第一章
#1.後方腕組み幼馴染面モブ
俺の名前は千島陽仁。特技なし、特徴なしのいわゆる一般人。話題の中心にいる訳でもなし、かと言ってそこまで離れている訳でもない。付かず離れずの関係をベストに考えている、ぴちぴちの高校二年生。
自分で言ってて悲しくなってくるほどなにも自身のことで自慢することがない俺だが、たった一つだけ自慢できることがあるとすれば──巨乳美少女幼馴染がいる事くらいなものだろう。
え? だいぶ羨ましいだって? 周りからすればそうだろう。しかし、俺としてはただの悪魔にしか見えない。ちなみに比喩でも冗談でもない、ガチで悪魔だ。
そして俺の一日の行動はその幼馴染──逢崎楓を起こす事が第一の目的として始まる。朝食や諸々を手早く済ませ、まだ朝早い時間にも関わらず家を出る。
ホームルームが始まるまで後二時間はある。家から学校までは自転車で十五分ほどの距離にあり、軽い二度寝が出来る位の時間はある。しかし、なぜ俺がそうしないのか。
それは言わずもがな、楓を起こすためである。
「おはよう御座います、秋保さん」
「おはよう陽仁くん、いつもごめんなさいね」
「いえいえ、幼馴染なんでこれくらいはしないとダメですし」
幼馴染だからといってここまでやる言われはないが楓のご両親には色々とお世話になっているため、仕方なくやっている。べ、別にアイツのためとかそう言うのじゃないんだからね! ……まじでそう。
階段を登り、一番奥の部屋に『楓の部屋』と書かれたプレートがぶら下がっている部屋のドアをノックする。
少し返事が返ってくることを期待したがいつも通り返事はない。
「入るぞ」
相手の了承なしに部屋に入るのは忍びない。しかも、女子の部屋となればそれはさらにヤバいことをしているのではないかと思うがそんな事を考える暇はない。
このベッドの上で無防備に所々衣服をはだけさせ、気持ちよさそうに寝ている幼馴染である楓を起こさねばならない。この幼馴染、あまりにも無防備すぎる。これはもうサキュバスとかそこら辺の悪魔の比べても遜色ない。
もしも俺じゃない男なら確実に襲われてる。もし襲われなかっとして、何かしら手を出されるのは確定だろう。
だから俺は特殊な訓練を受けて来た幼馴染。そんな楓の乱れた姿を見ても別になんともない──訳はなく必死に我慢してたりする。流石に俺も男だ、こんなあられも無い姿の巨乳美少女が寝てたらそりゃもう色々と考えますよ。
でも手を出したら負けだと考えているし、そもそも了承のない行為に意味はないと考えている。だから、俺は毎日必死こいて三代欲求の一つを押さえつけながらも起こしに来ている。
「楓、ほら起きろ」
「ん〜、後五分……」
「五分とか言って毎回遅刻ギリギリに起きてくるのはどこのどいつだ? それで毎回うだうだ言われる俺のみにもなってくれよ……なっ」
「あ〜! 陽仁の意地悪ぅ〜」
心を鬼にして接しているにも関わらず反省の色が見えない楓に掛け布団を投げつきたい気持ちでいっぱいだが、それをすれば楓は完全にもう一度睡眠状態になる。
耐えろ陽仁、ここは耐えるしか無いんだ!
「ほら、さっさと着替えて飯食え」
「は〜い」
「全く……それと、しっかり上着のボタン閉めとけよ」
「……陽仁のえっち」
「バカ言え、見慣れたっつーの」
嘘です全然見慣れてません。
なんなら毎回見ない様に必死です。
「俺は先に外で待ってるから」
「うん、なるべく早く食べる」
「そこはゆっくり食べろよ……」
それから朝食と身支度を終えた楓を出迎え、肩を並べて登校する。ある程度時間がなくともそこまで焦る距離にある訳ではないのが幸いだが、今回もギリギリに近い時間の登校となってしまった。
ぐっすり寝ていた本人は「もっと早く起こしてよ!」と愚痴をこぼして居る。何様のつもりだコイツ。
「ああ、そう言えば今日転校生来るって話聞いたか?」
「うん、葵から昨日メールで聞いたよ」
「噂によればイケメンらしいが……どう?」
「どうって……なにが?」
この人知らないふりしてる。本当に悪い女ですよ楓さん。どうせそのサキュバスがごときスタイルでイケメン転校生を虜にしてラブコメ展開に発展させる気ですよね? キャー! 楓さんのエッチー!
「──変なこと考えてるでしょ」
「ナンノコトカナー」
「片言になってる時点で察せます」
フフンと胸を張ってドヤ顔して居る楓には申し訳ないが、その張った胸に多くの通行人の目線が行っている事に気づいて欲しい。そもそも女子はそう言った視線に敏感だと聞くがおそらく楓はアホなので気付かない。
いや、そもそも見せつけてる可能性もあるのでは?
