#6.他人のデートを尾行する罪悪感は計り知れなあ

 楓のデートに向けた服選びから一週間が経ち、気づけば俺はまたショッピングモールへと足を運んでいた。


 え? なんでまた来てるのかって? それは俺が知りたいくらいだよ。

 その二週連続でショッピングモールに行くと言ったら真面目に体調を心配され、危うく病院に連れていかれそうになった。少しは息子を信じろよ。


 原因は先週の楓との帰り道、楓から「デートの日も見守っておいて」となぜか頭を下げられ断りきれずに引き受けてしまったのが原因だ。

 まさか、幼馴染からデートの姿を見せつけられる日が来るとは思っていなかった。畜生、先を越された。


 とは言え、休日に幼馴染のデートを尾行するだけでもやば目な筈だがさらに一人で歩き回ると言うのは流石に怪しすぎだろ。

 行くとしても本屋かゲーセン程度。


 まぁ、デートでそこだけしか行かないと言うのはまず無い。つまり、今日一日中俺はただの尾行するだけのヤバい奴にならなければいけないという事だ。


 許さん、許さんぞ楓。


「にしても、何で俺は律儀に集合の十分も前に居るんだか」


 携帯に表示される集合時間より早い時間。


 こういうデートの時は大抵、お互い予定の時間よりも早く来て『え? 何でこんな早く来てるの?』『そ、それはそっちもだろ』なんてやり取りが起きるのが相場であり、それが起こってしまえばそれはもう集合時間もナニもない。


 そう言ったことにならないためにも、こうして早めに来ているわけだが……


「二人とも来ねぇ……」


 先に二人で入っていったことも考えられるが、事前に家を出た時は楓から連絡が入る様になっている。

 その連絡が、いまだに来て居ない。


 ただ寝坊しているだけなのか、それともやっぱり二人だけで楽しみたいと考えて俺に連絡するのをやめたのか……俺としては後者であってほしい。


 しばらくベンチに座り風に晒されているとポケットから通知音が鳴り、確認した所単純に連絡を忘れて居たと言う旨のメールが届いた。


「つまり、休日で混んでるショッピングモールの中で見つけ出せと……帰るか」


 流石に場所を教えてもらったとしても尾行するんだから近付くわけにはいかない。かと言って、人混みの中で遠くから眺めるのも楽じゃない。あれ? 無理ゲーなのでは?


