#5.デートする前に男と服選びに行くなよ

 イケメン転校生こと天宮寺が転校して来てはや二週間、学校案内以降俺は特にこれと言った接点を持つ事はなくいつもと変わらない日々を過ごしていた。


 今日も小春の朝練に付き合い体がボロボロになった体で珍しくショッピングモール前の広場で人を待っていた。


 家族に出かけると言った時には「あの陽仁が?!」とか言われてたんだけど、どんだけ外出てないと思われてんだよ。小春の朝練で外出てるだろ。


 待ち合わせの時間は午後一時、現在の時刻はもう直ぐ一時になる所だった。

 未だ待ち人は来ず、一人ベンチに腰掛けて空を見上げていた。


「ごめん、待った?」

「今来たとこ……と言いたいが十分前には待ってたな」


 ベンチのすぐ側で白と水色の入り混じったワンピースを着た楓が俺を覗き込むようにして立っていた。


「そこは余計なこと言わなくていいんだげど?」

「生憎、その言葉は天宮寺に言われるのを祈っとくんだな」


 ベンチから立ち上がり、楓と並んでショッピングモールへと向かう。

 今日の目的は楓の服選びだ。来週末に天宮寺とデートに行くための、だがな。


 * * * *


 ことの発端は金曜日の夜、不意に楓から電話が掛かって来た事が始まりだ。


 普段からトークアプリで話す事はあれど通話は中々する事はなく、年に数回あるかどうかと言った所だ。

 俺も楓も、普段登校している時から話しているし夜になってまで話す話題と言うのはなかった。


 そんなこともあって、夜に楓が電話を掛けてくるのは珍しいことだった。


「もしもし楓? 珍しいな、電話してくるなんて」

『ま、まぁね……少し相談というかなんと言うか……』

「相談? そんなの、クラスの女子の方が早いんじゃねぇか?」

『ク、クラスの人にはちょっと相談し辛いと言いますか……なんと言いますか……』

「ふ〜ん、まぁ幼馴染の方が気楽に話せるってんなら理解できなくもない。どれ、話してみよ」


 相談なんて殆どされたことがないのに、いきなり相談を持ちかけてくるとは驚いた。しかし、ここ最近で相談されるようなことと言えば天宮寺絡みのことだろう。


 というか、それ以外考えられない。


 楓は大抵のことは一人でこなせるし、相談するとしてもクラスの女子に話すことが多い。だから俺に相談してくるなんてことはない訳だが、天宮寺絡みとなれば男の俺の意見を聞きたいと珍しく電話を掛けてくることは不思議じゃない。


『そ、その……陽仁って女の人と二人で出かける時はどんな服を着て来て貰ったら嬉しいのかなと思って』

「……天宮寺とか?」

『うぇ?! な、なんで分かるのよ!』

「いや、最近よく話してる男子なんて天宮寺だけだろ──と言うか、二人で出かけるのか。デートか?」

『でっ、デートって訳じゃないわよ』

「無理があるぞ?」


 この世のどこに男女二人で出かけるのにデートじゃないって言う奴がいるんだよ。普通男女二人で出かけるって言ったらデート以外あり得ないだろ。

 仮にそうでなくとも、周りからしたらそうにしか見えない。


『とにかく! 天宮寺くんと出かけるのに下手な服装はできないでしょ? だから身近な男子の陽仁にどんな服を着れば男子が喜ぶのかなって聞きに来た訳よ』

「ほぉ、いつも俺と遊ぶ時は『暇人』って書いてあるTシャツなのに天宮寺の時は気合い入れるんだな」

『当たり前でしょ? 男子と出かけるよの?』

「あれ? まさか俺男子扱いされてない感じ?」


 衝撃発言すぎて片手間にやってたゲームやられたんだけど? いや、身近な存在すぎて異性として認識されてないだけなのかもしれない。


 そう考えると俺だって楓のことは幼馴染としてしか認識してないし、異性としてカウントされないのは頷ける。


 逆に考えれば、楓は天宮寺を異性だと認識して二人で出かける訳だ。


 それって結局デートなのでは?


