#8.美少女、参戦!!

 楓と天宮寺のお出かけイベントの反省会を終えた次の月曜日の朝、俺は珍しく楓に起こされる形で起きる事になった。


 現在はぐったりしながら登校している。なにせ、昨日手に入れた新作のゲームが面白すぎて寝不足であると同時に楓の起こし方がまぁ過激だった事もありまっすぐ立つと社会的に立場がなくなる。


 なんなんだよ好きでもない男に対しての起こし方が上に跨って譲って起こすって。

 それは普通恋人か妹からしかやられないヤツだぞ? そう軽々しくやられると俺じゃなかったら勘違いしてるからね? と言うかこうして登校してるかすら危ういからね?


 そんなことは楓が分かるはずもなく、当の本人は次回の天宮寺とのお出かけプランを考え始めていた。まだ決まったわけじゃないのに早すぎる気がしなくもないが、おそらく第二回もあるだろうしなんとも言えない。


「ねぇ、次回はどこに行くのが良いと思う?」

「う〜ん、流石に遠出はできないだろうしなぁ……」


 金銭的にも年齢的にも色々と問題がある。

 とはいえ、ここら辺で娯楽施設といえば最近行ったショッピングモール程度。都会とは違って娯楽施設が少ないここら辺では、必然的に行く場所が同じ場所になってしまう。


 ただ、毎回同じ場所に出かけると言うのは次第に遊ぶ場所がなくなっていき最終的にはフードコートにずっと居座るなんてこともあり得るわけだ。


「まぁ、色々と考えていかないとな」

「家は流石に攻め過ぎでしょ? かと言ってショッピングモール以外かぁ……」


 楓は楓で色々と考えているし、そこまで俺が頭を悩ませなくても天宮寺は相手が一生懸命選んでくれた場所に喜んでついていくと思うけどな。


「別に来週また行くわけじゃないんだ。気楽に考えろよ」

「うん、そうする」


 そこで一旦会話は途切れ、結局クラスに着くまで会話はなかった。


 その道中でも、楓は必死に頭を悩ませていたのは顔を見ればわかった。楓は本気で天宮寺に惚れているのだ、幼馴染としてはできるだけ応援してきいたいものだ。


 ****


 教室に入り、自分の席に向かうと珍しく正敏がゲンナリとした顔で俺の机にうつ伏せになっていた。


「よだれが垂れると悪いから自分の机で寝てくれない?」

「お前友人がゲンナリしてる時に言うセリフがそれ!?」

「元気だろ」

「これのどこをどう見たら元気なんだよっ!」

「その声出せる時点である程度は元気だろ」


 去年、本当に落ち込んでいた時を見たことがあるがあの時はどんなことを言ってもグダグダとしていたのを覚えている。

 今は普通にギャーギャー騒いでいるし、落ち込んでいるとしても相当なものでもないのだろう。


「落ち込んでるとしても、どうせしょうもない理由だろ?」

「しょうもないってなんだよ。まぁ実際しょうもないけど」


 結局しょうもない理由だったと判明したので正敏を退かせ、諸々を机に入れる。

 退かされたにもかかわらず今度は自分の席から椅子を持って来て、すぐそばに正敏が座る。


「……なに?」

「いやぁ、暇だからなんか話そうぜ」

「話すネタが少なすぎて昼休みに話す事なくなりそうだな」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに。あ、そうだ。またこの学年に転校生がくるらしいぜ」

「またか? ついこの前は天宮寺が転校して来たばっかりだろ? まぁ、転校してくるにしてもうちのクラスは天宮寺が転校して来たわけだし流石に他のクラスだろ」


 逆に、このクラスに来たらそれはもう転校生専用のクラスと言っても差し支えないのではないだろうか。


 しかし、いつになく正敏がウキウキしている様子を見るにただの転校生で話そうなのは確かだ。そして、正敏がウキウキする様な転校生となると……


「転校生は美少女って噂でもあるのか?」

「お? 流石は陽仁、俺のことをよく分かってるねぇ……そう! 今回転校してくると噂の子は女子っ! しかもかなりの美少女だとの情報だ」

「はぁ……正敏、お前はいつもどっからそれを手に入れてるんだ?」

「企業秘密ってやつだ」


 企業でもなんでもないだろうが。


 * * * *


 さて、平和にホームルームが終わればその日の俺は変わらぬ日常を過ごせたんだが今はとても……いや、かなりまずい状況になっている。


 あらゆる方向から刺さる視線が痛い。


 てか殺気混ざってるよね? 嫉みの視線だけじゃないよね? 身の危険すごく感じてるんだけど。

 え? 俺今日死ぬ感じ?