「でも、行かなかったら行かなかったで後が怖いからな……仕方ない。行くか」


 重い腰を上げ、人混みの中へと入って行く。


 人混みとはいえぎゅうぎゅう詰めになるほど人で溢れかえっている訳ではないので、思いの外楽に楓たちを見つけることができた。


「お? しっかりあの服で着てるのか」


 普通、女子はデートのために服を吟味したりするのもまた一つの楽しみなのだろう。しかし、楓は一週間も前から考えている。

 流石に、天宮寺も楓がそれほど前から準備しているとは知らないだろう。と言うか、バレたら気まずくなるだろ。


「にしても、やっぱ俺と話す時より笑うな」


 普段家で並んでゲームする時はよくキレ散らかしているし、お笑いで腹を抱えて笑っている楓はよく見る。


 ただ、今天宮寺と会話をして笑っている楓はそのどれにも当てはまらない。自然な笑顔。言うなれば、幸せそうだ。


 それはまぁ、好きな人と出かければそうなる。俺だって、好きな人と出かければ自然に頬は緩むだろうし楽しいと思える。俺に好きな人がいないと言う欠点を除けばだが。


「尾行ばっかしててもあれだし、本屋でもよるか」


 変に目立つのは避けたいし、全部を監視する必要もあるまい。誰にも邪魔されない、二人だけの空間も大切にするべきだと思う。楓には悪いがしばらくサボろう。


 * * * *


 サボろうなんて息巻いて本屋に立ち寄ったわけだが、よくよく考えればつい最近楓の服を選びに行ったついでにめぼしい本はあらかた買っていたのを思い出した。


 本屋は買わなくてもどんな本があるかを探検する楽しみと言うものがある。しかし、わざわざ店に入って何も買わずに出るのも悪い気がする。


「新しい漫画でも開拓してみるか? いや、でも財布にダメージが……ん?」


 ふと、漫画コーナーを抜けた先。本屋の一番奥の角に小学生位の少女が蹲っているのが視界に入った。

 流石に見つけておいて放置は後味が悪い。


 服装は別に怪しい訳ではない……よし、行ける。


「君、こんな所でどうしたの?」

「お、お兄さん……誰?」

「俺は陽仁、君は?」

「……九重華」

「華ちゃん、いい名前だね。それで、こんな所でどうしたの? お父さんやお母さんは?」


 なるべく怖がらせないよう、優しい声でゆっくりと話す。


 幸い、怖がられてはいないようなのでそこはひとまず安心だ。


 これで泣かれてたら俺は精神的な死んでただろう。


「お姉ちゃんとお母さんのプレゼント買いに来たの」

「へぇ……ってことは逸れたのはお姉ちゃんって事でいいんだね?」

「うん」

「この人だかりの中でピンポイントで見つけるのは難しいしな……よし、取り敢えず迷子センターに行こっか」


 華ちゃんを連れ一度店を出る。

 流石に人混みに流されると悪いので、一応手を繋いでいるが身長差の問題で思いの外キツい。しかし、まだ幼い子を知り合いでもないのに肩車するのは完全に不審者なのでとりあえず我慢している。


 なんとか人混みを抜けて迷子センターに到着し、職員の人に迷子の子供を見つけた旨を伝えた。


「そういや今……げっ! そろそろ行かないと!」

「お兄ちゃん?」

「ごめん華ちゃん、俺もう行かないと。お姉ちゃん、早く来るといいな」


 華ちゃんに別れを告げ、急いでモール内を探し回る。

 楓からモールを出た連絡は来ていないし、まだモール内に居るはずだが……


「早く見つけないと──って、あ〜」


 探すこと五分、フードコートの前に差し掛かると入り口より少し離れた丸テーブルに楽しげに笑う二人の姿があった。


「なんだ、別に跡なんてつけなくてもしっかりできてるじゃん」


 俺が見てなくてもしっかり出来るってことはもう帰っていいって事だとは思うが、流石にここで帰ると後々楓がめんどくさくなる可能性があるため下手に帰れない。


 かと言って、それまで大きな用事もないしなぁ。


「あ! お兄ちゃん!」

「ん? あぁ、華ちゃん」


 人混みの中でも透き通るように聞こえてきたのは、先ほどまで一緒にいた華ちゃん。しかし、視線を移せば華ちゃんの隣に見知らぬ女子が居た。

 手を繋いでるし、おそらくは華ちゃんが言っていたお姉さん。無事合流できて何よりだ。と、言いたいところだが用事があると去った手前すぐに再開するとどこか気まずい。


 そんな事は梅雨知らず、純粋で元気な華ちゃんは勢いよく俺の足に抱きついてきた。この子人を信用するの早くないですかね?


「あの……貴方が華を見つけてくれた人ですか?」

「はい。千島陽仁って言います」

「妹を見つけてくれて本当にありがとうございます。私は九重美咲と言います」

「いえいえ、無事合流できて何よりです」


 結論から言おう、美咲さん綺麗すぎません? 綺麗すぎてなんか天宮寺と組み合わせたら眩しすぎて目が無くなる勢いで綺麗すぎる。


 よく見てはいけないがスタイルも楓に負けず劣らずだし、さっきも言ったが天宮寺並に顔がいい。ドラマのヒロインとして出てきてもなんの差し支えもないレベルだ。

 髪型は腰よりやや上まで伸びたロングヘアーで、立ち方や話し方から清楚を具現化したような人物だと言うのが第一印象だ。


「恥ずかしいのですがつい最近ここら辺に引っ越してきたばかりで、このモール内の事もまだよく分かってなくて……。そこで妹と逸れて、どうしようかと途方に所でした」

「そうなんですね。何はともあれ、よかったです」


 やばい、楓以外の女子と喋らなさすぎて「よかったです」とかしか言えないっ! そうでなくとも高確率で似たような言葉を言ってしまう。


 でも仕方ないだろう? 美少女を目の前にしてテンパらない男はいない。いたらそれは経験豊富かただのモテるイケメンかだ。


「よければお昼をご一緒してもらえますか? 妹が陽仁さんを気に入ったらしいくて……」

「あ〜、お誘いは大変嬉しいんですど用事があってそろそろ帰らないと行けないので」

「そうですか……では、連絡先だけでも交換しませんか? 今度お礼がしたいので」

「……分かりました」


 連絡先を交換してその場は収まり、再び楓の尾行を再開しようとしたがしっかり楽しめているようだし『大丈夫そうだから帰る』とだけ言って帰宅することにした。


 結果、翌日に面倒なことになるとも知らずに。

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