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「本は?」
「合法的に借りたよ、幸い、私は勉強熱心な少女で通ってるんだ」
由紀子と話して、初めてあんなに笑えた次の日の夜。
私は町外れの空き地にいた。
私はここに引っ越して来るときに衣類を入れていたボストンバッグを友和の車のトランクに積む。
中身は、この町に関する郷土資料10冊。
今日の夕方、ちょっと興味があるから、暫く貸してくれないかと尋ねると先方は私に快く貸し出してくれた。
あの大学教授も、そこそこ名のある人間らしく、彼と話していることが役に立った。
「じゃ、あとは役場と神社か…別動隊が神社に向かってる。俺らは役場だ、さっさと済ませよう」
友和はそういうと、上着を着て、襟を正す。パッと見はスーツ姿だ。
私も、黒い上着にスカート姿。
とてもこれから役場に不法侵入しようという姿には見えない。
だが、中身は強烈だ。
消音器付きの小型の自動拳銃に、小さな工具類、鈍器にもなる懐中電灯、カメラ。
そして、今は畳んでいるが、物品を運ぶための袋も仕込んである。
「裏の扉が閉まってないって」
「ほう…」
「同級生の親が役場勤めなものでね」
私と友和は空き地に止めた車を離れ、夜霧に紛れて役場を目指す。
この町の夜は、とても静かだ。
8時になればやっている店などない。
従って、外を出歩く人もいない。
私と友和は、人が居なさそうな道順を辿ったとはいえ、誰にも合わず、野生動物の1匹すら見かけずに役場についた。
由紀子の教え通り、裏のカギがかかっていない勝手口から中に入る。
2階建ての、戦前の建物は暗く、どこか陰鬱な空気を感じる。
懐中電灯を付けると、友和と別れ、私は2階に上がっていった。
昔の建物らしく、どこか学校にも似ている、廊下を歩きながら、扉の上にあるプレートを明かりで照らす。
"町内催事課"
聞きなれない課の名前に、私はそこの扉を開き、中に入る。
誰もおらず、キチンと整理されたデスクが並ぶその部屋からは、普段活動している様子は感じ取れなかった。
私は部屋を見回しながら目ぼしい書類や品物がないかを見て回る。
大抵、重要書類は窓際で踏ん反り返る上役の席にあるものだ。
そう思って、私は、窓際の少し豪華なつくりをした机に向かい、引き出しを開けていった。
ざっと出てきたファイルが3つ。
中を開くと、最初の方にはこの町の夏祭りの計画書や、露店の発注書が挟まっていた。
分厚いそのファイルは、結局例大祭との関連を示すものがない。
ファイルをすべて見てみても、結局目ぼしいものは見つからず、私はもとに戻して、改めて部屋を見回す。
その後、デスクや本棚を見て回っても、例大祭を示す書類は一切出てこなかった。
"うちの親、役場の総務課の部長なんだ…昨日、酔って帰ってきて、持ってきた資料を床に散らかしてね…それを片付けてるときに見ちゃったんだ"
部屋を出ようとしたときに、由紀子の声が頭の中で反響する。
それと同時に、どこかでバタン!と大きな音がした。
「!?」
私は咄嗟に手を掛けた扉から退き、デスクの陰に隠れて拳銃を取り出す。
友和がこんなにも大きな音を出すようなヘマはしない。
誰かがいる。
私は早鐘を打つ心臓とは裏腹に、クリアな頭でこの先どうするかを考えていた。
ガタン、ガタンと外の廊下を歩く音がする。
音の質から察して、私たちが履くブーツの類ではない。
いや…これは人の足音なのか?
私は音の異常さに気づいたとき、今いる、月明かりに照らされた部屋の外を、ひときわ大きく、黒い影が横切った。
ガタン、ガタンと音を立てて去っていく。
私は目を見開いて、早鐘を打つ心臓をぐっと抑えて、扉の前に移動した。
そして、扉をそっと開けて外を見る。
手に握ったワルサーPPK/Sを構えて、影が去った方を見ると、影は消えており、静寂が辺りを支配していた。
私は影がやってきた方に振り返り、そちらにも銃口を向けると、やはり何もない。
それを確認した私は、首を傾げながら銃を下す。
丁度、背後から友和の歩く音が聞こえた。
「どうした?何かあったか?」
「音が聞こえなかった?」
「いや、全然」
「そう、なら私の勘違い」
私は改めて友和の様子を見ると、彼はどうも収穫がないらしい。
私とて同じなのだが。
「収穫は?」
「なし…総務課って下にあった?」
「ああ、あったが」
「…そこでもないのね」
「らしいな」
私は影が来た方向に体を向ける。
「あいにく、ここから先がまだ見れてない」
私はそう言って暗闇の奥へと進んでいく。
一歩一歩踏み出すたびに、どこか嫌な予感が強くなっていくが、それよりも今は任務優先だ。
「"町長室"と"資料室"」
「当たりだと願おう」
私達は2階の一番奥、2つの部屋を前にして私達は示し合わせることなく別れた。
友和は資料室。
私は町長室。
10分くらい、探しただろうか。
私はいくつかの資料を引っ張り出して、それらを拝借する。
そして、こんなものかと思った頃。
また、私の耳に、ガタン!という音が届いた。
「またか」
私は内心毒づいて、銃を構える。
さっきは此方から来て、遠ざかったのだから、この音は近づいてくるはずだ。
町長室の扉の前で、息をひそめていると、すりガラスの窓越しに、影が資料室に入っていくのがハッキリと見えた。
サーっと血の気が引いていく。
そして、その直後、くぐもった音が3発聞こえた。
「友和、異常は?」
「大ありだ、ちょっとこい」
私は町長室を出て、廊下を一瞥すると、資料室に入っていった。
「今、何か来たよな?」
「ええ、音もした」
「さっきお前が勘違いって言った音だな?」
「ええ、あれ程なら、友和も聞こえてるはずだと思ったけれど、聞いてないっていうから勘違いだと思った」
「だがそうじゃないわけだ」
友和はそういうと、銃口を下に向けたまま、警戒を解かずに資料室の外に出た。
そう言えば。
「何に撃ったの?」
「3発、音に向かって撃ったが…すっと消えちまって何も残ってない。薬莢すらないんだ」
「長居は無用ね」
「ああ、収穫もあったしな、さっさと消えよう。気味が悪い」
友和は気持ち早口に言うと、元来た道を戻り始めた。
私も、この資料室に嫌な感情を覚えながら、彼についていく。
ガタン!
「な!?」
「走ろう!」
音が聞こえて振り返ると、流石の私でも少し青ざめた。
私は廊下の奥から迫る影を見ると、友和の肩を押して、駆け出す。
遠くから聞こえてくる摩訶不思議な足音をハッキリと耳に刻み込みながら役場を出るころには、先ほどの静寂に包まれていた。
「幽霊騒ぎなんて信じないつもりだったんだがな」
「…まぁ、行きましょう」
私と友和はもう一度役場を一瞥すると、あの空き地に戻るために歩き出した。
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