9.テイクダウン
-1-
この日は生憎の雨だった。
この町の暗部。
この町最後の夏の行事。
例大祭。
由紀子と別れた翌日。
私は浩司達と会わずに、一人にしてほしいと言って別れ、一人部屋に籠っていた。
正確にはフリをしていただけだ。
部屋にカギをかけて入れなくして、私は朝のうちにそっと家を抜け出していた。
昨日、夜中に装備類を友和のフェアレディに積み込んでいたから、私は私服のまま友和と合流した。
彼らが確保していた空家に入って、服を着替える。
黒く分厚いコートを着て、予備の弾倉をポケットに仕舞い込む。
黒いズボンにはハイパワーの入ったホルスターとナイフが腿の部分に括り付けられている。
あとは、ストックを折りたたみ、消音器を銃口に取り付けたM1を持てば準備は終わりだ。
そのあと、久しぶりに見る部署の職員といくつか会話を交わし、私は位置につく。
浩司がやってくる、浩司が予定通りならば最期を迎える広場の御神木の上。
そこに上った私は木に当たらずに落ちてきた雨に当たりながら、時を待つ。
広場には私しかいないが、広場を抜けて、丘を降りればバックアップが3人いる。
私が事を起こせば、彼らはそこで私と浩司を待つのだ。
そして、私達を回収して家に送り届ける。
あとは友和のグループがトンネル先の建設会社を叩けば、すべてが終わりだ。
やるのは下っ端のみだが……神主も、町長も、その後正攻法で警察様に捕まえてもらえば、この町の裏で起きていることも終わりを迎える。
そう考えながら早12時間。
すでにあたりは暗くなってきており、雨も弱まってきた。
私は手に持ったM1カービンを点検しながらじっと眼下を見る。
見える範囲に彼が来た時。
それが行動開始の時だ。
時計は午後11時を指した。
向こうから集団の歩く音がする。
私は早鐘を打つ心臓を抑えながら、彼がここに来るのを待った。
木の葉っぱの向こうから火が見え、人影が怪しく蠢く。
鐘の音と、鈴の音だけが鳴り響く。
どうやら浩司だけが演武を踊っているらしい。
周囲の人々は、それに合わせて手を鳴らすのみだった。
私は浩司が徐々にこの木の下に向かってくるのを眺めている。
暗さに慣れた目は、徐々に鮮明に映るくらいに近づいてきた彼が異様な姿をしているのを映し出した。
死者の着る織合わせをした白装束で、その目は真っ白い布で覆われている。
つまり、彼は目が見えない中で正確無比に踊っているわけだ。
しっかりと前に、こちらに来るように踊っている。
道理で練習期間が長くきついわけだ。
私が一人合点していると、いよいよ浩司がこちらに迫ってきた。
私は安全装置が外れているのを確認して、蛍光塗料が塗られた照準器を彼に向ける。
一歩一歩近づく彼の背後に、男が寄ってきた。
日本刀が仕舞われた鞘が腰にぶら下がっている。
私はそっと日本刀を持った彼に照準を合わせると、ちょうど彼がゆっくりと鍔に手をかけた。
私は息を止めて引き金を引く。
浩司の後ろに、小さく、赤い水柱が立つのと同時に私は木を飛び降りた。
「どうした!」
「何があった!」
一様に騒めく男たち。
浩司も同様で、音が鳴る方に振り向きながらオロオロとしていた。
それをよそ目に私は浩司を御神木の後ろに引っ張っていき、ポケットから注射器を取り出して彼の首筋に突き立てた。
簡単な睡眠剤だ。
効果は長い。
私は彼を木に寄りかからせて座らせると、M1のストックを展開して木から飛び出した。
「あそこだ!」
「お前…」
御神木の近くまで来ていた男たちが私に気づく。
一様に驚きと怒りをブレンドして2で割った表情を浮かべたが、すぐにその表情は消えていった。
私は首尾よく彼らを射殺していく。
こちらは暗闇にまぎれた黒ずくめだが、彼らは白一色なうえに、一人ひとり松明を持っているのだ。
私はそれに照準を合わせて、落ち着いて引き金を引いていく。
丁度M1の弾数が尽きるころ、浩司とともに上がってきた男たちが片付いた。
私は弾倉を入れ替えると、浩司のもとに戻って彼を担ぎ上げる。
彼を右肩に乗せて、左手で保持したM1を前に向けながら広場を後にした。
確認できなかったが、逃げおおせた人間が助けを呼びに行ったかもしれない。
恐らく下で待つ私の仲間に処理されるだろうが…用心するに越したことはなかった。
私は道路に出るまでの要所要所で彼を下ろし、人がいないことを確認して降りていく。
丁度、あと数百メートルで合流地点にたどり着くといったところで、前に車が複数台と待っているのが見えた。
私は茂みに隠れて、彼を下ろし、そっとM1を構える。
煙草の煙と光を頼りに近づいていく。
雑談から、彼らが上に上がっていった連中の送迎役であることが分かった。
私は照準器に1人を捉えると、躊躇なく引き金を引く。
そのまま連続して引き金を引くと、あっという間に立っていた男達は絶命して崩れ落ちた。
「これで終わり」
浩司を担いで回収地点にたどり着く。
バンに彼を乗せ、私も乗り込むと、私はふーっとため息をついた。
バンは町外れから、離れていく。
「前田。これで終わりじゃない」
すっかり気が抜けた私に、半年前までの同僚…佐村が声をかけてきた。
私は肩を竦めると、とぼけた声で返す。
「はて、聞いてないけれど」
「さっき水野から無線が入った。役場に残った連中の掃討だとさ」
「ほー、役場の人たちもだったのね」
