旅立ち
「あれ……?」
ナイトハルトはベッドにいない。
まさか、私に何も言わないで行ったわけじゃないよね!?
私は慌てて、服を着る。
そして、ナイトハルトを探し始めた。
ナイトハルトはすぐに見つかる。
隣の自分の部屋にいた。
「やぁ……その……おはよう」
ナイトハルトは照れ臭そうに言った。
多分、昨日のことを思い出しているんだと思う。
私も恥ずかしくて、視線を逸らした。
「いろは、これを受け取ってくれないかな?」
ナイトハルトは封筒に入った手紙を渡す。
「これは?」
「僕がもし帰って来なかったら、開けてほしい」
「……うん」
本音を言えば、付き返していけど、ナイトハルトの瞳を見たら、言えなくなってしまった。
「ありがとう。安心して。もう死ぬつもりは無い。絶対に生きて帰って来る」
ナイトハルトはいつものように優しい口調で笑う。
「当然だよ。もしも子供が出来てたら、私一人で育てるのなんて無理だからね。手伝ってよ」
「当たり前だよ。…………あ、あの、身体は大丈夫?」
ナイトハルトは赤くなりながら言った。
その姿は可愛くて、少しからかいたくなった。
「大丈夫じゃない。全身筋肉痛だし、ここは滅茶苦茶痛いし、今でもなんだか中に入っているような異物感があるし……」
私が下腹部を擦りながら言うとナイトハルトは気まずそうに「ごめん」と言った。
「それなのに私は今、幸せ」
私はナイトハルトを抱き締める。
「いろは」
ナイトハルトも私を抱き締めてくれた。
「今度はもっと……その……気持ち良くなりたい……」
「い、いろは!?」
私の言葉にナイトハルトは動揺していた。
「だから絶対に帰ってこないと駄目だよ」
「分かったよ。僕だって、君にまた触れたい」
私たちはキスをして、二人で作った朝食を食べて、そして……
「それじゃ、行ってくるね」
ナイトハルトは家から出て行く。
いつもとあまり変わらない朝のやり取り。
当分は「おかえり」と言えないけど、私はまたナイトハルトと会えることを信じている。
だって、私からナイトハルトを奪ったら、私は自殺する。
女神はそれをさせない為に、全力でナイトハルトを生かすはずだ。
「さてと、ナイトハルトが帰って来るまで家のことをしっかりやっておかないとね」
これからは私一人で家のことをやらないといけない。
ナイトハルトが帰って来るまで、一人で生きないといけないんだ。
――――ナイトハルトが戦地へ行ってから半年が経った。
戦局は悪化の一途を辿っているのが分かる。
最近では配給も滞るようになってきた。
保存した肉などがあるので、餓死するようなことは無いけど、身体のことが心配だ。
体が辛い時期になってきた。
それでも私は今、働きに出ている。
戦争で男手が減り、女や子供が工場や農地などで労働力になっているのだ。
幸い、前の世界でパソコンを使っていた技能が役に立った。
歴史の授業で見たタイプライターのようなものを使って、文章を作成する仕事をしている。
朝から晩までタイピングをしている作業は気が滅入る。
それでも生きる為に頑張った。
どうせ、大したものは無いと思いながら、仕事終わりに市場へ行ってみる。
案の定、何も売ってないし、雰囲気が暗い。
「ん?」
そんな市場なのだが、一部だけが異常な盛り上がりを見せていた。
「速報! 昨日、レンテン空域会戦にて勝利!」
なんだ、戦勝の号外が出ていたのか。
勝つなんて、最近は珍しい。
でも、私は少しも嬉しくなかった。
早く負ければいいのにとさえ、思ってしまう。
負けた後はどうなるか分からないけど、少なくともナイトハルトは帰って来る。
戦争に行ったナイトハルトが今どこで何をしているかは分からない。
空軍で戦闘機乗り、と言うことは教えてもらったけど、他のことは「軍の機密だから」と教えてもらえなかった。
でも、ナイトハルトには女神の加護のようなものがついている。
だから、絶対に戦死することはない……はず。
「英雄ナイトハルト万歳!」
「…………え?」
誰かの言葉に、その場を立ち去ろうとしていた私の足が止める。
「ナイトハルト?」
でも、もしかしたら、名前が一緒なだけかもしれない。
私は号外で配られている新聞を手に取った。
「ナイトハルト……」
そこには顔写真が乗せられていた。
私の前では見せない軍人としての険しい顔のナイトハルトだ。
詳しい戦局とか、戦果はすっ飛ばした。
だって、私の目に飛び込んできたのは……
「敵の総旗艦へ突っ込んだ…………?」
私の思考は停止する。
「ナイトハルト中佐は敵艦隊へ突貫し、一時的に敵の総旗艦を後退させた。その結果、敵の艦隊は混乱し、今回の勝利となった。この功績はナイトハルト中佐の勇気ある行動があったからである! サブク帝国に身を捧げた献身! 賞賛されるべき、英雄だ!」
演説しているのは軍人だった。
周りの人々が拍手をしている。
これは戦意向上の為なのだろう。
でも、そんなことはどうでもいい。
そんなことよりも……
「あのすいません。この新型特別攻撃機って何ですか?」
私は近くの軍人に尋ねる。
軍人の演説、敵艦へ突っ込むという攻撃方法、それがすでに答えだと言っているのに、私は否定したかった。
間違いであって欲しい、と願った。
「我が国の切り札だ。魔力装置を暴走させながら、敵艦へ突っ込み、砲撃とは比べ物にならない損害を与える」
「…………乗っている人はどうなるんですか?」
私は微かな希望に縋るように言う。
この世界には魔法がある。
防御魔法で操縦者は守られるかもしれない。
それか、転移魔法みたいなのがあって、衝突の寸前で脱出するのかもしれない。
「死ぬに決まっているだろ」
軍人は「当たり前だ」と言いたそうだった。
残酷な答えに体から力が抜けた。
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