「男子が喜ぶ服装ねぇ……好みなんて人それぞ出しなぁ」

『ん〜、分からないなら明日買い物に付き合ってよ』

「天宮寺と出かける服を買いに行くってことか?」

『そうだけど?』

「デートする前に男と服選びに行くのはどうなんだ?」

『陽仁は幼馴染でしょ? 別に今更気にしないわよ』


 矢張り、俺は幼馴染で異性ではない身近な人判定らしい。


 幼馴染だからと言って、本人は気にせずとも天宮寺の方が可哀想なのでは? まあ、天宮寺なら笑って許しそうではあるが。 


「……わかった、じゃあ明日の午後一時ショッピングモール前のベンチに集合な」

『分かったわ。陽仁、遅刻したりしないでよ?』

「へいへい、楓がつくより先には待ってますよ〜」


 こうして、天宮寺とデートするための服を買いに行くことが決まってのである。


 * * * *


「しっかし、このショッピングモールはいつ来ても人がいっぱい居るよな」

「まぁ、この街で一番大っきいショッピングモールだからね。品揃えもいいから私もよく来てるよ」


 インドアの人間としては滅多に来ないショッピングモールはいつ来ても新鮮で、目新しいものばかりな気がする。と言うより、店が多すぎて一つの店をじっくり見ることが殆どないからどれもこれも新しく見えるのだろう。


「よく来てるって、友達とか?」

「主にそうだけど、たまにお母さんとも来るよ」

「そう何度も着てると飽きたりしないか?」

「いや、そんなことはないかな」


 ショッピングモールと言えばさまざまな店舗が入り混じり、まるでテーマパークの様な場所だと勝手に思っている。しかし、何度も同じテーマパークに行くと少し飽きてくる様に同じ場所に何度も行くと飽きてくる。


 それがないと言うのだから、楓はすごい。

 いや、単に俺が変なのかもしれないが。


「今日の目的は天宮寺とのデートに着る服でいいんだよな?」

「そうだね。まぁ他は追々考えていく感じ」

「了解、取り敢えず荷物持ちに徹するか」

「陽仁の意見を聞くために呼んだの忘れてない?」


 忘れてはいないが選ぶのは大抵、俺の好みであって天宮寺の好みを知っていてそれを助言するわけではないことは理解しているのだろうか。いや、して居ると信じよう。


 気になる男子と出かけるために服を買いに来ているからなのか、いつもよりも機嫌が良く鼻歌まじりに隣を歩いている。天宮寺は果たして男と選びに行った服を了承してくれるのだろうか……。


「さて、まずはどこなんだ?」

「えっと、まずは──」


 * * * *


「ふぅ〜、結構疲れたな」

「だね。結構選ぶのに時間かかっちゃった」


 あれから約二時間、ようやく服選びもひと段落してフードコートで一休みしていた。

 俺と楓はそれぞれ違うファストフード店のジャンクフードを片手に今日の成果を話し合っていた。とは言え服自体にそこまで時間をかけた訳ではなく、他のアクセサリーなども含めて二時間と言ったところだった。


 そこそこの値段をするものを買ったわけではなく、無理のない範疇で考えられたコーデは安く済ませたとは思えないほど完璧な着こなしだった。


「俺、結局必要なかったのでは?」

「まぁ……荷物持ちにはなったし?」

「さいですか」


 俺の意見を聞くために呼んだと言った割には中々意見を聞こうともせず、自己完結してどんどん買い物を進めていくものだから気が付けばただの荷物持ちに徹する形になっていた。


「それで、今度のデートは上手くいきそうか?」

「ええ、お陰様でハートを掴めそうよ」

「……やっぱ好きなのか」

「へ?」

「いや、とくに今までの会話で天宮寺を『好き』とはハッキリ言ってなかったから、そうかもしれないとしか思ってなかったんだが……矢張りか」

「──っ! は、計ったわね!」


 ただ楓がポロッとボロを出しただけなんだけどなぁ……いや、これを口に出したら何をされるか分からない。この気持ちは心の中に留めておこう。


「まぁ、俺は応援してるから。頑張れよ」

「あ、その事なんだけど……」

「ん? 何か問題でもあったか?」


 急にモジモジし出す楓。なんだか嫌な予感がするんだが、気のせいだよな? 気のせいであってくれよ?


 しばらくああでもない、こうでもないとぶつぶつと悩んでいたが意を結したのかバッと顔を勢いよく上げた。

 その勢いで胸が大きく揺れ、わずかに釘付けになったのはばれていなさそうだ。仕方ないよね、男だもの。


「その……あの……」

「そんなに言いにくいことなら帰ってからメッセージで伝えても良いんだぞ?」

「いや、言う。ここで言う」

「おう。それで、なんだ?」

「えっとですね。当日も見守って欲しいな〜、なんて」

「………はぁ?!」


 まだまだ、俺の仕事は終わりそうになさそうだ。

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