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あれからすぐに家に戻った。
あの家はもう用がない。
友和を残して他の連中はすでに東京へ戻り始めた。
私は2階の窓から自室に戻ってケースを机に置くと、シャツにスカートという私服のまま、太腿にハイパワーを仕込んで家を出た。
セーフハウスを出て2時間半が経った。
時間は午前3時半。
まだまだ暗いが、徐々に日の出の方角がオレンジ色に染まっている気がした。
私は涼しい浜風を感じながら待ち合わせ場所へと歩いていく。
いつものトンネル下だ。
その前に、役場の前を通ったが、明かりは点いたままだった。
私はそれを確認して、あの獣道横のトンネルに入っていく。
この先で、数時間前に血の海が流れたそうだが、今はそんな気配もなくただただ静寂があたりを包んでいた。
彼の黒いフェアレディに乗り込むと、友和は仮眠から目を覚ました。
「ここに車を?」
「ああ止めてた。どうせこれが終わればここでの仕事もケリだからな」
「私の装備は?」
「置いとけ、どうせこれで終わりじゃない」
私は彼の言葉に閉口すると、車を出た友和に付いていく。
「役場は?」
「まだ明かりがついてた。おかしなものね…誰も気づきやしないんだもの…」
「そうか」
「そろそろ朝の早い人達が起きる頃」
「その心は?」
「私はいつも朝散歩して回っているから変には思われないだろうけれど…貴方といたら変に思われる」
トンネルを出た私達は、人気のない道端を歩き出した。
そろそろだれか彼かが居てもおかしくはない時間帯だが、誰ともすれ違わずに役場の裏手までたどり着く。
私は腿に付けたホルスターからハイパワーを取り出して、グリップにホルスターを差し込む。
そして、スカートのポケットに入れた消音器を銃口に付けた。
「さて、今度はどんな怪現象が待ってるかしら?」
「行くぞ」
少しだけおどけた私を無視して友和が裏手のドアを開ける。
何の変哲もない、木造建築の香りが漂う役場の裏口を抜けると、さっき私が出入りしていた正面玄関まで進んでいった。
相変わらず人気がない。
電気だけが付いていて、あとは静寂が包んでいる世界だった。
「1階は変わらない」
「上だ」
短い言葉を交わすと、友和が先行して上に上がる。
階段を登りきると、そこに見えた光景は、先ほどと寸分変わらない光景だった。
「これか?」
「ええ」
私がそう言い切るか言い切らないかのあたりで、友和は財布から取り出した100円玉を液体に向かって投げ込む。
液体に飛び込んだ100円玉は音もなく消え失せた。
「酸?」
「まさか、だったらこの建物は崩れてるぜ」
液体を前に立ちすくむ私たちの前で、その液体は生きているかのように蠢いていた。
「分かったでしょう?」
「ああ分かった」
そういって友和は液体を意に介さず進んでいく。
私は流石に驚いて彼を引き留めた。
「いったい何を?」
「進むだけさ」
「溶けるじゃない!」
私はそう言って、友和の足元を見て目を見開いた。
彼のゴムブーツは一切汚れることなく、液体の上に浮かんでいたからだ。
「どうして…?」
「匂いもしないんだろう?タネは知らんがマジックみたいなもんだな」
私を見返した友和は、恐れることなく液体に手を突っ込む。
そして手をまさぐると、さっき投げ入れた100円玉を取り出した。
「な?」
私は少しだけ得意げな顔をした彼を見ると、無言で彼の横に並んだ。
そこから、私達は一歩一歩誰もいないことを確認しながら奥へと進んでいく。
やがて、町長室と、前回の怪現象現場である資料室の前に来た。
そのころには眼科の液体もすっかり消え失せ、ただただ暗い廊下に成り果てていた。
「町長室は誰もいない」
私は扉を開けて言う。
友和はそれを聞くと、私を扉の横に引っ張ってきた。
目線だけで資料室の扉を開けることを語ると、私はコクリと頷く。
友和は手に持った拳銃を構えると、ドアノブを引いて一気に中へと入っていった。
私も後に続いて彼の死角を補うように銃を向ける。
「……」
「……」
そして銃を下ろした。
あるのは資料棚に寄りかかった3人分の干からびたミイラのみ。
「これは?」
「…ターゲットさ」
友和はそのうちの1体を足で払うと、それは石のような音を立てて、ゴロンと床に倒れた。
私はふと資料室の外からの音に気を取られる。
「…戻ろう」
「もう遅い気がするけど?」
そういった友和に、私は振り返って言うと、そのまま何も言わずに彼を引っ張って資料室の窓際に飛び込む。
そのまま窓を開けると、私はわき目も降らずに飛び降りた。
友和も私の背中越しに異常を察知したのか、合わせて飛び降りる。
「長居は禁物ってわけだ」
「これは報告に上げられない」
銃を仕舞いながら、私は道端に座り込む。
友和も少し焦った様子だった。
「早いところ戻ろう…」
私は消音器を外してポケットに入れながら言った。
ストック代わりのホルスターにハイパワーを入れると、スカートの中のベルトに引っ掛ける。
「これでお別れさ」
銃を仕舞い込んだ友和が言った。
「そうかな?」
「ああ、もうお前に会うこともないさ」
「備品がそのままなのに?」
私がそういうと、彼はそれっきり何も言わなくなった。
「……ま、そういうことにしておきましょう」
役場から歩いてすぐ。
あのトンネルの前で友和は立ち止った。
私も彼に合わせて足を止める。
「ここでいい」
「そう、なら私は海のほうにでも行こうかしら」
「港?」
「朝の散歩ルートなの。馴染みの猫もいる」
私はこの町で覚えた微笑を浮かべて言った。
「そうか」
友和は横目で私を見て、少しだけ目を見開くと、小さく息を吐いて足を進めた。
私は彼を追わずに、港へと続く道を進んでいく。
目を細めて、朝の涼しい潮風に当たりながら…
遠くで車の音がした。
低く唸るようなエンジン音。
振り返ると、咥えタバコの男が乗る黒いスポーツカーが過ぎ去っていった。
私はそれを見送ると、元の道に振り替える。
薄っすら明るくなりだした町の港は、チラホラと人影が見えた。
私はそれを遠くに眺めながら、バス停を通り過ぎる。
灰色の塀に上って、テトラポットのほうに足を投げ出し、ため息を吐いた。
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