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「終わった」
「はいよ」
私は、あれから何もなかったかのように元の場所に戻り、友和の車に乗り込んだ。
拾ってきた空薬莢を灰皿に入れる。
「パラベラムと比べると、やっぱり小さいものね」
昨日拾った、祖父を殺した銃弾の薬莢と比べて言う。
「3日だ…3日であの町の周辺調査を終わらせる」
友和が薬莢を見比べてる私に言った。
「祭まであと10日か、それまでには小樽の仕事も片づける」
「……」
「向こうから何人か呼び出した…だが、お前は5日後まで、朝だけで十分さ」
「5日後以降は?」
「深夜からいてもらうことになる」
・
・
「でさ、千尋って好きな歌手いるの?」
時は回りまわって正午過ぎ。
私の前には、昨日のシリアスな表情ではなく、いつもの優し気な顔をした由紀子がいた。
私は朝にシャワーを浴びて、服も着替えた。
この町ではすっかりいつもの格好となった、ワンピースに麦わら帽子姿。
それで、私は浩司と一緒に由紀子の好意に甘えることにしたのだった。
由紀子が近所の子供を集めて、町内に適当な範囲を決めての鬼ごっこ。
鬼に捕まるたびに、捕まった人が鬼になって増えていくとのこと。
すでに、私と由紀子が隠れている場所から聞こえる喧騒から、何人かが鬼の側に回ったことが察せる。
「歌手…ビートルズとか?かな…日本の歌はよく知らないんだ」
私は由紀子と一緒に、彼女の家に生えてた木の上に隠れて、そこで会話に興じていた。
「そうなんだ、千尋って英語出来るけど、それのおかげだったりする?」
「なのかな…日本の歌は聞かないで育ったのもあると思う」
私は今朝のこともあって、それを忘れようと、少し饒舌に由紀子の言葉に返していた。
彼女といると、どこか気持ちが休まるのだ。
霧が晴れていくような、そんな感覚。
「いいよねー、外国語できる人って。カッコいい」
「そうかな?使わなくても生きていける」
「…ってことはさ、千尋の好みの男は外人かな?」
「…考えたことないな、僕の好みは」
不意に、話が男の話になる。
由紀子とてお年頃。
私も、気になる年頃なのだが…どうも私が映画やドラマのような恋愛をする姿が想像できなかった。
知識ではあっても、実行に移すつもりは毛頭なかったとも言える。
「言ったでしょ、向こうじゃ友達もいなかったんだ。僕は男なんて見てなかったよ」
「うそでしょ?」
由紀子は少し唖然として私を見た。
彼女の中では"向こうではいじめられてたか一人でいた孤独な子"ということにでもなってるのだろう。
「千尋って、テレビに出てもいいくらい可愛いのに」
「こっちに来て初めて言われたよ、そんなこと」
「まさか!向こうの人って理想が高いのね」
由紀子はコロコロと表情を変えながら話す。
見ていると、一つ一つの仕草が、どこか愛らしく思えてきた。
「そんなんじゃないよ、僕が単にほかの人と過ごさなかっただけ」
私は肩を竦めて見せる。
「それに、人と話す今だって、異性に好きだとか、そんな思いはしたことはないよ。テレビの奥の俳優にだってさ」
「結婚したい!とかないの?」
「ないよ。僕が結婚して子供産むって?面白い冗談さ」
私は人を殺した感情を一刻も早く忘れたくて自然と表情も柔らかくなる。
今なら、少しは"普通の人"見たく喋れているのではないだろうか?
「…高校に行ったら千尋も恋を覚えるんだろうけどね」
「高校ね…由紀子はどこ行くの?」
「え?一番近いところでいいかなって、千尋は?」
「考えてない。由紀子と同じでいいよ」
そういうと、由紀子がさっきよりも唖然とした顔で固まった。
「そっちの気があった?」
「何が?」
「……いや、私と同じって、勿体なくないかな千尋の頭じゃ」
「いいよ、どこからでも大学はいけるんだ」
「……そうだよね、千尋なら出来るか」
「それに、あと少しは私の通訳さんがいてくれないと」
私はそういうと、座っていた枝にぶら下がる。
「由紀子と浩司くらいさ、私の表情が読めたのは!」
そういって木から飛び降りた。
「え?千尋どういうこ…あ!」
「さて、残りは千尋だけだ。行こうぜ!」
降りた上から浩司の声が聞こえる。
残ったのは私だけらしい。
私は少し全力で体を動かしてみようと、町内を駆け抜けた。
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