第66話 雇われのチンピラ

 一面に広がる田園風景。たわわに実った稲穂が頭を垂れ、風に揺れている。


 もうすぐ収穫のときを迎えるのどかな農村に、不似合いな格好の男達が歩いていた。


「楽な仕事だぜ。あの馬車にのっている、元お貴族様を、やっちまえばいいんだ」

 豆粒ほどに見えている馬車の後ろをつけている。


「どうせ、丸々と肥えて、何もできないんだろ?? 一刺しだな」


「楽勝なことにはかわりないが、護衛がいるから、気を付けろよ」


 手に持った、時の魔道具を確認する。指示されている決行の時間が迫っていた。


 こんな高価な魔道具を気軽に渡してくるくらい、雇い主は金があるのだろう。たしか、貴族社会を取り戻したいとか、話していた。

 依頼主が元貴族であることはなんとなくわかるが、それで何故、同じ元貴族を襲うのかはわからなかった。


(元貴族なら、同じように貴族社会の方がいいだろうに、味方にするとか考えられなかったのか?


 まぁ、社会の底辺で暮らす俺に、お貴族様の考えることなんてわかるわけない)


 今の社会だろうと、貴族のいる社会だろうと、男には十分な報酬があれば変わりはない。


「あんた達、見ない顔だね? アラン様が、仕事で来ているから、その関係かい?」

 近くの畑から顔を出した婦人が、声をかけてくる。


「あぁ、そのアランを殺るんだ。おまえらを苦しめている、元お貴族様を殺ってやるんだから、感謝しろよ」


 元貴族など、住民を苦しめているに違いない。そいつを殺してやるんだから、感謝されると当たり前のように思っていた。


 「ひゃ!」と、変な声を上げてその場から立ち去った。驚かせてしまったようだが、のどかな農村では殺人など起きないだろうから仕方がない。


 時の魔道具を確認する。そろそろ、馬車を追いかけないと決行の時間だ。

 一緒に仕事をうけた、自分と同じようなごろつきどもと、走って追いかける。


(こりゃ、ラッキー)


 馬車は停まっていて、中から人が降りてきている。


 ガチャガチャと音をならして近づけば、護衛が剣を抜いて身構えた。

(他にも何人か剣を抜いているが、どいつを殺せばいいんだ??)

 アラン・エリントンの殺害を依頼されるとき、逆に危害を加えるなと、言われた人物がいた。

 外国からの要人とのことだが、どれだ??


「アラン・エリントン!! 覚悟しろ!!」


 大声を出してみても、動揺の素振りもない。

 後ろに隠れるように小さくなっているポッチャリした男が、身なりのいい紳士をチラリと見た。


(そいつか!?


 元お貴族様と聞いていたが、ずいぶんスリムで精悍な顔つきじゃないか。予想外だったが、どうせお貴族様よ)


「やれ!!」


 剣を構えて走り出した仲間が、「あちぃ!!」と、跳び跳ねている。


(なんだ?)


「怯むな!! 元貴族だぞ!! 俺らがやられるわけがない!」

 

「あっちぃ!!」


(まさか!! あの護衛、魔法を使えるのか??)


 アランの護衛であるジュリアンは以前、セレーナから魔法を教えてもらったことがある。


「あんた達!! アラン様を守るんだよ!!」

「おぉぉぉぉ~!!」


 自らを鼓舞するための掛け声と、野太い叫び声。

 農機具を構えた、農民達が次々に走ってくる。


「はぁ~?? なんでこいつら、お貴族様に味方するんだ??」


「アラン様がいたから、私たちは普通の暮らしができているんだよ!! 元領主と比べて、神様みたいな人なんだよ!! 絶対に殺らせないからな!!」


 元エリントン領地へ向かうまでのこの農村も、エリントン商会の取引相手の一つである。

 農業指導もしてくれて、農作物を普通の値段で買い取ってくれるエリントン商会は、身を呈してでも守りたい取引先だ。


 元貴族が住民と信頼関係を築いているなど、砂粒ほども想像できなかったごろつきどもは、首をかしげるばかり。


 多勢に無勢。すぐに捕らえられてしまった。





 時、同じくして、王都のど真ん中。高級品を取り扱う商店が立ち並ぶエリアで、目付きの悪い男が、時の魔道具を確認している。

「さて、そろそろだ」

 男達への依頼は、店の破壊。


 昼過ぎだというこんな時間に、閉まっている店に出入りしていた可愛らしい女性が小さな悲鳴をあげた。その店も壊していいと言われているが、まずは大きな魔道具店から。


 武器を構え店に向かうと、ぞろぞろと従業員が出てくるではないか。


 オーナーが元貴族だっていうんだから、尻尾を巻いて逃げ出すかと思いきや、立ち向かってくるのか??


 しかも、オーナーと呼ばれているスマートな紳士が、一番前で睨み付けている。魔道具から、けたたましい警報音が鳴りはじめた。


「うちの魔道具を、犯罪に使うなど、愚の骨頂ですね」


 サンチェスト魔道具店のオーナーが、男の持っている時の魔道具を見ながら冷たくいい放つ。


 野次馬だけではなく、騎士まで集まってきてしまったではないか!!


「うちは、魔道具店ですよ。従業員含め、皆、魔法も得意です」


(誰だよ!! 元お貴族様なんて、ふんぞり返っているだけの肥えた豚なんて言ったやつは)




 ここは、王宮内。あちらこちらで、争う音が聞こえてきた。

「もう少し待つぞ」

 国王の住居スペースの建物の前。木陰に隠れながら、扉から出てくる人を監視していた。


 王宮内で争いが起きる中、慌てた様子で出入りする使用人はいるものの、国王が出てくる様子はない。


 このまま見張って、皇太子のところに向かった大剣の男と合流する予定だ。王宮内では魔法の使えるものも多く、男のようなごろつきだけでは太刀打ちできない。

 大剣の男以外は、魔法が使えない。魔法の才能があるのなら、ごろつきなどになっているわけがないのだから。


 大剣の男は別だ。あれは、戦いを好んでいるのだろう。


 時の魔道具を確認すると、合流の想定時間をだいぶ過ぎていた。


(あれ? あいつ、楽しくなって、なぶっているんじゃないだろうな?)


 腹を立てながら待っていると、予想外の人物が現れた。


(皇太子じゃないか?? 大剣のやろうは、何をしているんだ?


 俺らで、足止めするべきなのでは??


 えぇ~い!! 俺が殺ってやる!!)


「止まれ!!」

 木陰から飛び出て意表を突こうと思ったのだが、皇太子の前を走っていた金髪の男が、躊躇なく剣を抜く。


 驚く間もなく肉薄されると、剣の柄で殴られて意識を失った。

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