「ああ、彼を家に送り届けたら向かうぞ」
「なら、浩司は外に置いておきましょう…きっと親が入れてくれる」
バンは私の家の通りの近くに止まった。
私はM1を持たずに彼だけを担いで降り、私の家まで歩いていく。
すっかり眠りに落ちた彼は起きる気配もなく私の耳元で寝息を立てていた。
浩司を家の玄関口に入れてすぐに家を出る。
後は彼が気付くか、親が出てくるだろう。
まさか、叔母さんは息子が死体に変わるとは思ってもないから、遅くなりすぎると出てくるはずだ。
バンに戻り、助手席に座る。
「それで?なぜ町役場に?」
私は佐村に言った。
「怪電波が流れるんだと」
「怪電波?」
「ああ、0号電波って言ってな?仕組みは回収してみないと分からないが、特定の記憶を消去する際に使われるらしい」
「ふーん…まさか浩司を首尾よく殺した後はこの電波でなかったことにするって?」
「ああ、らしいな…」
家から近い役場の駐車場にバンを止める。
もう、この先の人間が敵だと分かっている以上隠密行動も意味を成さないだろう。
私はM1を左手に構えると、同じようにサブマシンガンを構えた彼の背後に付いた。
「行こう、1階しかいないはずさ」
「人数は?」
「3人だったな」
「あら、それなら確保しましょうよ。明日も仕事があるんだし、血で汚す必要はない」
「……そうだな」
「それに、ここの2階はどこかおかしいんです。長居はしたくありませんしね」
私はそういうと、役場の正面玄関を開けて中に入る。
明かりがついているが、人の気配はしなかった。
「何処の部屋?」
「放送機材がある場所だと思うが…」
明かりのついた1階を歩いていく。
だが、標的らしい人影は見えなかった。
私達は顔を見合わせて首を傾げる。
「上か?」
「行きましょう」
私は前回の怪現象を過らせながら先行した。
役場の1階の最奥から、2階の階段を上がるには正面玄関を通る必要がある。
私が先行して階段を上がっていき、M1を構えながら廊下に出た。
そこで私は立ち止まる。
すぐ背後に続いた佐村も私の横に来ると、同じように止まった。
目前の廊下には、黒と赤の交じり合った液体がグツグツと沸騰して、奥まで続いていた。
沸騰して、沸いて出た煙が視界を遮っている。
匂いこそしないが、触れて幸せになれる気はしない。
「……戻るぞ」
懐中電灯で廊下の奥まで照らしても、奥が見えない。
佐村はそういうと、銃を下ろして背を向けた。
私は液体に目を向けたまま後退る。
徐々に階段のほうに戻っていくと、ふと、向こうから何かが飛んでくるような風切り音がした。
「走って!」
それが私の頬を掠めた瞬間、私は弾けたように体を反転させて、佐村を押して階段の方へと駆け出した。
すぐそこの階段を駆け下りて、明るい正面玄関に出たころ、私はバッと振り返り、M1を階段の方へと向けた。
「どうした?何があったんだ?」
「私の頬見てわからない?」
私は何も後を追うものがないことを確認して佐村に振り向く。
私の頬は少しだけ深く切れて、血が滴っていた。
「あれは…?」
「分からない。ただ、この前ここに忍び込んだ時も変なことがあったから…深追いはしないほうが良さそうね」
私達は何も収穫なしで役場を後にしてバンに乗り込む。
腕時計を見ると、すでに時計は午前1時を回っていた。
私も佐村も会話をすることなく、セーフハウスとなった家に戻る。
すでに友和達は帰ってきていて、家は暗く、周囲も静寂に包まれている。
バンを適当に止めて、私達は装備類をもってカギのかかっていない家に入っていった。
佐村が友和達へ報告をしている間に、私は着替えを済ませる。
普通の、私が日向で過ごす格好に戻り、装備類はケースに仕舞い込んで居間に戻ると、友和達が険しい表情で卓を囲んでいた。
「千尋、丁度よかった」
「その前にガーゼか何かない?」
私は友和の話が始まるのを遮って、ガーゼ代わりの手ぬぐいを受け取る。
それを頬に当てると、目で続きを促した。
「役場の連中はいなかった。それで間違いはないな?」
「ええ、1階は電気が点いていただけ…」
私は卓の近くの柱に寄りかかったまま言った。
ケースは足元に置いている。
友和は私の目を見据えたまま続ける。
「2階は?」
「2階は、佐村さんから聞いてない?私じゃ表現できない」
「佐村からはさっき聞いた。その傷の原因を知りたい」
「……」
私は少し考えをまとめた後で口を開く。
「赤黒の混じったような液体が2階の廊下に充満していて、それはグツグツと煮立ってた…煮立った煙は廊下を覆っていて、奥までは見えなかった」
「それで?」
「匂いはしなかった。そしてそれはじわじわと階段の方まで伸びてきていた…私達がそれを認識して、後退し始めたときに、何かが飛んできた。さっき飛んできた一部が付いたコートを見たけれど、どうも何かの液体みたいね」
私はそう言って手ぬぐいを取り払う。
もう血は止まったが、それにしても私の血はここまで黒いものだっただろうか?
「で、ターゲットは見つけられなかったと?」
「ええ、2階の奥は見てこなかったけれど」
私は調子を崩さずにそう言い切ると、友和は小さく頷いた。
「なら、3時間後、もう一度見に行こう…今度は俺が行く」
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