第56話 従業員候補

 綺麗な部屋に、フカフカなソファー。調度品も上品で、落ち着いた空間になっている。


──こんな部屋、あったのね。


 セレーナが部屋を見回していると、エミリーが気になったようだ。

「セレーナ? そんなに珍しいかしら?」


「えぇ、私が職を探したときには、この部屋ではなかったので」

「あら? うちで雇うときかしら?」

 エミリーが思いっきり首をかしげた。


 他にも部屋があることは知っている。もう少し、簡単な作りの部屋だ。エリントン家と契約するときに通されたのが、簡単な部屋だったことを、不思議に思ったのだ。


「説明を受けたときは他の部屋でした。契約のときは、私がアラン様を訪ねたので」

「あぁ、そういうことね~」


 その様子を見ていた目の前に座る二人は、エミリーとセレーナの関係を察したようだ。



「失礼します」

 扉が開けられ、職員が紅茶を持って入室してきた。

 豪奢なカップに、香りのよい紅茶。


 二人は呆けたようにカップを見つめている。


 セレーナだって気持ちはわかる。何か事情のありそうな二人にとって、高価なカップは触りたくない代物だろう。万が一欠けさせでもしたら、弁償できるとは思えないのだから。



 職員は、「失礼します」とエミリーの近くに膝をつき、

「エミリー様。以前いただいておりました、求人条件には合致しておりませんが、条件の変更でしょうか?」

と、首をかしげた。


「あぁ、条件は変えることにしたの。店に似合って、一生懸命働いてくれればいいかしら」

「店に似合う?」

「えぇ。そうね。華やかな制服や店舗が似合う方がいいかしら」


「それでしたら、他にも何人か紹介できるかと思います。必要でしたら、お申し付けください」


 職員としては、この二人以外にも候補はいるから、こだわる必要はないと教えてくれたのだろう。

 普通だったら候補者の名簿に目を通してから選ぶのだ。こんな風に、声をかけて連れてきてしまうなど、職員は驚いたに違いない。

 エミリー側が、不利益にならないように、他にも候補がいることだけは教えてくれた。


 職員が部屋から出ていくと、エミリーが切り出した。

「うちの店で働きませんか? お二人が一生懸命働いてくれるのであれば、給金は惜しみませんわ」


 エミリーは、胸を張り、自信に満ちた姿で宣言した。


 二人は、困惑の表情を浮かべている。


 声をかけたときも、いかがわしい店と勘違いしたようだし、仕事内容もわからないまま、返事はできない。


「氷菓子を売る店を新規オープンするのよ。場所は、サンチェスト魔道具店の近くだけど、サンチェスト魔道具店はご存じかしら?」


 サンチェスト魔道具店があるのは一等地だ。

 イルと呼ばれた男性のほうが、目を丸くして頷いた。女性のほうも、口に手を当てた状態で固まっている。彼女は、ネルというらしい。


「お二人には、販売員をして欲しいのです。商品の説明や、お客様との会話、料金の計算などのお仕事です」


 しばらく、エミリーの顔を見たり、手元を見たりしていたのだが、

「大変魅力的なお仕事ですが、私たちにはお金が必要で……」

と、イルが、顔を曇らせる。


「そうですね」

と、エミリーが提案した給金は、平民の平均よりは、少し多い額だった。

 一等地で働く、店員としては相当か。


 息を飲む気配が伝わってくる。


「あの、高い給金を提示してもらったことはわかっています。それでも、私たちには足りないんです。もう少し給金のよいところを探していますので……申し訳ありません」

 ネルが頭を下げる。


 この程度で諦めるようなエミリーではない。

「これでも足りないのかしら? お二人は、家賃の高いところに住んでいるの? もし、引っ越し費用がなくて困っているのなら立て替えるわよ。それとも、病気の家族がいるとか? それなら、相談に乗れるわね。それとも~、お金がかかるような、趣味があるのかしら?」


 「う~ん」と悩む素振りをするエミリー。


「贔屓にならない程度に、困っていることがあったら力を貸すわよ」


 それを聞いたイルが、意を決したように口を開いた。

「妹を、ネルを雇ってやってください」


 ネルが目を見開き、イルにすがり付く。

「そうしたら、兄さんはどうするの??」


 ネルの問いには口を引き結んでいたイルが、

「ネルは、販売の仕事はしたことはありません。それでも、一生懸命働く子です。どうか、よろしくお願い致します」

 机に額をぶつけるほど頭を下げた。


「兄さん!!」」


 セレーナは、二人の様子に思うところがあった。それを、エミリーに託すために耳打ちをする。

 エミリーは、大きな瞳をしばたき、その後、ニヤっと可愛らしく笑った。


「では、妹さんを雇いましょう」

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