第58話 店の準備は順調
母が作ったという借金のせいで、随分ひどい目にあっていたのかもしれない。エミリーの提案に、イルは散々悩んだ。
ネルの、「万が一、全てを奪われるのなら、あの借金取りよりエミリーさんの方がいいと思わない?」と言葉に、イルは潤んだ目でエミリーを見つめた。
エミリーに「騙されたと思って、うちの従業員になりませんか?」と言われて、小さく頷いた。
そうと決まれば、エミリーがモタモタするなどあり得ない。すぐに契約を結び、馬車にのせてエリントン家まで連れてきた。
エリントン魔道具店に横付けされた馬車から降りた二人は、まずは、目の前の華やかな店に見入り、そのあと、エリントン家の大きさの圧倒され、しばらく呆然としていた。
「ほらほら、早く!」
二人が店に入ってこないことに気がついて、店の中から顔を出したエミリーが急かす。
「エミリー様は、こういう方です。早めに慣れてください」
セレーナがいえば、ネルは「わかった、あっ!!いえ、わかりました」とガチガチに緊張したままで答えた。
イルは、まだ建物の大きさに呆けているようだ。
「借金取りより、家がでかい……。しかも、なんか、キラキラ……」
「イルさんが働くお店は、更にキラキラですよ」
なにせ、夜空をイメージして光源の魔道具を多用したのだ。トマスが張り切ってデザインしたのだから、出来上がったら話題をさらうだろう。
「ま、ま、ま、ま、……本当ですか……?」
「この魔道具の宣伝も兼ねていますので、店の中は、キラキラですよ」
「俺たちで、務まりますかぁ~??」
急に涙目になってしまった。
「大丈夫です! 自信を持ってください」
「ねぇ!! イルさん!! 制服を決めたいの!! セレーナも付き合って欲しいわ!」
「カミラさんと、トマスさんは?」
「カミラなら、今、トマスが呼びに行っているわ!」
セレーナがイルの背中を押して店に入れると、またイルは店の中に驚いて足を止め、従業員室のゴチャッと積み上げられた部品に驚いて足を止め、やっとのことで椅子に座った。
そこへ、「セレーナさ~ん!!」という叫び声と、お盆の上でぶつかり合う食器の音が近づいてきた。
現れたトマスは、そのままセレーナにお盆を預けると、自分の作業スペースに向かい、昨日から作業していたものを取り出す。
「これです!! どうでしょう??」
イルとネルがいることなど気にせず持ってきたのは、リボン状にした金属で立体的に作り上げた星を取り出した。
「もう出来たのですね」
お盆をテーブルに置くと、トマスの差し出すものを受け取った。
「早く、光らせてください」
「い、今ですか??」
「そうです!!」
出来上がりを期待する顔で、勢いよく即答された。
「あ、あの……」
「セレーナ、トマスがそうなっては止められないわ。セレーナは作業しながら聞いていてちょうだい」
返事をすると、一番隅の席に座り作業を開始する。
「あぁ~、呼びに来たトマスが急いでいたからまさかと思ったら!! セレーナさん!! 溶ける前に食べてくださいね!! ほら、口を開けてください!」
──なぜ、私が怒られるのだ?
と、思ったのもつかの間、作業を初めていたセレーナの口に冷たいものが突っ込まれた。
「ん??」
作りかけていた魔力文字は乱れてしまったが、口の中に甘酸っぱさが広がる。
「美味しい~!!」
イチゴのジェラート。
セレーナの上げた歓声に、カミラは胸を張る。
「その言葉を待っていたんです!!」
今日はエミリーに言いつけられてジェラートの試作を作っていたのだ。
そのため、侍女であるカミラを残して、エミリーはセレーナと二人で職業安定所に行く事になった。エミリーにいわせれば、セレーナは護衛も兼ねていたのだという。セレーナとしては、護衛は無理があると思うのだが。
「さて、新しいお店で働いてくれる、イルとネルよ。今から、二人の制服を考えたいと思うのよ。トマスのイメージするお店のイメージで案を出して、あとはいつもの服飾店に頼むわ」
テーブルに置いた紙に何やら書き出した。
「コンセプトは、お姫様と王子さまでどうかしら?」
小さくなっている二人を除いて、話しは進んでいく。その間にもセレーナの作業は進む。
トマスが熱く語り、カミラが補足することで、紺と白を基調にした制服に落ち着いたようだ。
「セレーナ、どう?」
顔を上げると、作業の進み具合を聞かれたようだ。
「もうすぐです」
サラサラと魔力文字を書き込むセレーナに、イルとネルが驚愕の表情をしていることなど気がつかずに作業を進める。
「じゃあ、イチゴ味以外に、希望はあるかしら?」
セレーナを待つ間、商品について話すことにしたようだ。
定番のフルーツ以外に意外な味も飛び出すなか、星形魔道具が出来上がった。
「ふぅ」
「セレーナさん、魔石です。カーテン、閉めましょう」
トマスから受け取った魔石をセットすると、リボン状の金属の外側も内側も光り、星が浮かび上がる。
「うわぁ~!!! セレーナさん、内側も書いてくれたんですね!!さすがです!!」
トマスが、興奮して音を立てて立ち上がった。
「さすが、セレーナね~。来たことを自慢できるような店にしたいわ」
「自慢ですか」
セレーナが呟く。
自慢するには、何か証拠が残った方がいいのではないだろうか?
「エミリー様。それなら、容器は陶器でかわいいものにして、お店のロゴをいれておくのです。数種類、たまに新作を作ってコレクションしてもらったらどうですか? 」
返しに来てもいいし、持ち帰ってもいい。
「あら、名案ね!!」
エミリーの同意に、トマスの目が光った……気がする。
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