#2.イケメン参戦!

 自己紹介と同時にフッと笑うイケメン。

 おそらく俺が同じことをしたらただの悲鳴が聞こえてくるだろうが、このイケメンは違う。


「キャー! イケメン、イケメンよ〜!」

「この日を待ってたわ〜!」

「ぐふっ、新たなカップリング……ぐふふっ」


 この通り、黄色い歓声が飛び交っている。


 最後の方は気にしてはいけない、気にしたら負けだ。


 とにかく、イケメンが登場した事により女子の歓声が俺の鼓膜を突き破らんばかりに響いている。本当に鼓膜無くなっちゃうからもう少し声量落としてもらえます? あ、無理ですか。


「それにしても、本当にイケメンだな」


 教壇の上に立ち、未だ笑顔を浮かべる天宮寺。

 テレビに出ているような芸能人と比べても見劣りしない容姿に思わず心惹かれてしまう様なイケメンボイス。

 しかも噂によれば学校始まって以来の編入模試満点を叩き出したと聞く。顔もいいし頭もいいってもう勝てる気がしない。


 ふと、今朝の会話が気になって楓の用をむいてみると案の定目を丸くして天宮寺のことを見ていた。

 しかも不自然に開いた隣の席、そして転校生とくればおそらく──


「天宮寺の席は……逢崎の隣だな」


 ほらみなさい、ラブコメの始まりだね。

 クラスの人達も楓の隣にある席を見てなんとなく察したのか、黄色い声援が止む。彼女達も、おそらくラブコメの波動を感じたのだろう。


「まぁそういう訳でみんな天宮寺と仲良くするように」


 それだけ言い残すと、先生は教室を後にした。

 そして、暫くの静寂ののちに教室内はどっと勢いを吹き返し大勢の人が天宮寺の席へと群がっていた。

 あの、今から授業ありますよ?


「いやぁ、予想はしてたけど大人気だね陽仁」

「イケメンの度合いが違うだろあれ……勝てる気がしない」

「だね。それに、楓ちゃんの隣になったのは面白そうだ」

「たしかに、ラブコメを近くで見れるのは健康にも繋がるって聞くしな」

「こらそこ、勝手に変な事に健康を絡めない」


 ラブコメで栄養補給は常識ダルォ?! 何言ってんだコイツ。そしてお前も何言ってんだこいつみたいな顔をしない。


 しかし、ラブコメ展開を期待してはいるが果たして楓でラフな状態で話せるような相手なのかどうなのか。まずはそこからだろう。

 もしいつものお堅い楓だとしたらラブコメ展開は望み薄だが──


「天宮寺くん、よかったら学校案内しようか?」

「え? 本当? 嬉しいよ」


 はい、これラブコメ確定な。

 ラフな状態でも中々見せない微笑み見せてますやん、こんなんラブコメ展開が待ってますよって言ってる様なもんじゃないですか。


「天宮寺くん、みんなには向けられない様な笑顔向けられてるね……」

「あれはもう恋愛まっしぐらだろ」

「幼馴染としてはどうなのさ」

「ようやく楓にも春がきたなって感じ」

「年中春きてるでしょ……」


 告白されたとかモテ期だとか、そういう話ではない。

 単純に、楓が心の底から好意を寄せられそうな相手が現れたからそう言っているのだ。

 告白されたことが春なら俺に一生春は来ない。逆に恋したことを春といえば俺は定期的に春を迎えられる可能性がある。言っていて悲しくなるが、背に腹は変えられない。


「取り敢えず放課後は暇になったし久しぶりきゲーセン行くか?」

「お、いいね……と言いたいけど今日は妹の迎え行かないと行けないから無理」

「了解。じゃあ大人しく俺も帰るかなぁ」


 先生が入って来た時点で会話を辞め、授業へと頭を切り替える。

 いつもなら互いに暇人同士ならんで楓と帰るところだが、おそらく放課後に案内するつもりなのだろう。

 邪魔しては百合の間に挟まる男レベルの大罪を科せられる可能性が無きにしも非ずなので、ここは大人しく一人で帰る。ふっ、非モテ男子は孤高なのさ……


 * * * *


 時は過ぎ放課後。

 俺は一人孤独に帰る準備をして、さて帰ろうとしていた筈なのだが……


「──なんで俺まで一緒に案内をするんだよ」

「そりゃ陽仁は今日部活ないから暇だろうし、手伝ってもらおうかと思って」

「確かに俺は暇人だけど、そこは男女二人で放課後のキャッキャウフフを期待するところじゃないんですかね?」


 俺は何故か楓に引っ張られ、イケメン転校生こと天宮寺の学校案内に手伝わされていた。

 他人に見られたら美男美女の間に挟まる何かになるだけなんで嫌なんだが、おそらく拒否権はない。


「キャッキャウフフって……何言ってんの?」

「あはは、俺も流石に女の子と二人きりは恥ずかしいかな」

「畜生! 見せつけやがって!」

「一体何を見せつけたと?!」


 それだよ! そのいかにも『今からお互いを知って恋に落ちますよ』感。校舎内、人気のない教室で二人きり。そして何も起こらないわけもなく……あ〜、想像しただけでコーヒー五杯は飲めるね。

