第54話 苛立ち

 ひっそりとした家の中を進みながら、オリバーは考えていた。


 セレーナに出会ったのは、高等学院の最終学年だ。

 魔法省に入るには、最低でも魔法か魔道具の高等授業を受けなければならないと知り、仕方なく魔道具の授業を受講したときだ。


 彼女は自己主張するタイプではなく、しばらくいることに気がつかなかった。

 自分の代わりにレポートを書いてくれる人を見繕っているときに、とんでもない美人がいることに気がつき、それがセレーナだったのだ。


 共通の知り合いもいなく、彼女は授業が終わると急いで帰ってしまう。


 見目の良い女性を侍らすのも悪いものではないと思うが、頭が悪くては面倒だと、そんな程度の女だったんだと、声をかけないでいるうちに、彼女は学院に来なくなってしまった。

 途中で退学するような女なら、声をかけなくて正解だったと思っていたら、俺の勘違いらしい。聞いた話によると退学ではなく卒業したと言うのだ。


 あの頑固者の教授達が、特別対応を許したと言うのだ。

 それは、それは、かなりの天才らしい。


 惜しいことをしたと思っていると、町でばったり会った。


 やはりとんでもない美人で、これで知識もあるのなら自分の伴侶として申し分ないと思った。



 変な時期に就職したのだ。たいした仕事はしていないだろう。


 親に頼んで手に入らなかったものなど、今までない。人様の不幸を、お金に変えるような仕事をしている親なのだ。

 それなのに、セレーナに関して頼んだときは、「うちでは、敵わない」と親に言われてしまった。


 益々、手に入れたくなったというのが、事実だ。


 何度か会って、魔道具の話題を出しても、反応はいまいち。仲良くしている男に攻撃を仕掛けてみても、余裕の態度。


 それには、無性に腹が立った。


 ついには婚約したと言われ、親に黒いことをしても手に入れられないかと相談して、その返事を聞きに向かっているところだ。




 部屋に入ると、でっぷり太った父親が、苦い顔で座っていた。


 もっと景気のいい顔をしていればいいものを、結果を物語っているようで、内心毒づく。


「お前さんの欲しいものは、なんでも手に入れてあげたいのだが、今回ばかりは、相手が悪い。エリントンが相手じゃあ、歯が立たないぞ」


 セレーナの勤め先だと聞くまでは知らなかったが、エリントン商会は大きな商会だ。

 だが、ただの勤め先のエリントン家が、何の関係があるのか?


「セレーナの婚約者は、ハワード家だったはずだが?」


「そうだがな。昔から品行方正で名高い、騎士の家系であるハワード家は、後ろ暗いところが見つからん。唯一、借金があるが、借金をしているのが、エリントン家だ。エリントン家は、友達のよしみで貸しているらしいからな。借金を買い取って利上げする、なんてことが出来ないんだ。エリントン家は、うちでも手出しできん」


「ハワード家をどうにも出来ないのなら、セレーナ自ら、うちに嫁ぐようにすればいいんじゃないか? 彼女にはそれなりの借金があるだろ?」

「あれは、彼女の父親の名義だ」


「それを肩代わりするついでに、セレーナ名義に変えてしまえば。少し金を渡せば、実の親でも娘を裏切るんじゃないか?」


 食い下がる俺に、父親は今まで見せたこともないくらい嫌そうな顔をする。


「カルトスのところだろ? レストラン業界の重鎮だ。カルトスは高利貸しをしている、うちのことを嫌っている。仲間を法外な金利で食い物にしてきたからなぁ。しかも、レストランは、食料を扱うエリントンとの関係が深い。うちよりエリントン側につく可能性が高い。とにかく、お前が言うセレーナって女は、アラン・エリントンのお気に入りだ。うちでは手出しができん!!」


 父はでっぷりとしたお腹を揺らし、もう出ていけとばかりに追い払う仕草をした。





 足を踏み鳴らしながら、自室に戻る途中、仕事帰りの出来事を思い返す。



 フードを被った、いかにも怪しげな男が声をかけてきた。


 怪しすぎて、あまり本気で聞いておらず、今まで忘れていたのだ。



 その男は、「あなたが手に入れたい女は、庶民の出身ですよね。そして、憎き相手は、元貴族。本来なら出会いもしないはずなのです」と、切り出した。


「あなたは幼かったので知らないかもしれませんが、貴族は庶民とは結婚しないものです」


 なにを言いたいのかと、黙って聞いていると、

「昔のような、貴族は貴族の社会でいきる。庶民は庶民の世界でいきる。そんな世界に戻したいと活動しています。ご興味ありましたら、ここまで」

 そう言うと、住所の書かれた紙を手渡してきた。



 ポケットに丸めて入れられていた紙を取り出して、丁寧に伸ばしていく。


 貴族は貴族。庶民は庶民。交わらないのであれば、セレーナとあの男は結婚できないはずだ。


 フードの男の言うことに、少しずつ引かれていく。


 はたして、フード男の言うことは、本当なのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る