第59話 決戦

 今日は、魔道具店にたくさんの人が集まっている。

 いつもと変わらない様子のエミリーとは対照的に、イルの表情は固い。


 決戦の日だ。


 制服は、二人を雇った次の日、服飾店で採寸してもらい、注文はすんでいる。

 エミリーの行動は相変わらず早く、陶器の器の注文もした。打ち合わせの際にトマスが提案したデザインが細かすぎて、絵付けが出来ないなどのトラブルがあり、結構シンプルなデザインに落ち着いた。


 新しいお店の計画が進んでいると聞いて、エリントン家当主のアランが融資の提案に来たのだが、エミリーは自分の稼ぎで十分だと断ってしまった。

 その代わりに他のことを頼んだのだが、大きなお金が飛び交う会話に、イルが考えることを諦めたようで、感情のない表情で宙を見つめていた。そのときネルは、アランの素敵なおじさま具合に見とれていた。



「イルさん。自信をもっていきましょう」

 エミリーの後ろには大きな鞄を持った、イーリスの姿。アランへの頼みごとは、イーリスを貸して欲しいということだったのだ。

 イルの借金を返しに行くのに、エリントン商会頭取であるアランの右腕がいれば、それだけで心強い。


「そんな大きな金額……」


 イルが心配そうにいう。エミリーがアランからの融資を断っているので、気になっていたのだ。


「気にしなくて大丈夫よ。そこの魔道具いくらだと思う?」

 エミリーが、大樹を象った光源の魔道具を指し示す。

 市民の平均年収もする魔道具だ。


 イルは、店に出入りするようになってからも、怖くて近づいていない。高いのだろうとは思っても、値段の想像はつかなかった。


「売り上げだけで計算すれば、あれを三つ売ると、貴方たちの借金は返せるの。だから、お金は気にしなくていいわ」


 材料費や人件費、光熱費などを考えればその限りではないのだが、イルを安心させるには十分だろう。この魔道具は、いまでも、売れ続けている。


「マークさんもよろしくお願いしますね」


 セレーナが高利貸しのところに行くと話したことで、マークが護衛としてついてくることになった。


 ウィルも、ついてくると言い張った。

 エミリーを心配し、ついでに良いところも見せたかったのだろうが、さすがに王子を連れていくわけにはいかないと、皇太子を通じて止めてもらったのだ。今ごろ、執務室を右往左往して、皇太子に笑われている頃だろう。


「さて、行こうかしら」


 もう一人、エリントン家の護衛ジュリアンを伴って高利貸しのもとに向かう。

 護衛の二人は馬車の横につき、残りのメンバーは馬車に乗り込み出発した。





 高級住宅街を抜けた辺りに、その屋敷はあった。エリントン家を見慣れている身としては小さめと思ってしまうが、十分な大きさの屋敷だろう。武器を携帯した、人相の悪い護衛がいる。


 エミリーが抜かりなく前触れを出してあるので、すんなり通された。


 案内のものを先頭に進む。イルが顔色を悪くしたが、イーリスの「落ち着いてください」の囁きに背筋をピンと伸ばした。





 案内された部屋には、でっぷりと太った男がいた。非常識な金利で得た富で、贅沢の限りを尽くしているのだろうか。


「エリントン魔道具店オーナーをしておりますエミリーと申します。本日は、時間を作っていただきありがとうございます」


「いえいえ。若き天才と噂されるエミリーさんに会うことが出来て光栄です」


 セレーナは事実だとは思うが、噂までされているのだろうか? それとも、男の嫌みだろうか?


「まだまだ、若輩者です」


 エミリーは謙遜したが、そんなことお構いなしの男は続ける。


「はて、そんな若き天才が、うちに何の用でしょうか?」


 エミリーはフワリと微笑む。それだけで部屋の空気はエミリーが支配した。


「実は、うちの従業員がお世話になっているようで、そのお礼をさせていただければと。いくらお世話になっているのでしょうか?」


 聞けば、イルが言っていた金額より少しだけ多いようだ。


「では、今日返して帰りますので、借用書を全てくださいな。そして、こちらにサインをお願い致します」


 イーリスが、鞄の中から、言われた金額を取り出した。そして、もうイルとネルの借金はないという誓約書を取り出す。

 後で、難癖をつけられないための保険だ。


 男が渋々と借用書を取り出した。それを受け取り、内容を確認する。


 男は金額を確かめ、苦虫を噛み潰したような顔で誓約書にサインした。


 まだまだ搾り取れると思っていた鴨がいなくなる。もしかしたら、払いきれなくなって、身売りさせるところまで計画のうちだったのかもしれない。


「ところで。貴方は、こんなことする必要はないと思うんですよね。エリントン家のご令嬢であり、魔道具店のオーナーでもある貴方にとって、はした金かもしれませんが、従業員の借金まで気にかけてあげる必要なないでしょう」


 粘着質な話し方は不快だが、エミリーは胸を張って男を見据えた。


「貴方ならわかるでしょう。従業員の生殺与奪は握っておきたいので」

 エミリーは、艶やかに微笑む。


 もちろん、生かすためだ。勝手に身売りなどされては敵わない。

 話題にされたイルは落ち着いている。今回のお金の借用書は出来ていて、利子がほとんどないことを知っているからだ。


 ところが、物騒な言葉に男はニヤリと嫌らしく笑うと、「貴方も私と同じ穴の狢ですか」と呟いた。

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