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今日は変に酷い雨だ。

さっきから、強くなってみたり、弱くなったりを繰り返す。


さっきまでは快晴だった。

つい数日前に、海で遊んだ時みたいな快晴。


遠くには雲も見えなかった。

山の向こうは知らないけれど。


図書館に本を返しに来て、手続きをして、ついでにと元の場所に本を仕舞ってから、さて帰ろうかと思った頃に突然の大雨。

雷は鳴らず、この雨が通り雨でもないことは、あたり一面をどす黒い雲が覆っていたことで察することができた。


「強いですね~、弱くなるまで待ってますかぁ~」

「そうする、これはちょっと出られない」


初老の男性…図書館の館長に言われて、雨宿りついでに図書館で過ごすことにした。


この前のように、郷土資料のコーナーに来て、本を探す。

借りた4冊で、ある程度の目途がついた。

私の自由研究も、あとほんの1ピースがそろえば終わりだ。


正解かどうかは別として、私なりの答えさえ出ればいい。

教授様とは違って、気楽な身だから…


「こんにちは」

「…こんにちは」


私は肩のあたりが濡れた彼…富岡を見ていった。

濡れ具合からして傘でも指してここまで来たのか。

どこに宿をとったかは知らないが熱心な人だ。


「えっと…」

「ああ、前田千尋です」


私は目ぼしい本を取って席に座る。

教授は、初めて会った時のように、私の向かい側に座った。


「失礼ですが、おいくつですか?」

「…15です」

「15?随分と落ち着いているのですね…それに勉強熱心な」


彼は取り調べ前に容疑者を問い詰める刑事のようだ。


「教授さん」

「え?私、そう名乗りましたっけ」

「前に見せてくれたノート、それを取るときに落ちた資料に…」

「ああ……これはいけない、言わないでくださいね、学校に」

「まさか、寧ろ研究の一環でやってるのかと」


私は土砂降りの外を一瞥して言った。

それと同時に、どこかから眺められているような感覚に陥る。


「いえ、個人的な興味ですよ、前田さんと同じように」

「そうですか…ちょっと失礼します…お手洗いに」


私はこの男が研究対象に対して語りだす前に、立ち上がる。

彼は頷いて、彼の資料に目を向ける。


私はトイレのほうに歩きながら、周囲を見回して回った。

そして、言い出したついでなので、用を済ませてから戻る。


帰り際、受付でお茶を2人分貰ってもとに戻る。


誰もいないし、盗聴の類はない。

杞憂だった。


「お茶です、受付の人に貰いました」

「ありがとう」

「ところで、富岡さんの話、何処までわかったんですか?」


私は、落ち着いて彼の生徒見たいに言った。


「それがね、ここにある本はちょっと使えないものばかりで」

「?」

「なんというか、日本語圏じゃない人が書いたような文章ばかりに出くわしてね、それの解釈にばっかり時間がとられる」

「外れを引いたんですね」


私はお茶の入ったコップを持ちながら言った。


自分から話すほうではないが、こういうのもたまにはいいだろう。

そう思って、私は切り出した。


「なら、15歳の話でも聞きますか?私はおそらく当たりの本を引いたんです」

「聞かせてもらおうかな」


教授は穏やかそうな笑い顔で言った。


「ちょっと現実味がないですが…」


私はそう前置きすると、彼に目を向けて口を開いた。


「12年に1回の秘祭、あると思いますよ」

「……」

「そして…今年がその、秘祭が行われる年なんでしょう」


私はお茶の入ったコップを触りながら言う。


「私が見た本に、書いてました…40年程前の記述ですが…1924年に、平元治義という男が主宰として執り行われたそうです」


私はそこまで言うと声を潜めた。


「執り行われたのは、この一帯の海の神様に対してのもの…全国各地で、伝統としてやってそうなことです…でも、普通じゃないのは、死者が出る点です」

「やはりか…」


私の声色である程度想像できたからか、富岡は平静を保っていた。


「儀式は、町一帯をサイレンで覆い、外出するものをなくした状態で行われるそうです」


「そして、主宰が神社と町から付き人が数十名連れだって、この前見せてもらった写真の丘に行く…」


「そして、事を済ませて、終わったら、儀式で出た全ての穢れ…装飾具などを主宰の男が身に着けて海に身を落とすとありました」


私は書かれていたことをかいつまんで説明する。

富岡は頷きながら聞いてくれていた。


「24年の時は、主宰の平元が生贄として、海に身を落としたそうです。次の回…1936年は戦争前ともあって行われず…そしたら、3か月は晴れず、大粒の大雨が町を襲ったとあります」

