#4.天文学部のヤベー奴

 俺や楓が通う私立八木水高校にはさまざまな部活が存在し、外部部活以外の生徒は基本どこかしらの部活に所属することが義務付けられている。

 面倒ではあるが私立であるため生徒の人数は多く、それに比例する様に部活の種類も多い。


 ごく稀に訳のわからない部活が存在しているが、それを含めても数多の部活がこの学校には存在する。


「あれ、陽仁今日は部活あるの?」

「まぁな。今日もどうせ雑談だろうけど」


 楓は外部でピアノを習っているため、部活で学校に残ることはない。しかし、俺は外部には所属していないので必然的に部活に入部しある程度学校に残る時もある。


 俺が所属しているのは天文学部。部員は俺を含めて二人とかなり弱小ではあるが、一応天体観測というしっかりとした活動をしていたりする。


 まぁほとんどの活動が雑談だけど。


 部活内容からしてもっと多くの人が入りそうな天文学部。しかし、その裏にはただならぬ事情が存在している。


「じゃ、俺は部室に行くから」

「うん。じゃあまた明日」


 楓と渡り廊下で別れると、人気の少ない二号塔の二階の一番奥の一つ手前よ部屋へと進む。

 基本鍵はかかっておらず、簡単に不法侵入できてしまうガバガバ部室。特に盗まれるものないから空いてるんだけど。


 扉を開けると中央に長机が二つ向かい合う様に並べられており、その右側に置かれた椅子に一人の少女が天文学の本を手に取り読書に勤しんでいた。


「今日も部長は来るの早いですね」

「僕の学校にくる理由は大半が部活だからね」

「いや、そこは嘘でも勉学とか言ってくださいよ」

「勉強のためか……僕がそんな理由でくるとでも?」

「仮にも部の長がそんな事しれっと言うんですか……」


 肩で切り揃えられた艶やかな黒髪に本人曰く母親譲りの青色の瞳。そして控えめな胸部に、女子にしては珍しい一人称が僕である彼女はこの天文学部の部長にして天文学部の部員数が少ない最大の原因──天羽葵あまばねあおい


 俺以外の唯一の天文学部員であり、この部の長。

 一部からは近付いてはいけない構内人物ランキングのトップを飾り、現在でもなおその頂点に君臨している。


 天羽葵、またの名を──『天文学部のヤベー奴』。


 * * * *


 俺が天羽部長と出会ったのは入学して間もない頃、俺の学校では新入生に向けて全ての部活が自分たちの部活をPRすると言う行事がある。


 数多くの部活が紹介される中、一際目立っていたのが天文学部だった。


 紹介された中で唯一の一人しか所属しているない部活、そしてその一人が容姿が整った人物となれば多くの人が惹きつけられるのも納得だった。


「天文学部ではその名の通り、主な活動は天体観測だ。しかし我が天文学部に入部するには僕が出した課題、もしくは僕が気に入った者のみ入部を認めよう」


 そんな衝撃的な入部制限をかけた天文学部に面白半分で入ろうと試みた者たちが何人もいた。しかし、そのことごとくが天羽部長の課題をクリアすることが出来ずに散っていった。

 そして、次第に天文学部に入ろうとする者はいなくなり終いには天羽部長を絶対に部員を入れる気のないヤバい人と認識する人が増えて行った。


 かく言う俺も、天文学部に入ろうとは思っていなかったしできれば関わりたくないと思っていた。

 だが、そんな気持ちはつゆ知らずある日の昼休みに天羽部長が俺のクラスを訪ねてきた。


 もちろん、当時は俺以外の誰かそれこそ学園でも目立っていた楓に目をつけたんじゃないかと思っていた。しかし、そうは行かずなぜか天羽部長は俺の元へと歩み寄って来ていた。


