眠り姫

ふじにな あおい

プロローグ 森の亡霊




大昔の話、大陸のどこかにあるといわれる前人未踏の森があった。そこには魔女が眠っているとされ不気味で不吉なため近づこうとする者は誰もいなかった。



 深い闇に包まれた森の真ん中でこの亡霊はいったい何をしているのだろうか。



 そこはまるでムゲン地獄のようだ。周りに人の気配はなく、暗闇だけが広がった月明かりすら届かない深い森。そこで、カチャン、カチャンと足音が鳴っていた。



その音の正体はかつて戦士だった亡霊だ。



 錆だらけの鎧を身にまとったその亡霊は、五百年前、無類に強さを誇る勇者だったという。その勇者は誰に対しても優しく、温厚で、皆から愛されていたそうだ。



しかし、なにか死ねきれない理由でもあるのか勇者は死後、亡霊として姿を変えた。昔の勇者が今は見る影もなくみすぼらしい姿をして森の中を彷徨っているのだ。



 亡霊はただひたすらと何かを追い求めるように動き続けていた。その手にはアクセサリーだけが大事に握りしめられており、そのアクセサリーからは淡い光がこぼれていた。その光だけを頼りに亡霊はとある場所へと向かっていた。



 森の中の洞窟、人の手で掘られたようなその洞窟の中は星屑のような小さな光の粒が中の道を照らしてた。そこをまっすぐ歩き続けると広い空間に出た。そこはまるで満点の星空のように神秘的な光景が広がっていて先ほどの小さな光とは比べ物にならないほどひとつひとつが大きく輝いていた。



 亡霊は奥の真ん中にある棺桶のような形をした木箱のところまで歩くが、途中で躓いつまずて倒れてしまった。起き上がろうとするが足に力が入らなかったので、残りの力を腕に集中させて這いずりながら進んだ。



 そうしてようやくたどり着くとその木箱の中は、一人の少女が仰向けになって中に入っていた。しかし、少女はピクリとも動かない。さらに全身が灰色で覆われていてそれは石そのもののようであった。石になったわけではない。少女の心臓の鼓動ははっきりと聞こえた。つまりまだ人であるという証拠だ。



 亡霊は木箱に乗り上げ少女の顔を覗き込むと震える手でそっと彼女の額を撫で、もう片方の手で持っていたアクセサリーを彼女の心臓あたりにそっと置いた。


 その瞬間、


 ピカッ!


 アクセサリーからまばゆい光が放たれ、数秒間あたりが閃光に包まれた。



 すると少女の灰色の肌が徐々に白く美しい人肌色に変わっていき、本当の姿を取り戻していく。まさに魔法のような奇跡だった。



 光がやみ、再び神秘的な空間に戻ると、少女はゆっくりと瞼を開き、そっと体を起こした。


少女は頭がまだぼんやりする中、周りを見渡し状況を確認する。



 そばには朽ち果てた鎧が自分の手を握りしめていた。しかし揺らしてみても、声をかけてみても返事がない。それはもう亡霊ではなくただの屍だ。動くことはなかった。



 鎧の首からは何やらペンダントがぶら下がっていた。少女はどこかで見覚えのあるそれを外してじっくり見てみると、はっ、と大きく口を開け、ようやく大事な何かを思い出したようだった。すべてを察した少女の体は悲しさで震え出した。



 段々と見開かれた少女の目からじわじわと涙が浮かんでやがて子供のように喉がかれるほど大泣きした。



 泣いて泣いて泣いてひたすら泣いた。


 



 これはとある大昔のお話。この話は五百年後も後世へと語り継がれるがその内容は現在では原形をとどめていない。唯一正しく伝わっている部分を挙げるならそれは、登場人物が亡霊と幼い顔の少女だということくらいである。


 その後の少女の行方を知るものは誰もいなかった。

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