第55話 新しいお店

 マークとわかれ、エリントン家の門をくぐると、アラン様と鉢合わせた。


「あぁ、セレーナ、おはよう。今日の健康観察は、ここでいいかな?」

 

 聞けば、急に打ち合わせが入ったらしい。元エリントン領の畑の見学をしたい人がいるのだとか。見学は後日だが、今日は見たい畑を調査し、回り方を考えるなどの簡単な打ち合わせがあると言うのだ。


 セレーナが検査の魔法をかけて、「お元気ですね」と微笑むと、「妻が、セレーナを待っていたから、よろしく頼むよ」と言って、出掛けていった。


 建物の中に入れば、執事がいて、「エミリー様が待っている」と言う。


──今日は、特に忙しいわね。


 まずは、奥さまのところに向かって要望を聞き、店舗の従業員室に向かった。


「エミリー様。おはようございます」

「あぁ! セレーナ! 待っていたの」

 今にも飛び出していきそうなエミリーを落ち着かせて、椅子に座らせる。

「どうされたのですか?」


「私、気がついたんだけど、氷菓子の従業員は、必ずしも料理人である必要はないんじゃないかしら? もし、そうなら、条件を引き下げに行きたいのよ」


 氷菓子の従業員として、エミリーの出した条件は、若くて美人の料理人。やる気があって、一生懸命働いてくれる人。


 後半は、条件として至極真っ当なのだが、前半が難しい。


 料理人は専門職だ。すでにどこかで雇われていることが多く、ある程度の年齢になっていることが多い。

 エミリーのイメージする美人とは、若い買い物客が色めき立つような容姿の持ち主だ。


 若くして見習いを卒業し、料理人になるような天才は、有名レストランが手放さない。

 氷菓子を持ち帰りで売るような店で、働いてくれるとは思えなかった。


「販売する店員は、料理人である必要はないと思いますよ」


 すでに作られた氷菓子を売るのであれば、何の問題もない。


「職業安定所に行きますか?」

 セレーナが聞くと、すでに準備はしてあったらしい。流れるように馬車に押し込まれて、すぐに出発した。




 職業安定所の近くに馬車を停め、セレーナがまずはおりる。

 エミリー様に手を貸していると、職業安定所から若い二人組が出てきた。


 ガックリと肩を落として、トボトボと歩いている。


 チラリと見えた横顔は、沈んでいるものの、整った顔つきに見えた。


「エミリー様、あの二人はどうでしょう?」


 馬車から降りた、エミリーが顔を上げる。


「セレーナ? 背中しか見えないわ。私のお店に似合いそうかしら?」


 エミリーの行動は早かった。

 店舗の契約をしたその日に、エリントン家御用達の大工に声をかけ、すぐに内壁を濃紺に塗った。その後、煌めく星のように、光源の魔道具をつけてくれと言われて、トマスと共に三日間、缶詰になった。

 そのデザインが職人トマスの琴線に触れたようで、ビックリするほどの集中力で、ほとんど出来上がっている。

 今は、天井に設置するタイプの光源の魔道具の枠を作っていたはず。出来上がったら魔力文字を書き込んでほしいと頼まれている。


 淡い髪色の二人だったら、星をイメージした制服も似合うだろう。


「大丈夫だと思います。追いかけましょう」


 このとき、二人の後ろ姿は、人々の喧騒に消えそうになっていた。

「あぁ! 急がないと」


 セレーナがエミリーの手を引いて、二人組を追いかける。

 女性と、男性の二人組。男性の方が背が高かったので、見失わないで済んだ。


 二人は、寄り添うように歩いていた。女性の方が、肩を揺らしている。泣いているのだろうか……?


「あの~」

 後ろから声をかけても、自分達だとは思っていないようだ。

 セレーナは回り込んで、声をかけた。


「あの、ちょっとよろしいですか?」


 女性の方は目を赤くして、男性の方も思い詰めた表情で、顔を上げる。

 エミリーがセレーナに追い付いて、「第一段階クリアね」と言う。


 この二人なら、お店の雰囲気に合うと判断したようだ。


「今、職業安定所から出てきたと思うのですが、職を探しているのですか? それとも、すでに決まってしまいましたか?」


 泣いているところを見ると、すでに決まっているということはないと思うが。


「あの、なんでしょうか?」


 男性の方には、警戒されてしまったようだ。


「私たち、お店の店員をやってくれる人を探していまして、お二人が、お店の雰囲気にぴったりだったので、まだ職を探しているのならと思って、声を掛けさせていただきました」


 なるべく、警戒されないように、変な誘いではないとわかるように、丁寧な口調で話しかける。


 すると、男性の方は益々警戒したようだ。


「お店って、いかがわしい店で働かそうって言うんじゃないだろうな?」

「イル? 私たちを雇ってくれるところなんて、そんなところしかないじゃない……」

 女性の方が泣き出して、イルと呼ばれた男性が、慌てて肩を抱いた。

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