「それは、当時の人間からすれば祟りだと思われるだろうね」

「ええ、ですが、これ以降のことは、一切書かれていません」

「なら、どうしてそれが今も続いていると思ったんだい?」


教授は私を品定めするような目で見てくる。

次の一言を聞き逃すまいと言っているような。


「状況証拠として、この前見せてもらった写真です。あの白黒写真、取ったのは1960年以降じゃありませんか?」

「判らない…どこからわかるのかな?」

「花が刺さった瓶です、少し装飾されて、判りにくいですが形からして、コーラの瓶でしょう」

「ほう…でもそれがどうして?」


私は肩を竦める。

"前回"のネズミ年は1960年だ。

今は1972年。

そして、その瓶は60年代に入らないと、存在しないんだ。


「…もしかして、この瓶は60年以降のものなのか?」

「そうです、それを取ったカメラは古いものでしょうけど、物は最近のものですよ」

「つまりは、この祭壇がまだ手入れされている以上行われていると?」

「はい、ただ…気がかりなのが、町の人はこの儀式とやらのことに目を向けてないんです」

「と、いうと?」

「人が死ぬくらいのことなのに、誰一人として口にしないし、気に掛けない」

「それは…暗黙の了解として存在しているからじゃないかな」

「いえ、そもそも存在すらしないような…そんな感覚です」


私はそういうと、お茶を一口飲む。


「それで、一つ言っておきたいことがあります」

「なんだい?」


私は改めて彼の眼を見た。


「…これに深入りはしないほうが良いかと」

「それだけ聞くとね、そう思うけれど…」


私は立ち上がって、本棚から、私が借りていた本をすべて取り出す。

さっき仕舞ったばかりだが、丁度良かった。


ないとは思うが、この本は今日を逃すと、これっきり本棚に並びそうになさそうだったから。


「私が引いたあたりの本です…これを見て、決めてください……私はこれっきりにします…夏の日の怪談話の1つとでも取りましょう」

「ありがとう、君の意見も参考にしようかな…」


そう言って、彼は1冊目の本を開く。

外はまだ土砂降り。

まだまだ出られそうにない。


「しかし、君は本当に15歳なのかい?」


本に目を向けたままの教授が言った。


「はい、58年生まれですから」

「……うちのゼミの子達よりも落ち着いていて、洞察力がある」

「どうも」


私は窓の外に目を向けながら言った。


「僕がこの町について調べているのには少し訳があってね」

「……」


でしょうね、と言いかけた私は、彼に目を戻す。


「件の、1960年の儀式で友人を亡くしてる。だから、最初から儀式があることも、今君が言ってたことも知ってるんだ」


私は肩を竦めた。


「なら、どうして…調べものなんかを?警察にでも行ったほうがいいのでは?」

「いいや、証拠がない」

「証拠?」


私は背中が冷たくなる感覚を受ける。


「友人が生きていた証拠が一つもないんだ」

「戸籍は?」

「ない」

「僕が研究室に飾ってる写真が唯一の証拠さ、それも証拠能力に乏しい」


私は色々と言いたいが、全て否定されると思って、口を閉じた。


「親に聞けばわかるはず…とか、思ったさ、僕も」


「忠告、ありがとう…お返しに僕の見てきた前回の儀式のことを話してあげようか…友人のことも含めてね」

「……」

「まだ、雨も止みそうにないからね」


そういって、彼は本を捲りながら、口を開けた。


「僕も、友人も、この町の生まれなんだ。友人は家業の手伝いのために町に残り、僕は、今やってる学問をもっと勉強したかったから大学に行った」


「大学に行ってからは、友人との会話は電話だけでね…どっちも忙しくて、会えなかった」


「それが、もう12年も前か…大学4年の時、友人は電話口で僕に行ったんだ"この町の例大祭の後になんかあったっけ"って」


「僕はないって言った」


「でも、友人は、今度の例大祭の後に恒例の儀式をやるからって呼ばれたという」


「ちょっと不気味に感じたけど、当時の僕は卒論やら何やらで疲れてたから、生返事しかしなかったんだ」


「そして、9月…夏休み最終週に家に帰ったついでに、友人に会おうとすると、周りが"そんな奴はいない"っていいだした」


彼の言葉を聞いていくうちに、私の背中の冷たい感覚は研ぎ澄まされていき、東京に置いてきたはずの、私の暗い顔が表に出てくる。


「町の人間に、友人のことを聞いても、友人の親に言っても知らぬ存ぜぬの一点張り」

「……なら、なおさら忠告しようかな」


私は続けようとした、彼を遮って言う。


「この町の皆が…本当に12年前の一部の記憶だけないのだとしたら…貴方の持ってる記憶は今回の武器になる」

「だから、今年は例大祭にいるつもりさ」

「それは駄目」

「どうしてだい?」


私の口調に変化を感じたか、彼は私に訝し気な目を向けていった。


「…もし、今回もそうなるのなら、貴方も忘れることになる」

「かもしれないね、だけど、目で見たものはそう消せないだろう?どうやってやるっていうんだ?」

「それは知らない。ただ、私を被験者にすれば、全ては片付く」

「何を言ってるんだ?」


彼は私の意図を読めないのか、首を傾げた。


「儀式の後、主宰は殺され、関係者…町の住民の記憶が消える。なら、私の今の声を記録して、儀式後に記憶が消えた私の声を記録すれば、あるいはこの町の儀式の秘密…貴方の知りたいことがわかるかもしれない」

「つまり……」

「5日後、またここに来る。その時に、私は今聞いた話を話す…儀式のこと、貴方の友人のこと…すべて録音して、例大祭の次の日に図書館で私に取材と称して音声を聞かせる…おそらく私はそれを覚えていない」


私はそういうと、一呼吸置いた。


「昔から勘はいい方…深追いすると、貴方はきっといい目に合わない」

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