第67話 事の顛末

 最近、魔法省の中は、どんよりとしていた。オリバーも同じ時間に来ては、就業時間まで暇を持て余しては帰るという日々を送っている。


 ここでは、半数ほどの職員が、オリバーと同じような一日を送っている。


 元々、貴族社会のころから働いている者や、その元貴族の紹介で働きはじめた元貴族など、魔法や魔道具の知識などを持たない者だ。専門的な知識が必要なところで、その専門的な知識がないとなったら、仕事など与えられない。

 昔から残っている組織は、古くからの膿を抱えていた。


 オリバーも、始めこそ仕事を割り振られたが、実力が伴っていないとわかり始めると、仕事を頼まれることはなくなった。

 およそ半数の人数で全ての仕事をこなさなければならないのだ。懇切丁寧に教えている時間などない。せめて基本の知識だけでもあれば違うのだが。


 オリバーは今日も、何をするわけでもなくフラフラしていた。

 せっかく自分に釣り合う女性を見つけたと思ったのに、セレーナは他の男と婚約してしまった。

 人のものになったと思えば、余計に欲しくなるというもの。あのいけ好かない男から奪うのも面白いと思ったのだが、婚約を解消させて、自分のものにしたいと親に頼んでみたものの、無理だと言われるばかりで、どうしようもなかった。


 ブツブツと恨み言をいいながら、当てもなく王宮内を歩いていると、男に声をかけられた。


「オリバー君ですね??」


 オリバーはその男の肩書きを知っていた。

 返事をしようとすると、その男は遮るように唇の前に人差し指を当てた。


「僕のことは、口外しないでいただきたい」


 オリバーに、こんな丁寧な言葉遣いをするなんて、おかしい。不穏な空気が漂う。


「君は、貴族と平民が交わらない世界をどう思いますか? 今のように貴族と平民が肩を並べているのはおかしいとは思いませんか? 貴族は貴族のなかで生活し、平民は平民で手を取り合って生活する。それが自然だとは思いませんか?」


