第一話 剣の師匠
「はぁ!たぁ!……はぁ……はぁ……」
心臓の鼓動と蝉の鳴き声がうるさい。剣に集中できない。
「どうした!そんなものかアゼル!」
相手の大男の声が聞こえる。しかし、息が上がりすぎていてよく聞き取れない。剣士というものはどんなに苦しい場面でも逃げたり負けを認めることは許されない。倒されても、倒されてもそのたびに立ち上がり、剣技を繰り出す。そして最後に立っていたものが勝つんだとアゼルが剣を交えている大男は言っていた。
一度目をつぶり、呼吸を整えて相手の『
アゼルはもう一度感覚を研ぎ澄まして、ゆっくりと目を開ける。そして技を繰り出していく。
相手の四方八方からの攻撃を氣を読んで躱し、頭上から振り下ろされる剣をここぞとばかりに剣で受け流した。そして滑らかな足運びでそのまま相手の背後に立つと、隙をみて胴に渾身の一撃を与えようとした。
しかし、大男はアゼルの攻撃を読むように剣の柄の部分で受け止め、アゼルと同じ動きをして背後に回り高速かつ豪快にアゼルの胴を切りかかった。
(しまった!)
肌に触れる刹那、切りかかった刃は寸止めされており、大男はしてやったりとした顔でにやりと笑っていた。
また負けた。
「いや、もう……限界………」
それは様々な意味を含んだ言葉だ。暑すぎる。頭が回らない。腕がうまく持ち上がらずプルプルと震えている。
アゼルの体は悲鳴を上げ、力が抜けて膝から崩れ落ちた。これでは立ち上がれと言われても無理な話だ。
「まったく、仕方がないやつだな。よし、このへんで休憩としよう!」
大男がそう叫ぶと、周りにいた門下生たちが気が抜けたように遠い目をしながらぞろぞろと外に水浴びしに行った。それだけ室内はサウナのように蒸れていて暑かった。
(この人、僕たちを熱中症で殺す気か!)
大男ことレオン・アーネスはアゼルの父親兼師匠だ。そして村の道場を開いている道主でもある。村では一番腕の立つ剣士と言われている。その実力はかなり凄まじいようで、昔は王国の王女直属の騎士だったらしい。しかし、護衛任務の時魔物の集団に不意打ちを食らって片足を失った。そして解雇(クビ)となった。
別に珍しいことでもない。騎士にとって足とは技を繰り出すための己の心臓と同じくらい大事なものだ。足が十分に動かせなければ守れるものも守れない。使い物にならない騎士とはだだの平民と何ら変わりはない。図体はでかいのにまったく運がなさすぎる人だ。
しかし、片足がなくともレオンは強かった。片足は義足を使って補い、使いこなすには時間がかかるが一年もすれば普通の剣士として問題なく暮らしていけた。にしてもレオンは義足を使いこなしすぎるくらいによく動く。
できるまでやればできる。そういった鋼のメンタルで色んなことを解決してきた人だ。おそらくレオンは運はなくとも努力の天才なのだ。
それでもアゼルはこれでも十年近く剣を振り続けてきた、間合いの取り方や無駄のない動き方くらいは熟知しているつもりだ。しかし、今だにレオンに一撃も入れられないということはやはりそれだけ強さに差があるのだろう。
(あとで悪かったところでも訊きに行くか…)
水浴びついでに少し訊いてみようと思ったが、その前にレオンが後ろから話しかけてきた。
「だいぶ様になってきたな、アゼル」
(あれだけボコボコにしておいてよく言うよほんと……)
アゼルは振り返って、できるだけ眉間にしわと寄せて、思いっきりにらんで言った。
「どこが様になってるんだよ、僕はまだ父さんに一撃も与えられていないだろ」
「はっはっは!それはそうだ、なんせ私はお前の父親だからな」
「わけわかんねぇよ……」
そういえば、この人の口癖は『最後に愛は勝つ』だったなと、アゼルは思い出していた。もしその言葉が本当ならば、アゼルがレオンに勝てる日は一生来ないのかもしれない。
しかし、それでは困る。
なぜならアゼルは子供のころから立派な騎士になることを夢見ている。「騎士になりたいのなら俺を倒してからだ」そんな条件をたたきつけられた日からこうして幼いころから何度もレオンに挑んでいる。
もうすぐ十八歳になるアゼルにとっては何としても強さが欲しかった。こんどは真剣な顔ではっきりとした口調で聞く。
「父さんは片足をろくに動かせないのになんでそんなに俺の攻撃を受け止めきれるんだ?」
「ん?ああ、そのことなんだがな…」
レオンはようやく本題を思い出したように話し始めた。
眠り姫 ふじにな あおい @hujinina
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