-2-
今日も早起きした私は、洗面台の冷水で顔を洗う。
すぐ横の台所で食パンにスクランブルエッグとベーコンを挟んだサンドイッチを作ると、それを包んで部屋に戻った。
サンドイッチを肩さげバッグに詰め込み、私服に着替える。
そして、麦わら帽子を被ると、居間に書置きして家を出た。
"町を散策しています"
今日は引っ越してきてから2度目の日曜日。
浩司を起こす必要がないので、午前中はこのままどこかに行ってみようかと考えながら、朝焼けの町を歩く。
早朝はどこもやっていないから、私は浜の方に足を向けた。
バス停らへんの堤防に上って海でも見て過ごそう。
そう決めると、私は潮風にかき混ぜられた髪を手で梳きながら歩き出した。
5分くらいでバス停につくと、壁のように立っている塀に上って砂浜の方に足を投げ出す。
バッグからサンドイッチを取り出した。
遠くに漁船が見える景色を眺めながら、サンドイッチにかぶりつく。
腕時計はまだ5時台。
このままここで眠ってもいいくらいだ。
ボーっと眺めていると、初日、私の横に座ってきた黒猫がまたやってきた。
「今日は触らないよ」
私はそういうと、猫の方にゆっくりと倒れていく。
すると、猫も警戒を解いたのか、ゴロゴロと喉を鳴らしながら丸まった。
「成程…」
どうやら彼は縄張りを示したかっただけのようだ。
「……」
猫は丸まったまま、何をするでもなく、私をじっと見つめる。
遠くで聞こえる波の音を聞きながら、そっと目を閉じた。
……次に目が覚めたのは8時半。
ムクリと起き上がると、硬い場所で寝ていたせいか、体のあちこちから痛みを発していた。
「まだ居たの…」
んーっと背伸びして、体をほぐすと、すぐに痛みは消える。
私はまだ横で丸まっていた猫に視線を落とすと、ヒョイと持ち上げた。
今度は逃げるそぶりも見せずに、彼はじっと私を見つめる。
「……」
抱きかかえ、膝の上に乗せたはいいが、特に何があるわけでもない。
少しの間、背中を撫で回すと、猫は勝手に立ち上がって去っていった。
それを見送った私は塀から降りて散策を再開する。
図書館にでも行こう。
ここから30分ちょっとかかるなら、丁度開館時間に間に合うはずだ。
私は帽子を深く被りなおすと、日差しが強くなってきた町に歩き出す。
浜を抜けると、木造の家が立ち並ぶ道に出る。
そこから、もう少し進むと、私の家の近所だ。
「あ、千尋」
「……?」
家の近くまで来ると、誰かの声に呼び止められる。
この声は、由紀子か。
「おはよー」
「…おはよう」
振り返ると、クリーム色の家の影から由紀子が出てきた。
格好は…ほぼ寝間着だろう。
「どこかお出かけ?」
「散歩…さっきまで猫と寝てた」
この町に来てから一番よく話す同性。
口数が多くない私が、一番話せる人だ。
「猫と?どこでさ?」
「黒猫…あっちのバス停のところ」
私がバス停の方を指さすと、由紀子は少しあきれ顔になった。
「向こうは余りいかない方がいいよー浜の男の目線が怖くて」
「…人、いなかったけど」
「まぁ、いる時があるから気をつけなさい…それで、これから何処にいくの?」
「図書館に…」
あてもなく本を読むのは、東京にいる頃の楽しみだった。
「え?図書館?10時からじゃない」
「…そうねの?」
私は少し間をおいてから聞き返す。
この前見たときは、9時~5時だったはずだ。
「日曜日は10時~3時なのよ」
「迂闊」
私は表情を変えることなく言った。
あと1時間。どう過ごすか。
「あと1時間だし、直ぐだよ。…そういえば千尋、今週出た問題集終わらせた?」
「終わらせた」
由紀子はコクリと頷いた私を見ると、パッと表情を明るくする。
「ならさー、図書館行くまでに教えてほしい問題があるんだけど…」
「…それくらいなら」
「やった!ありがと!」
私がそういうと、由紀子は私の手を取り、私を引っ張った。
由紀子に言われた問題は、何てことはなく、直ぐに解き終わった。
そろそろ図書館に行こうと、由紀子の部屋の時計を見てスッと立ち上がると、由紀子も来るというので、私は彼女を待って、由紀子の家を出る。
「本、好きなんだ?」
「楽しみは本か音楽位だったから…」
私は淡々と言うと、由紀子の表情は少し苦笑いになる。
「東京ってさ、もっとこう…遊べるところとか、いっぱいあるのかなって思ってた」
「私が少し特殊だったのもあるけど、遊び場はそうないんじゃないかな」
由紀子と並んで歩きながら、私は言った。
「そっか、テレビで見る東京ってさ、なんか別世界だから…」
「あれはテレビの見せ方…」
由紀子の言葉に、私は素っ気なく返すと、目を細めた。
何処を向いても鉄とコンクリートの塊が見えた街並み。
人も車も溢れかけた光景なんて、上から見てる分にはいいだろうが、いざ中に入ってみると妙に生きづらい。
「なら、こっちに来てよかったって?」
「ええ…そう思う」
図書館につくと、司書と思われる人が入り口付近に座っている以外は、誰もいなかった。
こんな狭い町には豪華な作りの図書館を見て、私は少し驚く。
「去年出来たばっかなんだ」
由紀子が小声でそういうと、私の手を引っ張って大きく開けた読書スペースに誘う。
そこから円形に広がった館内には、細かく分類された本棚が並んでいた。
これだけの量があれば、暇になることもないだろう……
そう思いながら、私はフラフラと本棚の方へと歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます