第61話 お茶会

 『アイスタ』は、はじめの頃ほどの混雑はなくなった。イルとネルも仕事に慣れたので、二人だけで接客ができるようになっている。

 王子さまのようなイルも、お姫様のようなネルも、お客様には人気で、二人を目当てに訪れる客もいるほどだ。もちろん氷菓子も人気で、レストランでデザートとして取り扱ってくれる店もでてきた。



「アラン様。腰のお加減いかがですか?」

 エリントン家の当主であるアランは、数日前から腰を気にいていた。

 馬車での遠出が控えているのに、痛めてしまったようだ。

 農業見学に来る外国からのお客様の案内のために今日から出掛ける。


 家にいるのであれば、常備薬もあるしセレーナも毎日通ってくるしで、特に困ることはない。


 数日間とはいえ家を離れなければならず、さらに馬車での長時間の移動となったら、いくら若く見えるアランでも不安に思ったそうだ。


「お陰さまで、今日は大丈夫かな。行きの馬車で酷くならなければいいけれど」

「休憩の時には毎回馬車を降りて、歩いたり、捻ったり、前屈したりしてくださいね」

「セレーナに付いてきてもらえたら、どんなによかったことか……」

「ふふふ。エミリー様に怒られてしまうのではありませんか?」

「そうなんだよ。アイスタの融資も断られてしまったし、もうちょっと父親を頼ってくれないもんかね~。いまだにトマスも独り占めだし……」


 始めこそ、はっきりと話していたのだが、少しずつ声が小さくなり、最後にはしゅんとするアランに、「ふふふ」と笑いがこぼれる。


 アランは、トマスの絵を気に入っていて、大きなキャンバスに描いて欲しいと前から言っている。それなのに、エミリーが忙しいから待ってくれと、ずっと待たせているのだ。

 トマスも何かに一生懸命になっていると他のものが目に入らなくなる質で、エミリーの顔色を伺っているのもあって、アランのキャンバスはそのままになっていた。


 セレーナに愚痴をこぼしてスッキリした様子のアランは、キリッと表情を改めた。 

「では、セレーナ。エミリーを頼む。皇太子とのお茶会もあるだろ? マナーとかそういったことに不安はないが、商売事となると、止められなくなってしまうのようなのだ。」


「皇太子様は優しいお人柄のようですが、エミリー様のことは気にかけておきますね」


「あぁ、では、行ってくる。セレーナは、下がっていいよ。あまり独り占めしていると、エミリーがうるさくて……」


 肩を落とすアランを、目を丸くして見る。


──エミリー様ったら、アラン様には強気なのね……。


 最近の父親と娘の関係も、貴族の時とはずいぶん変わったものよねっと、セレーナは自分のことを棚にあげている。

 セレーナも父への当たりは強いのに。


「アラン様、気を付けていってらっしゃいませ」

 深々と頭を下げ挨拶をすると、アランが手を上げて答えた。





 アランが出掛けた次の日、エミリーが薄紅色のドレスを纏って現れた。嫌みにならない程度に高級なもので、デザインも今の流行りだ。普段は緩くまとめているか、下ろしていることもある髪は、きれいに纏められて生花が飾り付けられていた。


「イル、ネル!! カミラを手伝ってあげてね」


 『アイスタ』は二人でも接客ができるように、定期的に休みをもうけているのだが、稼ぎたい二人は仕事をすることを希望した。

 だからといってお店を開けると、商品を作るのが間に合わなくなる。イルとネルに無理をしてほしくもない。ゆったりと自分のペースで仕事ができるように、商品作成のお手伝いをお願いしたのだ。

 カミラも少しは楽になったようで喜んでいたのだが、今日は別の理由で大忙しだ。


 エミリーの着付けやメイクに加えて、セレーナの着付けまでおこなっているのだから。さすがに一人では手におえなくて、奥さまの従者まで借りてきて、家の中は大騒ぎになっていた。



「わぁ~!! 二人とも綺麗~」


 セレーナは『アイスタ』をイメージした、紺のドレスにシルバーのビーズが無数についたものだ。髪もカミラに結ってもらい、エミリーと色違いの生花で飾ってもらった。


 顔を見た途端、嬉しそうに目を輝かせるネルに、エミリーも嬉しそうだ。


「まぁ、ネル。私は、ネルも着飾りたいのよ」


「エミリー様~!! 本当ですか~!! やったぁ~!!」

「勘弁してください!!」

 喜ぶネルに、必死で止めるイル。イルは借金が残っているのに、お金がかかることなどもってのほかだと思っているのだろう。


 イル・ネルの様子を微笑ましそうに見ながら、カミラが頭を下げた。

「では、エミリー様、行ってらっしゃいませ。セレーナさん。エミリー様をよろしくお願い致します」


 カミラは、商品を作るために家に残る。

 貴族時代のお茶会と比べて簡易的なものだから、従者はいらないと言われている。忙しいので、その言葉に甘えさせてもらった。

 何かあったらセレーナが対応すればいい。




 迎えに来た馬車に乗り込み、王宮に向かう。ウィルもマークも、いつもの仕事場なので、門も顔を見せただけで通ることができた。


 セレーナもエミリーもチェックを顔すら確認されなかったのだが、少し不用心ではないか?




 丸いテーブルが真ん中に配置された、明るい部屋に通される。


「本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます」

 丁寧に挨拶をすると、エドウィン様に座るように促され、畏まらなくていいと言われた。

 

「二人には是非お会いしたいと思っていたんです。今をときめく女性経営者のエミリーさんと、たぐいまれな技術をお持ちの魔道具師セレーナさん。まずは、ご婚約おめでとうございます。ウィルもマークも真面目に頑張ってくれているよ」


 香りのよい紅茶と、可愛らしいケーキが運ばれてきた。


「今日は来てくれて嬉しいよ。かわいい弟の婚約者には、ぜひ、会っておきたくてね」

 和やかな雰囲気のなか、エドウィン様が微笑む。


「それに加えて、最近話題のお店をオープンさせたのだろ? 私も食べさせてもらったよ。美味しかったんだが、アイスタの魅力は夕方の店舗に行かないわからないと言われてしまってね。ぜひ行ってみたいんだが、最近は物騒だからと気軽に出掛けられないんだ」


 外交の帰りに王様が襲撃にあってたとき、皇太子も襲撃されている。それから貴族派の動きが活発で、気軽に外出できなくなってしまったらしい。


 和やかな雰囲気で歓談していると、外が急に騒がしくなり、ウィルとマークが腰を上げた。


 扉を少しだけ開け、外に向かって「何事か?」と問うと、「敵襲!!」と、大きな声が返ってきた。


 ウィルとマークが剣を抜き、エドウィン様を守るように立ちふさがる。

 扉の外では、剣が激しくぶつかり合う音が響いていた。

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