それからも今日の小テストがダルいとか、昨日のバラエティー番組のアレが面白かった、これが面白かったと何気ない話に花を咲かせていた。
ちなみに勘違いしないで欲しいのだが、別に俺と楓は付き合っているわけではない。ごく普通とは言えないが、幼馴染の関係でありそれ以上でもそれ以下でもない。
今こうしてお互い気を張らずにラフな状態で居られるのは、気心知れた幼馴染同士というだけで他意はない。俺は誰にでもラフな対応してるが、楓はこうとは行かない。
ご存知の通り、楓はスタイルが良い。男子が望む体型と女子が望む体型を足して絶妙に割った、いわゆる黄金比のような体型とでも言おうか。
肩よりやや下まで伸びた髪、自称Dカップの胸にクッキリとしたクビレ。そして胸と勝るとも劣らない半身の肉付き。まさに男女問わず憧れる、理想の女子。おまけに、誰にでも優しくまるで女神のようだとも言われている。
そんな幼馴染がモテないわけもなく、帰宅する際に頻繁に告白された報告を聞かされる。なぜ俺に報告してくるのかはわからないが、愚痴だと思って聞いている。
実際、誰かの勇気ある告白を振るのは振る側も気を遣っていたりすると楓は言っていたしそれぐらいは聞いてやろうと俺も納得していた。
「まぁ楓の事だしイケメンにも告白されたりして」
「なに、そのいつも私がモテてるみたいな発言は」
「お? やるか? 彼女いない歴史イコール年齢で俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「なんで急に喧嘩腰?! わたしも陽仁と同じで彼氏いた経験なんてないじゃない」
「告白されたかされてないかで差が開くことを知らんとは……ふっ、哀れ」
「それ、自分で言ってて悲しくならない?」
ふははは! もちろん悲しくなるとも! なんなら今すぐ落ち込みたいくらいだが、それを楓の前で見られるとほぼ確実にいじられるネタにされるのでここは強気に振る舞おう。
「べ、別に? かっ、悲しくなんかないし?」
「じゃあその涙流すのやめなさいよ……」
畜生、俺の心は正直なんだよ。
* * * *
楓と朝の茶番を繰り広げていると、いつのまにか学校に着いていた。
今回は少しだけ早く家を出た事でいつもより余裕を持って登校できたな、置いていけばもっと余裕で着けるがそれはクラスの男子を敵に回しかねないのでやめておこう。
「おはよ陽仁」
「おはよう正敏」
クラスの窓側、後ろから二番目に俺の席があるのだが何食わぬ顔で座り挨拶をしてくるこの男は俺の中学からの友人である南正敏。
おちゃらけているようで真面目、そして運動ができるし顔もいいのに行動がアホなので残念イケメン止まりの悲しき友人でもある。
「今日も楓ちゃんと一緒に登校とは羨ましいねぇ」
「羨ましいとか言って、ただ俺を揶揄いたいだけだろ」
「あ? バレた?」
「逆になんでそれでバレないと思うんだよ……」
なんとも楽しそうに人をいじるが、良心を持ち合わせてはいないのだろうか。いや、本当に嫌なことはしてこないあたり良心はあるのだろうがもっとこう優しさが欲しいよね。
軽いからかいではあるものの、正敏の声はデカい。楓と今日も登校してきたことを聞きつけた楓のファンや親衛隊の視線が痛い。
「でも、流石ば幼馴染だよね。楓ちゃんがラフな感じで話してるの、陽仁と話してる時だけだよ」
「それはまぁ幼馴染の特権ということで」
正直それがなくなったらアイデンティティの損失まであるから、それだけは奪わないで欲しい。後方腕組み幼馴染面をするのがアイデンティティってなんか悲しくなって来たな。
「お前達、朝のホームルーム始めるから席付け〜」
「あ、先生来た。じゃあまた後で」
「おう、また後で」
颯爽と自分の先に戻る正敏を見送ると、楓の隣に開いた不自然な空席が目に止まる。まさか今朝行ったことがフラグになったりして……
「お前達はもう知ってると思うが今日からこのクラスに転校生が来る。天宮寺、入って良いぞ」
「はい」
先生に呼びかけられ教室に現れた天宮寺と呼ばれる男子生徒が姿を現した瞬間、誰もが固まった。悪い意味ではない。
想像の倍──いや、十倍はイケメンが転校して来たのだ。
「
そう言ってフッと笑った天宮寺の笑顔はあまりにも爽やかすぎた。
もちろん、直後に鼓膜が破れそうなほど女子が歓喜したのは言うまでもないだろう。
みんな、声量には気をつけようね!
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