第2話
エンキのストレートは、和也の目の前で静止する。風圧で和也の髪が揺れる。
戦いを中断された二人は、互いに目線を一瞬だけその声の主に向ける。
そこに居たのは、女性。銀の長髪をたなびかせる、絶世の美女だった。
彼女の周囲には赤い魔法陣。ファンタジーによくある幾何学模様、奇跡を起こす紋様。それが彼女を中心に六個、線で繋げば綺麗な六角形になるように配置されていた。
「シュルシャガナの担い手よ、貴方の手にその力があろうと、これだけの魔法を喰らえばタダでは済まない」
「もう一人の気配があると思えば、まさかハイ・ランクの魔法陣をここまで同時に展開しているとは。小娘と侮っていた私の誤算でした。良いでしょう、貴女の口車に乗る事にします。命拾いしましたね、カズヤ」
エンキは少し狂ったアクセントで和也にそう言った。それから、自身の強靭な脚力を以て跳躍し、戦火の上がる城下町へと消えていった。
「待て――!」
「……追っても無駄よ。最適化されていない貴方のスペックでは、彼には追いつけない」
「なぜ邪魔をした。アレクセイの仇だろ」
「その喋り方、止めたら? 下手な芝居よ」
その女性は、冷徹な瞳で和也を見据える。
その喋り方、とは和也の芝居がかった話し方の事だろう。ハードボイルド小説に影響された、クールであろうとする喋り方。
「あいにくと、癖でな。気にするな」
「そ、なら気にしない。わたしはカラネ。貴方に現状を説明するわ」
カラネ、と名乗った女性は踵を返す。祭壇に戻るつもりらしい。和也としても、現状を把握できるのならばとついていく。
「エンキ――さっきの男、それからシュルシャガナって何なんだ」
「シュルシャガナ、それはかつてこの国に存在していた二振りの剣、その一つ。対になっているのが、貴方の身体に埋め込まれたイガリマ。カズヤ、と言ったわね。貴方の身体を強靭なモノに――言ってしまえば、人智を超えた完全生物にしているのがイガリマで、さっきの男が有しているのもそれと同等だと思えばいいわ」
「どういう理屈で肉体が変化するんだ。正直、そこを知らぬことには怖くてこの力を振るえない」
「イガリマもシュルシャガナも、霊石と呼ばれる形に変質しているわ。それは埋め込まれた宿主の肉体に刺激を与え、急激に成長させるわ。結果、常人では考えられない筋力と、各感覚器官の強化が発生する」
要は、度を越したドーピングかと納得する。
「元に戻す方法は?」
もしそれが叶うのならば、エンキを霊石が埋め込まれる前に戻して、確実に倒す。そのプランが和也の頭の中に浮かんだ。しかし、
「それは不可能。霊石によって変化した肉体は、どんな手段を用いても戻せない」
それは、一中学生の和也にとってはかなりショックな事実だった。淡々とそれを突きつけられた事が、また彼の絶望感を煽っていた。
俺は、知らない間に人でなくなっていた。この、知り合いの居ない世界でそれは――。
そこまで考えて、和也は深呼吸した。今はそんなことで落ち込んでいる場合じゃない。おそらくエンキは街に出て、再び殺戮を始めるのだろう。なら、止めないと。
「そうか、わかった。街までのルートを教えてくれ。エンキがこれから行うであろう行為を止めなければ」
「もちろん。そのために貴方を召喚した。ついて来て」
カラネは祭壇の外に出る。
「そろそろ最適化が済んだはず。貴方のスペックなら、二回の跳躍で到達するはずよ。一本道だから、迷う心配はないわ」
「理解した。あんたはどうする?」
「わたしも街に出るわ。戦闘後の処理はわたしに任せて。それから――スペックで言えば、シュルシャガナの破片を埋め込んだアイツより、イガリマをすべて埋め込んだ貴方の方が上よ」
「それを聞ければ十分だ――!」
和也は足に力を入れる。地面を蹴り、空高く舞い上がる。視界がスローモーションになり、そのことからアドレナリンの分泌を強く感じる。
これは、驚異的だ。重力という概念に逆らって、どこまでも跳んでいけそうな錯覚に陥る。
二つの眼が捉えるのは、荒廃した街並み。逃げ惑う人々と、殺戮を繰り返すエンキ。
体が重力に従って落ちていく。一気に引っ張られる感覚に、着地の準備をする。そして地面に足が付く瞬間、再びの跳躍。
り返すエンキ。
体が重力に従って落ちていく。一気に引っ張られる感覚に、着地の準備をする。そして地面に足が付く瞬間、再びの跳躍。
この間、僅か数秒である。和也は放物線を描いて跳び、そして落ちる。ただそれだけ。それだけなのに、それを見る物がいるとしたらこう形容していただろう。
あれは、人の域を超えている、と――。
そして、再び対峙する。
和也と、
エンキ。
和也が落下する速度を生かして、エンキに殴りかかり、エンキは幼子を殺すために振るった拳を、和也に向けるように軌道修正する。
ここに、再戦がなる――!
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