プロローグ
――私、白木いろはが異世界へ来る前の話。
何もない白の空間。
「私は貝になりたい…………」
私は体育座りの体勢で呟く。
「いや、無理だから。次も人間だし。そもそも、あなたは転生するんじゃなくて、転移するのよ。ちょっとは喜んだら、どう?」
妙に露出の高いに服装をした女性は呆れながら言う。
この女性は女神様らしい。
悲惨な私の人生を救済してくれるのだとか。
でも、私はそんなことを望んでいなかった。
もう人間になんてなりたくない。
「深海の貝になりたい…………」
「もう……あなたは望む世界に行けるのよ? そして、私から受け取った特別な力で私TUEEEも、百合ハーレムも、逆ハーレムもなんでも出来るんだよ」
「別にいらない。人間なんて嫌い。だから、何もしたくない。何もいらない」
私がなおも拒絶すると女神は溜息をつく。
人間なんて嫌い、って言い切れる経験をした。
少しだけ裕福な家庭に生まれて、勉強が得意で、漫画、アニメ、小説が好きな普通の女子高生。
それが私だった。
状況が激変したのは弟が自殺してからだ。
弟は学校でいじめを受けていた。
私は姉なのに全然気付かなかった。
でも、それだけじゃ終わらない。
今度は父が弟の遺書に書いてあったいじめをしていた子たちを殺したのだ。
四人の中学生を殺した父は逮捕され、私たちはいじめの被害者家族から、殺人の加害者家族になってしまった。
母は精神を病んで、私が誰かも分からないくらい狂ってしまう。
学校の友達は私から離れていった。
毎日のようにマスコミや過激な配信者から追われて、私も狂いたくなった。
それでもどうにか踏み止まっていたのに、父が殺した中学生の兄が半グレで、そのグループに攫われてしまった。
私を犯して、ボロボロにして、最後は殺す、という会話が聞えてきた。
それを聞いた私の精神はぷっつりと切れる。
ああ、この世界に私の居場所はないんだ、と悟った。
幸いなことに私を攫った奴らは持ち物検査をしていない。
私は手放せなくなっていた精神安定剤や睡眠薬や鎮痛剤を全て飲んだ。
スーッと意識は消え、これで全てから解放されると思ったに…………
「もういいよ。そんなに私を異世界転移させたいなら、早くして。すぐに自殺するから」
「だ・か・ら! あなたには希望を持ってもらわないと困るのよ! これは酷い人生を送った人間に対する救済処置なんだから!」
「救済なんて頼んでないよ。もう人間なんてめんどくさい」
私が繰り返し拒絶していたら「もう分ったわよ!」と女神が声を張る。
「やっと私を深海の貝にする気になった?」
「だから、しないわよ! …………あなたの記憶を改竄するわ」
「…………そこまでするの? だったら、早くすれば、どうせ私は逆らえないし、記憶が無くなるんじゃ、それはもう私じゃない」
「ええ、その通りよ。最終的にあなたの意志で生きる気力を取り戻してもらわないといけない。だから、あなたはあるタイミングで記憶を取り戻すわ」
「無駄だよ。私は記憶を取り戻したら、そのタイミングで自殺をする」
「そうはならないわ。私が意地でもあなたに生きたいって思わせる」
「やってみなよ。私が生きたいって思うことはないから」
私が無気力に宣言すると女神は笑った。
「女神、なめんじゃないわよ」
「なるほどね…………」
私は夢から目を醒ます。
ううん、夢じゃない。
思い出した。
私は全てに絶望していたんだ。
あの地獄のような日々を思い出した。
ナイトハルトとの出会いは最初から仕組まれていたんだ。
女神がナイトハルトを選んで、私を買うように指示を出した。
多分、私もナイトハルトも女神の思い通りに動いたんだろう。
「それでも怒る気も、死ぬ気も起きないなんて、私は本当にチョロいなぁ」
記憶は戻った。
最悪の記憶だ。
「もう人間なんて嫌だ、と本気で思っていたのになぁ……」
今はまた、ううん、今までで一番、生きていたい、って思っている。
ナイトハルトと一緒に生きたいと思っている。
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