#9.モブは空気に徹する

 校内爆走鬼ごっこによって1日が始まり、現在は放課後。

 多くの生徒が既に部活に勤しんだり、帰宅する道すがら道草を食っている頃だろう。俺も今日は部活がない日なので本来であれば意気揚々とゲームセンターで遊んだり、本屋で本を買い漁ったりと大変有意義な時間になる筈だった。


「なにがが校内案内だよ。楓と天宮寺で十分だろこれ」

「ほらそこ、うだうだ言わない! それに、美咲ちゃんからのご指名なんだからありがたく思う!」


 ほとんどのクラスメイトが居なくなった教室には俺と楓、天宮寺と美咲の四人だけが残っていた。いや、俺だけ場違い感が凄いんだが? イケメンと美少女2人の中に混ざるモブは流石に万死に値するって厄介な人が現れそうな状況にガクガク震えちまってるぜ。


「ところで美咲さんや、なぜに俺を案内役にしたんだ? 天宮寺とか楓とかも一緒に着いてくるんなら2人に任せた方がスムーズに進みそうなもんだけど」

「いいえ、この4人で校内を回る方が楽しそうなので」

「ははは、この状況をクラスメイトの男子に見られたらまた鬼ごっこが始まりそうだな」


 笑い飛ばしてはいるが、おそらく見つかれば確実に続きが始まるだろう。しかも、放課後は自由な生徒が多い。つまり、鬼増量キャンペーンが開催される。

 やべ、急に家に帰りたくなって来たぞ。


「ちなみに先帰ったら放課後二人っきりで美咲ちゃんと居たってクラスの男子に言っとくわね」

「鬼の所業ってこういう事言うんだって初めて知ったよ」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いてください。さ、案内しちゃって下さい! 陽仁くん!」


 悪気が一切感じられない、屈託のない笑顔を向けられると今すぐ灰になって消えてしまいそうなんでもう少し明るさ控えめにしてもらっていいですか。


 美咲と楓に捕まり逃れることのできない学校案内が今始まろうとしていた、てか天宮寺さん助けてもらってもイイっすかね? 普通美少女に囲まれるのってイケメンの特権だと思うんすよ。


「スマン陽仁、美咲がどうしてもって聞かなくてな……」


 流石イケメン、人を思いやる心までもイケメンとは。普通の人なら面倒で断ったりする場面での優しい一言、そしてイケメンスマイル。確殺コンボ決まってますこれ。とは言え俺は男なのでそのコンボは効かないし、普通に許せねぇよなぁ。

 まぁ、今日は部活ないし暇な日だから良いけど天羽先輩に見つかったら次会った時にネタにされるだろうからすでに帰っていることを祈るばかりだ。


「そういば、天宮寺って他の女子と比べて美咲と距離近いよな。なんか昔からの知り合いだったりするのか?」


 内心、どこか嫌な予感がありつつも気のせいであって欲しいと願いながら天宮寺の返答を待つ。


「そう言えば、まだ言ってなかったんだっけ。俺と美咲は──幼馴染だよ」


 まさかまさかの幼馴染でした。いや、普通元の学校のクラスメイトとか何かしらの問題を解決してくれましたとか。そんなのがきっかけで知り合いになりましたとかじゃないんだ。

 まさかの幼馴染キャラ。被っていても別に問題はない属性ではあるが、美咲にその属性が付いてしまうとなると必然的に楓がアウェイな構図が完成してしまう。


「そ、そうだったのか。初めて知ったぜ」


 さて、一方俺の幼馴染はと言うと……。


「ソ、ソウナンダー。オドロキダナー」


 明らかに動揺していた。いや、動揺しすぎでは? 少し焦ってるとかなら分かるけど今の状態は言わば初めての面接でガチガチになって居る大学生だ。

 このままでは楓が天宮寺に好意を持って居ることが美咲や天宮寺にバレてしまうっ! いや、天宮寺にバレるのはいいのか。


「あはは、楓ちゃん驚き過ぎですよ」

「そうだぞ。別に幼馴染なんて珍しいものでもないだろ?」


 なんて不安はよそに、主人公属性を持つ人間特有の鈍感スキルが発動していた。いや、鈍感というかただ驚きすぎて居るクラスメイト程度なんだろう。俺は楓の気持ちを知っているからこそ、バレるかもしれないと思って居るだけで案外バレないものなんだな。


「さて、衝撃の事実が判明したところでパパッと案内終わらせて帰るか」

「ゆっくりで良いですよ、早めに覚えるに越したことはないですから」

「……うっす」


 逃さんと言わんばかりの視線を送ってくる美咲に、はやる気持ちを抑え教室を丁寧に回っていく。とは言え、特に説明することはないのでゆっくり行こうとしても早めに回り終えてしまう。案内を終えて自分たちの教室に戻ると、楓達はしばしの雑談に花を咲かせていた。

