-3-

最初の1日は、東京で過ごした時間の流れよりもずっと遅く流れていく。

さっきのチャイム…というより、鈴の音で、4時間目が終わり。

今は昼休み、私は昨日であったばかりの4人と机を合わせた。


鞄から弁当を取り出して、それを開ける。


今朝、早く起きたので、浩司の母、私から見れば叔母さんに代わって、弁当を作ってきた。

浩司の母親は漁港で働いているから必然的に、朝は早い。


「お、なんか今日の弁当、生暖かいな」


私のと同じ意匠の弁当箱を持つなり、浩司はそういった。


「ホントだー、オバさん、今日は遅く出たんじゃない?」


由紀子が弁当の外側を触って言う。


「……」


私は何も言わずに、手を合わせてから弁当に箸を伸ばす。

多少雑だが、数年ぶりに作った料理だと考えれば十分だろう。


「ねぇ、千尋」


焼きベーコンを食べていると、ふいに横にいた由紀子が話しかけてきた。

私は顔だけを由紀子に向ける。


「これ、千尋が作ったの?」


由紀子は私に近づいて、小声で言った。


「正解」


私はベーコンを飲み込んでから言った。


「へぇ~、鈍い男もいるものねぇ~」


由紀子は何か悪戯でも思いついたかのような笑顔になると、元の自分の席へと戻っていく。


「ねぇ、浩司?」

「ん?何だ?」

「そのお弁当、誰が作ってるの?」

「母さんじゃないのか?」

「ふーん」


浩司は由紀子の顔を怪訝そうに見つめる。

由紀子はそんな浩司の顔を眺めてから、私に視線をそらした。


「ちゃんとお礼は言っておかないとね!」


そういって、由紀子は私の肩をポンと叩く。

浩司は目が点になって、私と弁当を交互に眺めた。


午後の授業も、ひたすら授業用のプリントに手を付け続けた。

右手で頬杖をつき、ペンを走らせる。

BGM代わりに先生の声が聞こえた。

範囲的には1年生の子向けか、義昭しかいないけど。


「ね、おーい、千尋ー?」

「?」


私を呼ぶ声がした。

ゆっくりと声の方向に顔を向けると、由紀子が私の方を見て手を振っている。


浩司が由紀子の前の席で眠っているがそれは大きな問題でもないだろう。


「千尋ってさ、勉強できる?」

「多少」


こんなところで「嫌と言うほど叩き込まれました。大学の範囲まで」とは言えない。


「ならさー、この英語の問題なんだけどさ、なんて言ってるのこれ?」


私は由紀子の机の上のプリントに目をやる。

さっき斜め読みした英語の問題だった。


「”人は毎日多くのことを忘れる生き物だ…”かな」

「おおー、ありがとー」


私は軽く頷いて自分のプリントに目を向ける。

この量くらいなら、あと1時間で終わりそうだ。


私は右手で頬杖をつきながら、左手でペンを動かす。


久しぶりに英語の問題を解いたが、これくらいなら問題ない。


「解くの早いね~、前の学校でももう終わってたの?」

「まぁ…一通りはやってた」


半目で黙々とペンを走らせていた私に由紀子が話しかけてくる。

私はペンを進めながら、答えた。


「ならさー、目の前の眠り魔にも教えてやってよ」

「……考えておく」


私は一度浩司の方を見てから、また問題に視線を落とす。

すると、横にいる由紀子が私の目の前に手を出してきた。


「?」


私が首を傾げて由紀子の方を向くと、由紀子は手に持ったシャープペンシルで何かを刺すような動作をしていた。


「千尋、やっちゃえ!」


顔を綻ばせ、小声でそういう由紀子に応えて、私はカチカチと、ペンの芯をしまってから、目の前の浩司の背中を突いた。


「ん……」


浩司はそう言っただけで、起きる気配を見せない。

一度突いた姿勢で止まった私は、カチカチと芯を出すと、今度は少し強く、首元にシャープペンを突き刺した。


「痛!…タタタ……」


飛び起きた浩司はバッと私の方に振り返る。

私は表情を変えずに問題を解き進めていた。


「千尋、正直に答えなさい」

「?」


浩司に言われても、私はポーカーフェイスで彼を見返す。


「何かしたか?」

「…寝てるとき、何かに刺された夢でも見てたに違いない」


私は浩司の問いにフルフルと首を振ると、もっともらしい答えを突き返し、ゆっくりと問題の方に目を向けた。


「千尋、ずっとさ、じーーっと見てたんだから」

「そう…きっとそれのせい」


笑いを堪えきれていない由紀子に合わせて私は弁明する。

浩司は少し顔を赤くして首元をさすっていた。

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