 男が言わんとしていることが、すぐには理解できなかった。しかし、貴族と平民が肩を並べると言われて、頭に浮かんだのは、セレーナとあの男のことだ。


 貴族は貴族と。平民は平民と。


 そうなれば、あの男からセレーナを奪ってやれるのではないかと、それだけが心のなかに残った。


「これを差し上げますよ。十日後の、この時間に、私たちは作戦を決行します。貴方のお力を、貸していただきたいのですよ」


 正常な判断ができているかと言われれば、そんなことはなかったのだろう。


「これは、貴方にしかできないことです。私は、貴方のことを、一番頼りにしているのです」


 男のねっとりとした甘い誘いは、魔法省のなかでくすぶっていたオリバーを、唆すには十分だった。






 空が茜色になり、夜の訪れを告げていた。いつも通りの魔道具工房のはずが、セレーナが急に頭を抱える。


「あぁ、マーク様がもうすぐ帰ってきてしまいます!! ディエゴさん!! どうしましょう!! まだドレスの色を決めていませんでした!!」


 ディエゴは苦笑いだ。ここで自分が色を決めてしまっていいわけがない。


「マーク様と決めたらどうですか? 色を合わせる予定なのでしょう? マーク様の好きな色を取り入れたかったなどと言って、一緒に決めるのです」


 すごくいい提案に思えたが、忘れていたのを棚上げしているようで心が痛む。


「ディエゴ、聞こえているぞ」


「マーク様!!」


 心臓が飛び出るかと思った。ディエゴは、謝るように小さく頭を下げた。


「まだ決まっていないなら、一緒に決めればいいさ。最終決定は、明日、試着して決めるのだろう?」


「そうですが、明日、時間が掛かりすぎて、マーク様に呆れられないかと心配しております」


「何着、試着したって構わないさ。ついでに俺たちの結婚式のドレスも見るかい??」


 セレーナは、口をはくはくと開け閉めしている。


「そ、そ、そんなことしたら、一日では足りません」


「あははは。そうだな。ウェディングドレスはゆっくりと決めよう」


 薄紅色に染まったセレーナの頬を、マークが優しく触った。


「俺は、そろそろ失礼しますよ」


「あぁ、ディエゴさん。お疲れさま」

「ディエゴ、悪いね」


 セレーナの頬を撫でて楽しそうにしていたマークが、大きくため息をつき渋い顔をする。

「明日のドレス選びは楽しみたいから、その前に話したいことがあるんだ」


 そろそろ事件の顛末がわかると言っていたので、そのことだろう。

 長い話になりそうだと、お茶を用意することにした。


「オリバーだが、少し前に目覚めたと話しただろ?」


 魔法省の魔道具を止めて、エドワード様の執務室に戻ってみたら、大剣の男は縄を魔法で焼ききって逃走、双剣の男は仕込んであった毒を服用して死んでいた。

 数人捕らえられたごろつきは、本当の黒幕を知らず、捜査は暗礁に乗り上げかけていた。


 双剣の男がガンバス家の関係者だということまでは突き止めたのだが、男が勝手にやったことだと言い張られては、どうすることもできない。


「オリバーは唆されたと言っているが、唆したのは騎士団長だったのだ」


 マークの父、ダリウスが呪いをうけたことで、騎士団長に収まった男。

 腕が立つからと言って平民が騎士になるのも、平民が暮らしている町の治安維持をしているのも、気に入らなかったようだ。


 騎士の中には騎士団長の手先のものが紛れ込んでいて、外交の帰りの襲撃のときに寝返ったのも騎士団長の指示だという。

 町中に呪いの魔道具がばらまかれたとき、騎士が見回りをしている場所で、新たな魔道具が発見されたことにも関係しているようだ。


 黒幕は、騎士団長一人ではなかった。


 捕らえられた騎士団長は、自分の減刑と引き換えにに、共犯者であるガンバス家当主のことを、ベラベラと喋りだした。


 ガンバス家は、貴族社会が崩壊して没落していった家の一つだ。没落したと言っても、鉱山があるのでそこそこの稼ぎはあったはず。そのお金を使って、昔の栄光を取り戻そうと、画策したらしい。


 はじめは、国王と皇太子を打ち、ウィルを国王に据え、自分達の思うがままの政治をしようとしたが、敢えなく失敗。


 次は、隣国を巻き込んで、国を落としてもらい、隣国の領土になる。その協力者として、貴族に取り立ててもらい、一部を自分の領地とする約束を取り付けた。


 隣国側は、ガンバス家当主の計画を絵空事と思っていたようで、軍をだすまでの協力はしてくれなかった。

 集められるごろつきで、できるだけの計画を立てたが、結果はお粗末なものだった。


「さすがに、隣国のものまでは罪には問えない。国防は強化しなければならないだろうな。あの日に休んでいた魔法省職員も、調べなければいけないし。それと、あの~アイスタの従業員の兄弟、なんていたっけ?」


「イルとネルですか?」


「そうそう。ふたりに金を貸していた高利貸しがいただろ? あれ、オリバーの父親だったんだ」


 セレーナは、息を飲む。

 オリバーは、コネで魔法省に入ったらしかった。脅されて、口添えした人がいたのかもしれない。それと同じことが、今回も起こってしまったとしたら。

 借金のことで役人を脅して、オリバーを牢から出そうとするかもしれない。


「司法省の役人に、告げ口しておいたよ。」


 司法省の役人が躍起になって調べているという。


「ところで、セレーナ。結婚式はいつにしようか?」


 今回のことで、褒賞金が出た。マークとダリウスの二人分褒賞金が出たハワード家は、無事に借金を返し終わり、マークは機嫌が良さそうだった。

 セレーナの借金は、気にしていないらしい。セレーナとしても返済の目処は立っている。


「マーク様……。私、その、あの、マーク様の気持ちはわかっておりますが、あの、・・・」

 それ以上の言葉が続かなかった。


 マークは耳まで赤くすると、

「わかっているさ」

と、素っ気ない。


 これだけ、大きな事件があったのなら、仕方がないのかもしれない。

 セレーナは、喉から出かかった言葉をグッと飲み込み、微笑んだ。

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