「どうかしましたか? 千島くん?」

「え? ああ、なんでもないよ〜」


 まさか、本当にこのクラスに転校してくるとは……しかも転校生が九重さんだったなんて。

 転校してきたばかりで知り合いがいない中で、わずかに知り合いである俺を頼ってくれるのはありがたいんだが──なぜ隣に座る必要があるんですかね?


 全ての元凶と言うと聞こえが悪いが、実際元凶である。

 本人に悪気がないのがまた厄介で、せめて楓が加勢してくれれば一番楽だが生憎現在楓は委員会の集まりがあるとかで姿が見えない。


「それにしても、千島君が同じクラスで本当に良かったです」

「ソ、ソッカー」


 ダメだっ! 周りの視線が更に痛くなってるんですが!? 

もう殺気で人1人やれますよね!? あ、実際やられそうなのは俺か。なんて言ってる場合じゃねぇよ。


 この状況をどうにかしたいのは山々だが身動きが取れる状況でもない。かと言って、悪気が全くない九重さんが悪いようになることは避けたい。


 ……あれ? まさか詰んでる?


「大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですけど」

「え? あぁ、心配しなくても大丈夫だ」


 正直冷や汗が止まらないが、変に気を遣われせるわけには行かない。この空間から抜け出すためには楓と輝が帰ってくる以外にない……楓よ、早く帰って来てくれ。このままだと俺の命が危ない。


「こ、九重さん」

「美咲でいいですよ。その方が私も嬉しいです」

「そ、そっかぁ。じ、じゃあ……美咲さん?」

「"さん"は無くてもいいですよ?」


 辞めてくれ九重さんッ! これ以上親しくしてる雰囲気出すと本当にヤバいんだ。見ろよ、男子陣なんて今にも俺を殺そうと準備してるよ。あれなに? メリケンサックとか持ってるよね? 絶対殺すマンいるよね!?


「──美咲」

「はい!」


 笑顔が眩しい。けど、だぶん昼休みか放課後あたりに俺はリンチされる未来しか見えない。


「たっだいま〜! あれ? なんで死にそうな顔してんの?」

「楓、あとは頼む」

「え? ちょ、陽仁!?」


 一足遅く到着した楓に美咲を任せると、ゆっくりと席を立ち上がり教室の入り口で足を止める。おそらく、ここから先は地獄だろう。でも、俺はこの地獄を生き延びて明日の朝日を拝まなければいけない。


「かかってこいや、ノロマどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「「「殺す!」」」」


 この瞬間、俺とクラスメイト達による生きるか死ぬかの鬼ごっこという名のデスゲームが幕を開けたのだった。


 ****


「いやぁ、大変だったな陽仁。まさかあんなカッコつけて教室飛び出た後に速攻で陸上部の奴に捕まるとはな」

「うっせ、陸上部は反則だろうが。文化部に勝ち目はねぇっての」


 デス鬼ごっこから時はすぎ、昼休み。至る所が痛いがなんとか生きている。生きてるって、こんなに素晴らしい事なんだね。俺を産んでくれた母さんにとてつもなく感謝しているぜ。


「それにしても、九重さんといつ知り合ったんだ?」

「この前の日曜にショッピングモールでな。本屋で迷子の妹さんを送り届けてそのまま成り行きでな」

「へぇ、世の中何があるか分かんないもんだな」

「だな。まさか、二回連続で転校生がウチのクラスに来るとは考えもしなかったぜ」


 机の上に弁当を広げ、ボロボロの体に鞭打って弁当を食べる。メンタルと身体的にダメージを受けた体に染み渡る。

 それから正敏と雑談しながら弁当を食べ進めていると、天宮寺と美咲と弁当を食べに行ったはずの楓がすぐそばにな立っていた。


「よっ! ボロボロだねぇ」

「なんだよ。見せもんじゃねぇぞ」

「あはは、ごめんごめん」

「はぁ……で? 何の用だ? 弁当忘れたとか?」

「それで陽仁にお弁当を集りに来るほど私は食いしん坊じゃないけど!? まぁいいや。陽仁、アンタ放課後暇?」


 おっと、なんだか急に流れが変わったぞ? 嫌な予感しかしないが……ここは一つ用事があると誤魔化した方が身のためか?


「い、いやぁ実は用事があって──「ダウト」なにぃ!?」

「いつも放課後暇してる陽仁に用事があるわけない。じゃあ暇って事で」

「拒否権を行使する」

「いいの? 美咲ちゃんからの頼みを断った男になるけど」

「謹んでお受けいたします」


 それは流石にずるいって。あのルックスだし、おそらくこの昼休みの間にファンクラブもしくは親衛隊が結成されているに違いない。そこに俺が美咲の頼みを断ったなんて情報が流れた日には……あれ? 俺って最近命の危機が迫りすぎなのでは?


「ちなみに、頼みって何だよ」

「それはね──学校案内だよ」

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