を伸ばす。
「触らないで!」
私は軍人の手を払った。
軍人は驚き、硬直する。
「申し訳ありません……」と私は力なく答えて、よろよろと立ち上がった。
先ほどまで歓声は静まり、全ての視線が私に向けられている。
なにが英雄だ!
魔法で無理やり従えただけだろ!
人間の命をなんだと思っている!
私の大切な人を返せ!
こんな国、とっとと滅びればいい!
叫びたい言葉を無限に浮かんだ。
でも私はその全てを飲み込む。
多分、私一人じゃ堪え切れなかった。
「すいません。失礼します」
私は足早にその場から立ち去った。
どうやって帰ったか思えていない。
いつの間に帰宅して、ドアを閉めた瞬間、
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は声を上げて泣いた。
私は何の覚悟もしていなかった。
女神が上手くやってくれると思っていた。
「どういうことなの!? 私にはナイトハルトが必要なの! なんで私からナイトハルトを奪ったの!?」
私は顔を上げて叫んだが、当然、返事はない。
「分かった。あんたは女神じゃない。悪魔だったんだ……!」
私は何とか立ち上がり、台所へ向かった。
そして、包丁を取り出す。
「死んでやる……! 二度も酷い目に遭った。もう本当に人間なんてやめてやる……!」
私は包丁を自分の首筋へ当てた。
少し力を入れれば、私は死ねる。
それなのに……
「…………出来ない」
カラン、と音を立てて、包丁が床へ落ちる。
死ねなかった。
私一人なら死ねたと思う。
でも、私は一人じゃなかった。
「ねぇ、お父さん、死んじゃったんだって……」
私は少し目立つようになったお腹を擦りながら言った。
市場で暴言を吐くのを思い止まったのも、今、死ななかったのも全てはお腹の中の子供の為だった。
「ねぇ、やっぱり死んでも良いかな?」
私はお腹の子供に話しかける。
「お父さんは死んじゃったし、この国は負けるよ。負けた後、国がどうなるか分からない。もしかしたら、全員が奴隷として売り飛ばされるかも。そうじゃなかったとしても、元奴隷とその子供じゃ、幸せになれないよ。人間なんて苦労するだけ。生まれてこない方が良いじゃないのかな?」
私の問いかけにお腹の子供は何も答えない。
気が付くと辺りは真っ暗になっていた。
食事をしないといけないのに、食欲が湧かない。
何もする気が起きなかった。
「そういえば……」
少しだけ思考が回復した私はあることを思い出す。
自分の部屋へ行き、机にしまった手紙を取り出した。
ナイトハルトから出兵の日に受け取った手紙だ。
封を切って、中身を確認する。
読むのは辛い。
でも、知らないままでいるのはもっと堪えがたかった。
『いろは、この手紙を読んでいるなら、まず初めに謝るよ。ごめん。どこかで知ったかもしれないけど、僕が所属するのは『特別攻撃部隊』なんだ。戦闘機で敵艦へ突っ込む必死の部隊。君にこんなことを言ったら、君はそんなことをしちゃ駄目だって、言ったよね? どうせ、戦争に負けるなら逃げよう、って提案したと思う
「その通りだよ……」
それでも僕は行くよ。こんな作戦で戦局が変わるとは思っていない。でも、僕はかけられた魔法のせいで逃げられない。それにもしも僕が逃げたら、いろはも危ない。逃亡者の関係者も酷い目に遭うと思う
「私はそんなことを気にしないよ。ナイトハルトには逃げて欲しかった……」
それに改めて、ここに書くけど、君と会えて良かった。あの女性に従って、君を買って、僕の人生の最期は豊かになったよ。こんな自分勝手なことばかり書いたら、君は怒るかな? それとも悲しむかな?
「両方だよ……」
でも、許して欲しい。本当にごめん。君は僕にはもったいない人だったよ
「それは私の台詞……」
それから、もしもあの晩のことで僕たちの子供が出来たら、名前を僕に付けさせてくれないかな。僕が親として子供にしてあげられる最初で最後のことだから
「…………」
男ならパーシヴァル、女の子ならミラ、って名前を付けて欲しいんだ。もちろん、君が付けたい名前があるなら、優先して構わない。ごめん、書きたいことを思い付いた順に書いたら、全然、文章が纏まらないや。最後にこれだけは言わせてほしい。僕は君のことを愛している。もしも人生の続きがあるなら、君には僕の妻になって欲しかった』
手紙はそこで終わっていた。
「妻にしてよ……戻って来てよ……」
私は泣いた。
泣き続けた。
泣いて、泣いて……
「もう朝なんだ……」
気が付くと外が明るくなっている。
正直、もう疲れた。
全てから逃げたい。
「…………」
ナイトハルトを失った私の選択は……
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