 しかし、天宮寺の言うことも理解できる。俺だって、転校初日に楓みたいな顔立ちの整っている巨乳美少女に学校案内されるとか言われたら緊張する。


「暇なのは否定できないし、天宮寺の貞操のためにも俺も同伴しよう」

「私をなんだと思ってるの?」


 さてさて、なぜか不満げにこちらを見ている楓さんは放っておいてまずはどこから案内しようか。

 いや、そもそも俺がそんな事を考える必要があるのだろうか? もしかしたら、楓がすでにプランを用意していたりしたら申し訳ない。


「それで? どこから見るんだ?」

「全然考えてないわ」


 お前に期待した俺がバカだったよ。


 * * * *


 結局、俺がルートを決め校内を案内することとなった。

 本来であれば空気に徹して二人のいい感じの空気を間近で見れたらよかったなと思っていたが、楓が予想以上に計画を立てていないせいで思いがけず先頭に立つ事になってしまった。

 おそらく俺の背後では手を繋いだり目を合わせて笑い立ったりしてるんだろうなぁ……いや、流石に初日で進展しすぎか?


「ぼーっとしてるみたいだけど大丈夫?」

「考え事をしている点で聞かれているのならどっかの誰かさんのせいで大丈夫ではないが?」

「うっ、ごめんなさい」


 反省している様でそこまで強くは言わないがなぜかその横で天宮寺がクスクスと笑っている。何故笑う?

 まさか、楓の接し方の違いを見て『あ、こんな一面もあるんだな』なんて考えて恋に落ちたり? ギャップ萌えしてたり?!


「ごめん、二人とも仲良いなと思ってさ」

「そうか?」


 ギャップ萌えじゃなかったらしい。

 しかし、仲が良いか……上っ面だけ見れば良いのか。朝の攻防戦に登校中の話なんかを聞かれた日にはどうなるのだろう。別にやましい話をしているつもりはないが、普段とかけ離れた楓にそれこそギャップ萌えを感じるのではないだろうか。


「逢崎さんも、なんだか千島くんといるとこう……自然体に慣れてる気がするんだ」

「そりゃまぁ、幼馴染だし他の人と比べると付き合いは長いから気の置けない関係なのは否定できないな」

「そうね。基本的悩みを気軽に話せるのは陽仁が一番楽ね」


 腕を組んでうんうんと頷く楓。いや、あんたも少しは校内を案内しようとしてくれません? さっきから俺ばっか案内してる気がするんですが?


「うん、なんか二人はお似合いって感じだよ」

「「それはない」」

「そんな声を揃えて否定しなくても良いんじゃ?」

「天宮寺、いくら幼馴染たとしてもそう簡単に恋愛感情を抱くことがあると思うなよ」

「そうね、私も幼馴染としか見てないし」


 そもそも、俺は幼馴染が誰かに恋する所を近くで見てラブコメを堪能したいんだ。しかも、恋愛対象になんてされたら俺の体が持つ気がしない。

 現に朝起こしに行くだけでも精神をすり減らしているのだ。付き合ったら理性が保てる気がしないね。


「まぁこの話は終わりだ。楓、トイレ行ってくるから先に案内しといてくれ」

「分かった……って言ってもあと図書室くらいだけどね」


 スタコラさっさとトイレに駆け込むと、洋式トイレのスペースに入る。

 これで良い……これで良いのだ。

 二人きりにして良い感じの雰囲気を作らせ、俺がトイレから戻ってくる頃にはさらに良い感じの間柄になっている事を期待しよう。


 * * * *


「はぁ……」


 天宮寺の学校案内が終わり、帰り道を楓とならんで歩いている。

 結果だけ言えば特に良い雰囲気にはなっておらず、普通に図書室の案内をしていた。なんでそんな時だけ真面目んだよ。


「なによ、その不服そうな顔」

「いや、なんでもないが……」

「顔に納得いかないって書いてあるけど?」

「納得いってない訳ではない」

「じゃあなに?」


 そもそも、たかが数時間程度でラブコメが始まるとは思っていない。まして、曲がり角でパン咥えながら走ってたらぶつかっちゃった。なんて出会いでもない。

 今日一日中のドキドキと徒労は、無駄に終わったことさえ省けばそれなりに良い一日だったといえよう。


「なぁ楓」

「ん? どしたの?」

「天宮寺とは上手くいきそうか?」

「──分かんない。でも、良い人だなとは思うよ」

「そっか、なら良いんだ」


 フッと笑っていながらも、それを俺には見せまいとそっぽを向く幼馴染がどうにも可愛らしくて、可笑しくて笑ってしまった。


「ははっ」

「な、なに。いきなり笑い出したりして……怖いんだけど」

「いや、なんでもない!」


 今度こそ、楓が心の底から愛せる様な。そんな人に巡り会えたら良いなと思いつつも、それを近くで見れるのか不安になる。でも、楓が幸せなら近くでなくても良いとさえ感じてしまう。


 いつかその日が来る事をここから願いながら。

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