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それから時は過ぎて放課後。
私は学校グラウンド裏の林の、大きな木の上にいる。
グラウンドを見わたせ、こちらは葉が邪魔で見えない。
「最後は千尋だけだ!探せ探せ!」
私の居る下を先ほどまで寝ていたはずの浩司が駆けていった。
缶ケリが始まってもうじき30分。
缶ケリなんてやったこともないが、どうやら適当に隠れて、缶を蹴飛ばせば私の勝ちらしい。
範囲は学校の敷地内。
田舎ということもあって、子供が遊ぶところには困らないのだが、今回は私が転校してきたからと言って浩司が人を集め、全員が学校に残った。
だが、鬼が悪かったか、浩司と義明の2人は大人げなく小学生達を見つけていった。
私の居る木の下に隠れていた女の子も、さっき捕まってしまった。
始まってからまだ10分と立っていない。
そこそこの広さに、この人数…案外鬼2人でも辛くなさそうなものだ。
さて、そろそろ鬼の面々がグラウンドからいなくなる。
私の脚力だと、義明には勝てそうだ。
私はいまだにグラウンドの缶の横に居座る義明が缶から離れるのを見ると、少しずつ木を降りていく。
先ほど下を通って行った浩司は学校林の奥の方へと消えていったから、この距離なら見つけられても大丈夫。
そして私はタン!と枝を蹴飛ばし、地面に飛び降りた。
革靴にセーラー服。
明らかに動くのには適していない服装だが、私には関係のないことだ。
義明が缶から離れ、学校の方に行ったのを見計らうと、私はスーッと息を吸って駆けだした。
革靴が固く、走りにくいといったらないが、それでも一心に缶のほうへと駆けていく。
すでに捕まっていた面々が驚いた顔をして、学校林から出てきた私を見ている。
周囲が驚きの声を上げたころには、缶はきれいな放物線を描いて飛んでいた。
「おおおー!」
「……これで勝ち」
「ありがとうお姉ちゃん!」
「もう一回だー」
「逃げろー!」
私は沸き立ちハイタッチしてくる子達に応えながら缶を拾った。
「負けたー!どこにいたんだよ」
義明と浩司が信じられないといった顔で戻ってきて私を見た。
「もう一度探してみるといい…これを蹴って、この缶を戻すまでに逃げるんだっけ?」
「ああ、次は絶対に見つけるからな!」
絵にかいたような負け役の言葉を言った浩司を見ると、私は後ろを向いてヒョイと缶を投げるとそれを思いっきり蹴り飛ばした。
「はぁ?なんでそんな飛ぶんだよ」
「エゲつねー!」
二人はそういって急いで缶の方へと歩いていく(走るのは禁止だ)。
私は今度は学校側に走っていった。
学校林側に蹴ってしまったからその方向にいけないのもあるが…
木造の校舎に逃げ場はなさそうだ。
中は入れないから、外のどこかにいるしかないのだが……
私はとりあえず校舎の裏側に逃げてみる。
すると、中学年くらいの女の子がじっと上を見て固まっていた。
その子の背丈でギリギリ届かなさそうな物置の上。
そこから校舎の上に行けそうだ。
彼女の考えてることが何となくわかった私は彼女の横を通り抜け、難なく物置の上に上り、手を伸ばす。
「おいで…」
「ありがとー」
軽い女の子を持ち上げると、二人で校舎の上に上った。
ここはちょうどくぼみ部分…グラウンドも見渡せないが、浩司達はここまで来ないと私たちが見つけられない。
「ここなら見つけられないの」
「そうだね……」
丁度日陰となるところに2人でちょこんと座っている。
「グラウンドはどっち?」
「あっち」
女の子は少し怯えた様子で指を刺す。
「いざとなれば飛び降りて缶を蹴りに行ける…大丈夫、私がやるから……」
私は小さくそう言うと、女の子は恐る恐る私の顔を覗き込んだ。
「転校生さん……?」
「そう…前田千尋…貴方は?」
「片岡恵美…」
私は周囲の音から、鬼の二人が来てないことを悟った私はフーッと息を吐いた。
「お姉さんは笑わないの?」
「?」
ボーっと足元を見つめていた私に、恵美は尋ねた。
「…私、ここに来るまで色々あってね、うまく笑えないんだ」
「……お人形さんみたい」
「人形…」
「そうだよ、白い日本人形!」
「……」
私は肩を竦めた。
「…恵美ちゃん、静かに……」
風の音に乗って聞こえてきた足音。
私は片目を瞑って指を口の前に持っていく。
「…どうするの?」
「2人か…」
小声で聞いてきた恵美に、私は答えることもなく、耳を澄ませた。
二人分の足音と、何かを掴むような音。
「…恵美はそこの影に入って」
「え?」
私はちょうど子供1人なら入れそうな窪みを指して言うと、すっと立ち上がった。
「私は缶を蹴ってくる」
そう言うと、タン!と蹴りだして屋根を駆け抜け、スーッと息を吸う。
両手を広げてバランスを取って、校舎の屋根を飛び出した。
「え?」
「うわぁぁぁ!」
平屋の校舎だから、屋根はそう高くない。
真下では捕まって周囲をキョロキョロとみていた子供たちが私を見て目を丸くしていた。
ダン!と一回で着地を決めると、あとは歩いて缶までたどり着き、ポンと蹴り飛ばした。
帰り道は、昨日の4人。
どうやら、全員、帰り道はほぼ変わらないらしく、一番学校に近い浩司の家で別れるのが何時ものことらしい。
「なぁ、向こうで何かやってたのか?」
未だに缶蹴りの話が続く。
私は無言で首を横に振った。
「人よりは丈夫だから、私」
「丈夫って言ってもなぁ…校舎から飛んでく奴は初めて見たぞ」
義明が少し拗ねたように言った。
鬼だった男2人は多分、この調子で明日まで気にすることだろう。
「でも最後のは考えないとだね」
「ねー」
由紀子と加奈が少しニヤけた顔で私の方によって来る。
由紀子がそーっと私の耳元に手を近づけた。
「スカートで飛んだら見えるでしょ」
小さくそういわれると、私はゆっくりと由紀子の方に顔を向ける。
「見えてた?」
「白」
由紀子がクスクス笑いながら言うと、私は目を瞑って肩を竦めた。
「今度から気を付けようね」
「ええ…そうする」
私は少しだけうつむいた。
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