第3話

「ほう、思っていたよりも早くに再戦となりましたね――!」


 和也の右拳と、エンキの右拳が衝突し、衝撃波が発生する。先ほどまでエンキの狙いとなっていた幼子が吹き飛び、壁に体を打ちつけて気絶する。

 和也は衝撃を利用して距離を取り、構える。

 大丈夫、あの子は死んでいない。強化された聴力が、心音を捉えている。


「いいでしょう、ではここで確実に殺してあげます」

「子供を殺そうとしたお前には負けない。俺は和也、龍崎和也。この名に誓って、お前を止める」


 両者が同時に地面を蹴る。エンキの右ストレートを、和也は左腕で受ける。腕力で軌道を修正し、左手で掴もうとする。

 しかしエンキはそれを見越していたかのように、左掌を和也の顎を狙って叩き込む。


「――っ!」


 とっさに上体をそらして回避。しかし、つかみ損ねた。


「やはり良い。それだけの力を持っていながら、なぜ革命を起こそうと思わないのです!」


 エンキの足払いを、バク転しながら避ける。


「革命だか何だか知らないが、俺にはこの力を暴力に使う理由がない!」


 動きは滑らかに、既に常人では視認できない速度域での格闘になっていた。しかし、和也の眼はそれを確実に捉え、喰らいついていた。

 蹴りには上体をそらして、拳は避けてから腕を使って軌道を変える。そうしてできた隙を狙って、こちらも一撃一撃を繰り出す。

 もちろん、エンキもそれを喰らうほど弱くはない。確実に避けて反撃に転じる。

 故に、両者の戦いは果てしない。

 スペックだけなら、エンキより和也の方が上。それは和也も理解していた。拳の速さ、反応速度、それらはエンキを凌駕している。

 にもかかわらず互角なのは、おそらくは戦闘経験の差だ。和也の経験はあくまでも試合としての格闘だけ。エンキはおそらく実践を何度も経験しているはずだ。命を賭けた殺し合いとしての実戦を。


「崇高なる革命を暴力とは――いいでしょう」


 エンキが距離を取る。そしてフードを脱いだ。


「――な、に」


 そこにあったのは、左右の頬が裂けた男の姿だった。


「この顔は、霊石の副作用です。そしてもちろん、貴方もすぐにこうなる。私はこの力が好きですが、この顔は嫌いです。ですが、もっと嫌っているのは、この顔を理由に私を差別した、この国の民です」


 自分も、こうなる。エンキの言葉は、和也の胸に刺さる。

 これではまるで化け物ではないか。身体能力で、既に化け物なのは理解していたけど、外見にまで現れると言うのか。

 奥歯が砕ける。痛みと共に、歯が再生する感覚がした。

 もう、俺は人じゃないのか。なら、人とは違う生き方を、殺戮の道に至っても――。



 トクン、と音が聞こえた。自分の心音じゃない。さっきエンキに殺されそうになっていた子供の心音だ。


「それでも、子供までも殺そうとするお前には負けられない!」


 それで目が覚めた。目の前にいるのはただの外道だ、という事を思い出す。


「分かり合えませんか。残念です!」


 戦闘が再開される。エンキの攻撃を躱し、和也は跳躍する。エンキはそれに追従して、空中で拳や脚を使った連打戦が繰り広げられる。

 なんども屋根を蹴り、空中戦は激化する。先ほどまでと違い、和也優勢で戦闘は進んでいた。そのきっかけは、怒り。燃え盛る怒りの炎が、エンキを圧倒していた。


「馬鹿な、この私が、人を殺したこともないような奴に押されているなど!」

「お前には負けられない」


 和也の目の下が裂ける。まるで涙を流すかのように、皮膚が裂けていく。


「簡単に人を殺すお前にだけは、絶対に負けられない!」


 屋根に着地した和也は、大規模な跳躍を行うのではなく、ごくわずかなジャンプを行った。そして身を翻し――。


「っが⁉」


 エンキを地面に蹴り落とした。衝撃で屋根が壊れ、無人の民家にエンキが落ちる。

 エンキが立ち上がる前に、と和也は再び大きく跳躍する。空中で体を一回転させ、


「これで終わりだ!」


 重力によって加速した和也の肉体から繰り出される飛び蹴り。それは、計り知れない威力を以てエンキの身体を地面に押し付けた。


「……バカ、な。この私が、敗れるなど……」


 エンキが血を吐く。そして数度痙攣し、動かなくなった。

 和也はその感覚を記憶に刻みつける。

 初めて、人を殺した感覚を。


「……辛いものだな、戦うという事は」


 民家を出る。コツン、と彼の頭に何かがぶつかり、地面に落ちる。


「この、化け物!」


 どうやら、見ていた人が居たらしい。和也は無感動にぶつかった物を見つめる。がれきだった。


「出ていけ、この街から!」


 あぁ、彼が言っていたのはそういう事だったのか。確かにこれは、人を嫌いになって、革命の道に進んでもおかしくはない。

 和也は飛び上がる。

 ふと、気になった。あの幼子は無事なのだろうか、と。

 幼子の居るところに着地する。その子はゆっくりと目を開ける。それから、


「泣いてるの、お兄ちゃん」


 と、和也に言った。

 和也は涙を流してはいなかった。おそらくは、裂けた皮膚が涙に見えたのだろう。

 だが、そんなことは些細な事だった。


「ああ、泣いているよ」


 正直、戸惑っている。異世界で、既に人ではなく、そして顔には大きな傷。なによりも、初めて人を殺したのだ。

 そんな彼に、幼子の言葉は染み込んだ。乾いた土に、水が染み込んでいくように。


「泣かないで」


 返事は出来なかった。ただ、踵を返して、飛び上がっただけ。


「ばいばい!」


 幼子の言葉が聞こえた。

 まったく、俺は単純だ。子供の言葉一つで救われた気になっているのだから、と和也は思った。




「お疲れ様、和也」

「あぁ。事後処理は終わったのか?」

「ええ。もう問題ないわ」


 祭壇で、カラネと合流した和也は、どこか晴れ晴れとした表情をしていた。


「俺は人々を守るために闘う。だが、この顔はどうも怖すぎる」

「でしょうね。すぐに顔を隠す物を用意させるわ」

「あぁ。頼む」


 人を殺した感覚は、今も足の裏に残っている。

 いずれはこの感覚にも慣れてしまうのか。

 それでも、


「子供に罪はないからな」

「え?」

「なんでもない」


 あの幼子が成長した時に、戦火の無い国にしてやりたいとそう思ったから、だから和也は戦い続けることにしたのだった。

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最強格闘家少年、異世界に行く アトラック・L @atlac-L

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