 しかも、その時はちょうどどの部活に入るかと言う話題になっていた。


「えっと……天羽先輩ですよね?」

「ああ。そう言う君は千島陽仁だね?」

「そうですけど……俺に何か用で?」

「そうだ、君にこれを渡しにね」


 そう言って差し出された一枚の紙は入部届だった。


 しかし、なぜか部活動の名前はすでに記入されており『天文学部』の四文字が記入されていた。


「えっと……これは?」

「僕は君を気に入った、だから君には天文学部に入ってもらうよ」

「……ちなみに拒否権は?」

「断ったらここで号泣する自信があるが……どうする?」

「わーい、うれしいなー!」


 ここで号泣されたら完全に俺が悪くなる事を見越している天羽部長に逃げ場を無くされた俺は、大人しく入部届を提出する他なかった。


 * * * *


 結局、俺以外天文学部に入る者はおらず今はこうして天羽部長と俺の二人のみの部活に落ち着いている。


「と言うか天羽部長のせいで俺まで変人みたいな目を向けられてるんですが、そこらへんどうしてくれるんです?」

「まぁ良いだろう? 僕と二人きりの部活、ドキドキするだろ?」

「色んな意味でドキドキしますね」


 なにせクラスの男子……いや、学年中の男子からの視線が殺気を放っている。それはもうドキドキしない訳がない。


 なぜそうも殺気を向けられるのかと聞かれれば、天羽部長はその容姿も去ることながらそれを生かしてモデルの仕事なんかもやっちゃってたりする。しかも結構有名。

 因みに教員たちに話は通しているらしく、特に怒られる気配はない。


 入学当初、天文学部に多くの男子達が入ろうとしたのも天羽部長が人気モデルだからと言う下心もあったのだろう。

 そんな天羽部長になぜか気に入られ天文学部で二人きりなんてなった暁には変人扱いに加えて妬みと殺気が入り混じった視線をぶつけられる訳だ。


「天羽部長はなんで俺だけを部員にしたんですか? もっとこういい人いたでしょうに」

「確かに、千島くんより良い人はいっぱいいるかも知れない。でもね──面白そうな人は君だけなのさ」

「面白そうって、俺じゃなくて俺の周りがでしょう?」

「そうとも言う」

「それ以外ないだろうが」


 ワッハッハと笑う天羽部長。この人ほんとに人気モデルなんだよな? 笑い方が魔王のそれなんですが……。


 とは言え天文学部なんて一人でも成り立つような部活だ。


 星を見てそれを語り合う。


 一見ラブコメ展開に発展しそうな雰囲気だが、俺と天羽部長の間にそんな関係は築かれていない。と言うより、築く気がない。


 俺も天羽部長も、良き先輩後輩の関係だと認識している。


 そもそもの話、俺が天羽部長に手を出したとなれば校内の男子生徒総出で俺をしばきに来るだろう。それだけはなんとしても回避しなければならないのだ。


 そんな訳で、俺と天羽部長は部活中は基本星の話しかしない。元はそこまで興味がなかった星の話も、今では結構ハマってたりする。

 それはひとえに、天羽部長の星に対する熱に当てられたからなのだろう。


 俺はモデルとしての天羽葵と言う人間は知らない。

 でも、天文学部の部長としてのただひたむきに星と向き合っている天羽葵と言う女子高生を知っている。


 完全に高校腕組み彼氏面の痛い奴だが、正直言って星の話をしている時の天羽部長の笑顔はやはりモデルなのだと実感させられる程かわいい。

 しかし、俺も巨乳美少女幼馴染を知り合いに持っている身。それだけで簡単に落ちるようなチョロい男ではないので安心して欲しい。


「そういや、天体観測の予定は今月末でしたよね」

「そうだね。学校側からの許可を貰って当日に屋上の鍵を受け取ってやる予定だ」

「……今まで気になってたんですけど、夜の学校に男と二人で行くのって大丈夫なんですか? モデル的に」

「部活動ではそう言うのは意識してないよ。それに、君の前ではモデルの天羽葵ではなくただの天文学部の部長である天羽葵でいたいからね」


 フッと笑う天羽部長の笑顔は矢張り可愛くて、お手も穏やかな笑顔だった。

 もしも楓が幼馴染じゃなかったら美少女耐性な差すぎて惚れてた。


「……そっすか」

「お? 照れてるね? このこの〜」

「う、うぜぇ……」


 仕方ないじゃないか、モデルのガチスマイルなんて照れないやつは男じゃない。

 それから部活終了時間まで照れたことをネタにいじられる事になるのはまた別の話。

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