5.光とともに散った者
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「まったく、どうしたらそんなところまで行けるんだ?」
私の下で、浩司は呆れたように言った。
学校に校庭にある林、そこの一番高い木の上で、私は何も言わず、少しだけ得意気に浩司を見下ろす。
「ここ、ずっと見つからなかったよね」
私は慣れた動きで木を降りて、ある程度の高さから飛び降りる。
義昭と加奈が感嘆のため息をついた。
「あそこまで高いのは流石に怖えぇよな」
「ああ、俺には無理だ」
夏休みも、そろそろ中盤。
7月もそろそろ終わりが見えてきた頃。
私はいつものように、浩司達と遊びに出かけていた。
「千尋ってさ、向こうで何もやってなかったんでしょ?」
「うん」
私はそういうと、由紀子が苦笑いして肩を竦めた。
嘘は言ってない。
スポーツとか、そういう類のものはやってなかったから。
「そういえばさ、浩司、時間は大丈夫なの?」
由紀子が私の腕時計を見て言った。
私も、右手につけた時計を見ると、時間は3時を回っていた。
まだまだ居座る気満点な太陽が見える限り、そろそろ夕方だとは、とても思えない。
「そうだね、そろそろ行かないと」
「あ、ああー面倒だが、しゃーねーか」
「付いて行って良いのかな?」
林を抜けだして、学校の門のところまで歩いていく。
浩司を囲んで話す3人とは一歩離れてそれについて行った。
「さぁな、ただ、大っぴらにしてるってことは、いいんじゃないか?」
「なら見に行こうかなー」
浩司に"秘祭"の主宰としての役割が告げられたのはつい3日前。
由紀子の言う通りに役場から言われて、特に断ることもなく浩司が了承して、トントン拍子に決まったことだ。
秘祭、正確な名前はないらしい。
単に昔からの風習を続けているだけなのだとか。
私は無言で、麦わら帽子を深く被りなおす。
横に来た由紀子は、花火の夜に見せたような不安げな顔ではなく、晴れた表情だった。
「やっぱり噂は噂なのね」
「物騒なことやってたら、お国に怒られるからね」
由紀子は浩司の明るそうな様子を見て言った。
私は彼女の調子に合わせて、答える。
町の回覧板には、この役割は12年に1度しかできない大役であり、前回、この役を演じたといった人のコメントが載っていた。
回覧板を見た次の日、図書館で富岡教授に会ってみれば、彼は驚きと怒りを持って体を震わせていた。
でも私は、どうしようもない。
だから、浩司に頑張ってと言って彼の肩を叩いたのだった。
「ただ、本番は見れないらしいんだけどね」
「寝てる時間だからね」
私は神社までの道のりを歩きながら由紀子と話す。
「そういえばさ、浩司は宿題終わったの?」
「うん、昨日には全部」
「ほー、やればできるじゃない」
「やれるのに、やらないからね」
私は妙な事を考えないように、日常会話を繋いでいく。
神社まではあっという間だった。
浩司が社の中に入っていくと、私たちは縁側に座って浩司を待つ。
神主の人も、笑顔で見学を許可してくれた。
私はいつものように、表情を変えずに、周りに合わせて、ちょこんと由紀子の横に座る。
冷たい木の床と、木々に囲まれ、日陰になって涼しい風が通るこの場所は居心地が良かった。
「そういえばさ、千尋…あれ?」
由紀子が横にいるはずの私に顔を向けると、そこに私がいなかったせいで、驚いた顔を見せる。
私は、冷たく、硬い床に誘われて、ゴロンと寝転んでいた。
足は靴を履いたままだから、縁側の外側に投げ出して、ブラブラとさせている。
「おへそ見えてるよー」
「…」
「風邪ひくよ、いくら夏だって言ってもさ」
あきれ顔の由紀子が、私の服を下してへそを隠す。
私は何も言わずに冷たさに身をゆだねていた。
頭上からの音に気付いて、首を動かすと、遠くの扉から白い衣装を身にまとった浩司が神主と出てきたところだった。
白に、赤と黒が一部に入った、いかにもなデザイン。
私は体を起こすと、由紀子の肩を叩いて浩司が出てきたことを知らせる。
「おおー、似合わねー!」
「うるせ!」
義昭がそういうと、浩司は照れ隠し半分で笑って見せた。
「へぇー、あんなのあったんだ」
「知らなかったねー」
由紀子と加奈はそういうと、顔を見合わせる。
「…死に装束」
思わず私はボソッと言う。
誰にも聞こえなかったらしく、失言は免れたが。
「さ、君たち、ここからは見せられないよ。お帰りなさい」
神主は各々の反応を見た後でそう言った。
「そうですか、じゃ、浩司頑張ってねー」
「じゃぁなー」
「またねー!」
浩司に一言いうと、ぞろぞろと神社を後にする。
私は腕を上に伸ばして、体を解した。
「何時?」
「4時」
「どっか行くにも遅いな」
私の言葉に、義昭が言った。
「なら、お開きにしましょ、明日はお祭りなんだし。義昭が寝坊しないようにね」
「しねーよ、安保。大体祭りは3時からだぜ、そこまで寝てないって」
由紀子が義昭を茶化す。
結局、今日のところはこのままお開きになり、私は帰り道が同じ由紀子と河川敷を並んで歩いていた。
「明日は浴衣で来てね?」
「そうする」
「千尋」
「何?」
そろそろ日が傾きかけた頃。
由紀子はいつもの表情で私を見た。
「ちょっと時間あるなら、コーヒーでも飲まない?」
「何か、相談事?」
「ちょっとね」
由紀子はそういうと、足を商店街のほうに向ける。
そういえば、端のほうに小さな喫茶店があっったっけ。
私はそんなことを考えながら、由紀子を見返した。
「千尋はさ、東京に居たんだよね」
「ええ、生まれてから、つい先日まで」
私は何も考えずに答える。
「都会ってさ、どんなところなのかな?」
「……急にどうしたの?」
「なんかさ、テレビとかで見てる東京の街と、千尋が合わなくって」
「私は例外だよ、私に言わせれば…あそこは3種類の人間と、燃えないゴミしかない」
私は、そういうと、目の前に親指を一本出した。
「煌びやかな自分に酔いたい人間」
そしてもう一本。人差し指を開く。
「権力と金に執着した汚れた人間」
そして、中指を開いた。
「最後に、今までの2つの人間に踊らされる人間」
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