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「明日はこの男を」

「了解…」


 ・

 ・


友和との早朝仕事も、今日で5日目。

毎朝1人の男を、私は撃ってきた。


今日は、弁当屋の主人だ。

朝の出勤時間帯に開く弁当屋の、仕込み中を狙って仕事を遂行した。


今日は、今までと違い、その場で見繕った凶器で殺した。

だから、彼の死体置き場の状況は、パッと見は事故としか見えない。


そんな日々が続くと、私も少しづつ頭の片隅に鈍い痛みを覚えてくる。

別に体を壊したわけではない。

"人を殺すと、酷い鬱に見舞われる"わけだ。


何人を仕事で殺してきた頃か忘れたが、気づいたらこの症状が出始めていた。

ただ単に、やる気が削げて、行動を起こす気がなくなるだけ。

1日たてば元に戻る。


向こうにいたころの私は、仕事さえなければあとは部屋にいるだけだったからそれでもよかった。

だけど、この町にいるからには、それでは少し不都合が起こる。


「千尋、おーい。千尋やーい」

「何?」


共に商店街を歩く由紀子が、私の眼前で手を振る。

私はそれに手を振り返して言った。


叔母さんは仕事。浩司が秘祭の練習だと言っていないこの日。私は東京に居た頃のように鬱を解消させるにはちょうどいいと思ってベッドに横になっていると、由紀子に誘われて喫茶店まで足を伸ばすことになった。


「いや、さっきから心ここにあらずって感じだからさ」

「ああ、ちょっとね」

「体の具合が悪い?」


由紀子は不安げな顔になって言う。

私は首を振って違うと答えた。


気晴らしに頼んだブラックコーヒーを口につけた。

いつものブレンドではない、苦い味が口の中に広がる。


「あの日?」

「ノー…」

「でも何か変だよ、いつもはキリ!っとした無表情なのに、今日はグダッとした無表情なんだもの」


由紀子の表現に私は口角を少しだけ上げる。


「ホントに、よく僕の顔が読めるね。自分でもわからないのに」

「少しいれば読めると思うけど」

「浩司も読めるけど、ちょっと鈍い」

「あいつはホラ、色々と疎いから」


私は話題をそらすように答えて、少しでも自分の内面に気が向かないように振る舞う。

由紀子は、そんな私の気を知ってか知らずか、私を少しでも笑わせようとしたからか、いつも以上に私に話す言葉が多かった。


昨日のテレビの話。

最近の俳優の話。

最近の音楽の話。


すべて、この町に関係のない話。


コーヒーと、少しのお菓子を火種にして、彼女は私に語り掛ける。

そして、私は"大人しい女の子"らしく、口数少なく返す。


「…それで、私的にはさ、彼にはああなって欲しいなって思うのね」

「由紀子も恋する乙女ってわけだ」


今は、新聞に載っている連載小説の話。

改めて思ったが、彼女は頭の引き出しが多い。

そして、年頃の女の子らしく、恋愛ものには一言あるようだ。


「そうだ、この前聞きそびれたけど、千尋のタイプの男ってどんな人なのさ?」

「その話?」

「うん、この前千尋に逃げられた時の」

「ああ」


私はコーヒーカップを置いて、右手で顎を撫でながら考えるそぶりをする。

"この仕事が終わったら、本当に一人の少女として"生きていくのなら、恋の1つや2つ…見つけてみるのもありかもしれない。

少なくとも、由紀子と会話した、喫茶店での1時間ほどで、私の頭の片隅にあった鬱っぽい感情はきれいに霧散していた。


「ちなみに、今の千尋はねー」

「?」

「ちゃんと女の子になってる。怖い顔じゃないよ」

「そうかな?」


私は顔をペタペタ触って、窓に映る自分を見た。

だが、自分ではわからない。

無表情は無表情だ。


「で、タイプの男だっけ?」

「そうそう」

「……そうだね。僕が根を上げるまで振り回してくれるような人かな」

「はい?」

「さんざん振り回しておいて、二人で疲れ切って、その後でそっと寄り添ってくれる人」


私はなんとなく浩司を思い浮かべてそう答えた。

彼はそんなタイプじゃないが、同世代の男で真っ先に出てくるのは、彼くらいしかいないからしょうがない。


「千尋相手にそれはできる人いないなー」

「探せばいくらでもいそうだけど、自分勝手に進んで、巻き込んでくる奴」


私は上司である友和を思い浮かべる。


「千尋のハートを射止めるのは大変だね!まったく…(浩司も難儀なものだね)」


由紀子は後半をカップで隠しながら、何かを言うと、そのままカップに口をつけた。


「じゃぁ、人の好みを聞いたんだから、由紀子も言わないとね?」

「え?」

「僕は聞いてないけど?由紀子の好み」


私は、せっかくここまで素で接っすることができる同性もいないからか、少し口元を笑わせて、意地の悪い笑みを浮かべて彼女をしたから覗き込む。


そして、肩を竦めてみせると、由紀子の顔は一気に赤くなった。


「私は……アハハ、考えたことなかったな」

「嘘」

「いや、ほん…」

「嘘でしょ?」

「はい」


私は張り付けた笑みを崩さずに、じっと彼女を見る。


「当ててみようか?」

「え?」

「さっき言ってた、小説の主人公でしょ?」

「え?ええ?」


私は彼女の反応を見ると、当たっていることを確認して、答え合わせに入る。


「無頼漢みたいだけど、どこか憎めない。そして悲しい過去を背負った男」

「……」


由紀子は顔を一気に赤くする。


「らしくないなって思ったから、憧れの男像かな?」

「まぁ……格好いいなって思っただけ……だから」

「知り合いに一人いたな…紹介しようか?もうこの世にいないけどね」


私はクスクスと笑いながら肩を少し震わせて言う。

今の目線で見れば、死んだ彼はそこそこ由紀子と釣り合う見た目だったな。

そう思いながら。


由紀子は目を白黒させながら私を見ていた。


「でも、お勧めはしないかな、そんな男」

「まぁ、恋愛対象じゃないよ、うん、そうだ」


由紀子は顔を真っ赤にして、少しうつむき加減で言った。


「くく…アハハ、由紀子も面白いね。不思議だよ」

「私からすれば、千尋も相当変わってるけど」


そして私たちは少しの間目を合わせる。

そして、クスクスと互いに肩を竦めて笑いあって、すぐにちゃんと声を出して笑いあった。


「千尋も笑えるじゃない」

「由紀子のおかげさ、笑ったのは初めてじゃないかな?まさかこんな、変な男の好みで笑うことになるとは」


私はそういうと、表情を消して、カップに手を伸ばした。


「最近、ちょっと疲れてたのと、変になってたのは認めるよ。だからさっき見たく自分を壊せた」

「……」

「ありがとう、由紀子。なんか振り切れたよ」


そう言って、いま私にできる笑顔を見せて、首をかしげて見せる。

彼女はさっきとは別の意味で顔を赤くした。


そして私はそんな彼女を見ながら目を閉じる。

こんなに楽しい平日の午後も、あと少しで終わるのだ。

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