第62話 大剣の男

 扉を一枚隔てた廊下では、金属音と怒号が飛び交っていた。


 セレーナが、ジリジリとエミリーの方へ進む。エミリーを背中に隠すようにたつと、両手を前につき出す。


 魔法を少しでも早く発動するためだ。


 セレーナは何かあったときには次女の働きをするつもりで来ている。主人の身の安全を守るのは、次女の仕事だ。それでなくても、エリントン家の使用人だ。エドワード様も国としては大事だが、今、セレーナが守るべき人はエミリーである。


「せ、セレーナ?? もしかして、戦うつもりかい!?」


 マークの悲鳴ともとれる声が聞こえた。

 セレーナは深く頷くと、「もちろんです」と答える。


 なんとか止めようと口を開きかけたマークだったが、セレーナのその表情を一瞥すると、口を閉じてしまった。セレーナの揺るぎない表情に大きく息を吐き出すと、扉が開いたときのことを想像する。


「もうちょっと下がってくれ。その位置だと守りきれない!!」


 そういわれて、セレーナは三歩下がる。


「その距離を保ってくれよ!!」

「はい。マーク様」




 エミリーが横移動をして、ワゴンから金属製のお盆を取り上げた。からだの前で、盾のように構える。


「エミリー?? ちょっとぉ~??」


 ウィルが、情けない声を出した。


「守られるだけは、真っ平ごめんよ。足手まといにだけは、ならないんだから!!」


 はっきりした口調で胸を張るエミリーは、お盆を構えていても美しかった。


「えぇ、エミリィ~」


 ウィルの情けない声が、悲しそうな余韻を残して消える。




「僕も、守られてばかりって訳には行かないね」


 皇太子はそう言うと立ち上がり、剣に手を掛けた。




 扉に物が当たる重たい音が響く。

「お前は、先に行け!!」

 そんな叫び声と共に、大きな音を立てて、乱暴に両開きの扉が開かれる。


 ガシャン!!


 大きな剣と共に、一人の男が転がり込んできた。

 鋭い瞳が部屋の中を見回した。


「貴方は、何のために、このようなことをしているのですか?」

 エドワード様の問いかけにも答えない。



「あぁぁあああ?? 話が違うじゃねぇか~!!」


「うるせぇ~。とっとと殺せ!!」


「お前、やつは女とねんごろしてるって、言ってたよなぁ?? なんで、男がいるんだぁ?? しかも、手練れだぞ!! お前、そっちの止めは後回しだ!!」


「ちっ!! しかたねぇなぁ。ちょっと待ってろ!!」


「しょうがねえなぁ~。俺がやってたらぁ~」


 口角が不自然にあがり、気味の悪い笑みを作る。

 その悪魔のような笑みは、地面に切っ先をつけていた大剣を持ち上げようとして、困惑した顔に変わった。

 探るようにしては、その視線がセレーナに向く。


「あぁあああ??? この尼ぁぁあああ??」





 転がり込んできた男を見て、セレーナは首をかしげた。

 持っている大剣と、男の体型がアンバランスに思えた。


──あの重さのものを振り回すには、細い気がするのよね。


 あんなに大きな剣、もちあげることもできそうにはない。しかし、男は誰かと話ながら、その持ち手に手を掛けて持ち上げた。切っ先は地面からはなれていないものの、十分重たいはず。


──もしかして、………身体強化?? かなりの使い手かしら?


 誰にも気がつかれないように魔力を練って、そっと飛ばす。


──重たく、重たく。


 男がぶら下げた大剣の切っ先に向かって、重力の魔法を掛け続ける。


──重く、重く。


 文句を言っていた男が、やる気になってしまったようだ。


 大剣を持ち上げようとして、・・・・止まった。


 訝しげな視線が、魔力をたどってセレーナに向く。


──やっぱり、魔法の使い手だわ。


「この尼ぁぁあああ?? 」


 ゾッとするほどの殺気が漂い始めた。


 切っ先だけ重くされた大剣を構えようと、男が腰を落とす。


 筋肉が異様に盛り上がり、「はぁぁああああ!!!」と声をあげながら大剣を持ち上げる。

 セレーナは、さらに多くの魔力を送り始めた。もうばれてしまったのだから、そっと仕掛ける必要はない。


「ぐぐぅぅぅぅ」


 男の動きが止まる。大剣を肩に担いだまま、汗が額を伝う。


「ぐぐぐ」


 ドンガラ、ガッシャ~ン!!


 通常の三倍ほどの重さとなった大剣が、硬質な音を立てて床に転がった。


「こぉおいぃつ~!!」


 男が魔力を練ったのを感じたセレーナは一歩踏み出して、魔力を打ち消すように発動する。火球のようなものを作ろうとしたようだ。温度をあげようとしているならば、セレーナが下げてしまえばいい。


「あぁぁああ??」

 目を怒らせて、セレーナの方に体を向けた。腕を伸ばして、掴みかかる。


 その瞬間を逃す、マークではなかった。


 素早く踏み込んだと思ったら、その瞬間には、振り払われた剣が男の腹を凪払い、男の体は吹き飛ばされて壁に激突した。腹には簡易的な鎧をつけていたので、男が死ぬことはなかったが、頭を強打して気絶した。

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