 俺はと言うと、先に帰ろうとすると楓や美咲にバレそうなので地平線に沈んでゆく夕陽を眺めながら空気に徹していた。流石に、イケメンと美少女達の会話の輪に入れるほどモブは強くないのだ。


「退屈そうですね」

「美咲か……いいのか? 天宮寺と楓置いといて」

「ええ、輝くんはモテますが思いの外ガードが硬いんですよ?」

「そうなのか? ……いや、女子からの人気が高いからそうなってんのか」


 イケメン故に恋愛沙汰のトラブルが多い、モブみたいな俺には縁のない問題だがそれが原因で天宮寺は何かと苦労してきたのかもしれないと考えるとガードの硬さは納得がいく。

 楓も似たようなものだ。男子からの告白が多い分、女子とのトラブルも少なくはない。まぁ、大半の理由が『彼氏が楓を好きになった。どうしてくれるんだ』などと言う本人からすればどうすれば良いのかと問いたくなるほどの理由だ。


「楓もきたようなもんだけど、美咲だってそうなんじゃないのか? 可愛いし」

「ふふっ、可愛いだなんて……ありがとうございます。確かに、あのお二人とまでは行きませんが経験は少なからずありますね。陽仁君はありますか?」


 美咲さんの純粋無垢な質問が急に俺に刃を向けてきた。普通に致命傷な質問だが、ここは華麗にかわして見せるぜ。


「逆に、あると思う?」

「可能性はゼロではないと思います」

「残念、生まれてこの方浮いた話はないよ」


 うーん、自分で言っててなんだけどやっぱ辛ぇわ。なんとかかわそうとしたけど掠っただけでもダメージ喰らうタイプだったわ。畜生、俺だってモテてぇよ。


「優しいのに、皆んな見る目がないんですね」

「まぁ、他人に優しい奴なんてこの世にごまんと居るしな。優しいだけじゃモテないんだよ」

「それでも、その優しさに惹かれる人も居るかもしれませんよ?」


 え? 何その意味深な言い方。ピュアな男子はすぐに勘違いするからやめといた方がいいですよ?


 まぁ俺はそんなチョロい男じゃないんでそんなトラップには引っかかったりしませんけどね。

 少し期待したりとか、そんなことは断じてない。


「そんな人が現れるまでは気楽に過ごしとするよ」

「気になってる人とかもいないんですか? 楓ちゃんとか」

「う〜ん、居ないなぁ……楓もそんなんじゃないしな」


 楓は恋愛対象というか、幼馴染というカテゴリだから異性としてより幼馴染としての認識がどうしても強くなってしまう。まぁ、毎朝幼馴染から異性に見える瀬戸際で戦っては居るが。


「むしろ、美咲の方が天宮寺に好意を持ってそうだけどな。あんなに優しいイケメンに惚れない幼馴染は居ないだろ? 知らんけど」

「そこは自信持ってくださいよ。……まぁ、好意はありますけど」


 おっとぉ? 青春の香りがぷんぷんして来たぜ。いや、それと同時に女子同士の恋愛修羅場の不穏な予感が……。


「まぁ、あれだけ女子が憧れる『理想の彼氏』を体現してる奴が幼馴染だと好きにもなるか。ちなみに、良い感じなのか?」

「正直言って、輝くんは鈍感過ぎて私の気持ちに気付いてないと思います」

「うわぁ、さすが天宮寺。主人公みたいに鈍感な奴って本当に居るんだな……」


 最近の鈍感な主人公は、必ずボソッと出たヒロインの本音を最早難聴を疑うレベルの聴力で拾えずに「なんか言ったか?」と言うまでがテンプレになりつつある。

 まぁ、小さい声で呟いたのなら聞こえなくても納得できるんだがヒロインはヒロインで一人ごとのボリュームがデケェんだこれが。とは言え物語に一々イチャモン付けてるとただの厄介なクレーマーに成り下がるし、やめておこう。


「悪い奴じゃないし、面と向かって胸の内をぶつけて見ると案外両思いだったりするかもしれないぜ?」

「そ、それはまだ恥ずかしいと言いますか……」

「積極的なのかそうじゃないのか分からんな」

「でも、誰にも譲る気はありませんよ。もちろん──楓ちゃんにも」

「ッ! 気付いてたのか?」


 唐突に美咲の口から出て来た言葉に思わず反応してしまったが、その直後に探りを入れていたのだと気付いた。


「やっぱり、そうなんですね」

「……アイツには俺が言ったって言うなよ?」

「いいませんよ。なにより、輝くんのヒロインは私なので」

「随分と余裕そうじゃないか?」

「ええ、だって──楓ちゃんは私には勝てませんから」


 そう言ってフッと笑う美咲の笑顔は、少し前なら眩しい太陽のような笑顔に見えたのかもしれない。しかし、今の俺には楓の前に立場だからるラスボスのような笑顔に見えてしかたなかった。

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負けヒロインの幼馴染 猫又侍 @nekomatasamurae

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