第52話 なぜか、酒
エドウィン様が、ペンを置いて立ち上がった。
「んで、マークは何をいいに来たんだ?」
エドウィン様の近くに進みでる。ウィルもついてきた。一緒に聞くつもりのようだ。
「今日、森に行ったときのことなのですが、・・」
「何故? 森?」
──エドウィン様も、そこが気になるのか……。
「あぁ、そいつは、周りに隠れて婚約者とイチャコラするためですよ」
ウィルが、マークの方に腕をかけ、体重をのせてきている。
ここで働き始めてすぐのころは、ウィルも畏まった態度をとっていたのだが、エドウィン様がウィルのことを弟として可愛がるのもあって、今ではこの仲だ。
「あぁ、ハワード家には工房があったな。家に職人がいるのか」
「そうですけど、マークはすでに当主ですよ。勤め人なんて黙らせて、家でイチャコラすればいいと思いません?」
「ウィル~!!」
「うわ! マークが怒った!!」
少し飛び上がり、マークに体重をかけるのをやめたが、ニヤニヤが止まらない。
「面白い話のようだから、酒でも用意するか?」
冗談なのかわからない言葉に、エドウィン様の従者が顔色を伺いだした。
このままでは、本当に酒がでてきそうだ。
「面白い話じゃありませんよ」
「んで、セレーナちゃんとは、イチャコラできたのかい? それとも、真面目なセレーナちゃんを怒らせたとか!?」
エドウィン様は、少し身を乗り出してニヤリと口角をあげる。
「なんだ? マークの婚約者は、真面目なのか?」
「真面目ですよ。じゃなきゃ、森なんて連れていく必要ないじゃないですか。いつも、午後はマークの家にいるんですよ。無理矢理、事に及んだっていいんだ。でも、それだとセレーナちゃんを怒らせるでしょ? いつもと違うところで、ちょっとずつ懐柔しようと思ったんだろ?」
言い当てられると、顔から火が出そうなのだが……。
「はっきり、言うな……」
「そういうことで、こいつが森に行っても、変なことではないんですよ」
──それを証明するために、ここまで言わなくてもいいのでは……
話が長くなりそうなことを察知して、従者が酒を持ってきた。
いつも大勢で執務をしている机を囲んで、酒盛りが始まってしまった。
ウィルも微妙な立場のせいで人と距離をとっていたが、エドウィン様も皇太子という立場のため気の置けない友人など殆どいないのだろう。
ここに通い始めたころ、逃げるように帰ろうとするウィルをしつこく引き留めていた従者は、仲良くなれそうな人の出現に、これ幸いと酒の席を用意したのかもしれない。
「森では、うまくいったのかい?」
「エドウィン様まで……。うまくいきませんよ!!」
「なんだ? へたれたか?」
ウィルは、まさかという顔をしただけだが、十ほど年上のエドウィン様は容赦がない。
「違いますよ。邪魔されたんですよ」
「まさか! 誰に??」
「エドウィン様の期待しているような話じゃありませんよ。森の中から、ボロボロの服装の男が出てきたんです」
「知り合いか??」
エドウィン様の目が鋭く光る。それなのにも関わらず、マークをからかう手を緩めない。
「知りませんよ!」
その男のことを説明したが、話せば話すほど不思議だ。
何故、武器も持たず魔物の住む森にいるのか。迷い込んだだけならば逃げるのは不自然。気が動転して、つい逃げたとしても、逃げる方向は森の奥ではないはず。
「う~ん。一応、騎士に頼むか……」
すでに逃げているだろうが、目撃したのに放置するわけにはいかない。
「ところで、ウィルが結婚やら、なにやらと聞こえたが?」
「俺のことは、大丈夫ですよ。色々と決めることが多すぎて、結婚は、まだ先になりそうです」
「例の、お嬢様だろ?」
「俺の、王位継承権をどのタイミングで放棄するのかっていうのが問題になっているようで、俺は今すぐにでも放棄したいくらいなのに」
「それは勘弁してくれ。うちの子はまだ小さいんだ。もう少し、頑張ってもらわねば困るよ。あぁ、そうだ。ちょうどいい機会だし、二人の婚約者に会っておきたいな。お茶会でもしようか」
すごくいいことを思い付いたとばかりに、顔を輝かせている。
「それは、エドウィン様と、皇太子妃様と、6人でということでしょうか?」
「いやいや、うちのマーラはダメだよ。人前には姿は出さない」
顔の前で手を振って、すぐに否定した。
エドウィン様が結婚したのは、貴族制度廃止の少し前。
その後で、急激に起こった、改革の動き。市民派が完全勝利し、貴族がいなくなった。
マーラの実家は貴族派だったのだ。
貴族派だからといって処刑されたわけではない。貴族全てが職を失っただけだ。すぐに切り替えて、仕事を探すことができた家だけが生き残った。
もともと、領民といい関係を築いていたエリントン家や、貴族だったときには、平民の仕事をしているとバカにされるほど、魔道具作りに定評があったサンチェスト家などだ。
多くの貴族派は、貴族としての意識が抜けず、平民のように働くことを躊躇った。その間に殆どの家がつぶれてしまったのだ。
マーラだけは守れたが、貴族派だったこともあり、実家に大きな支援はできなかった。今は、細々と、地方で暮らしていると聞く。
いまだに貴族社会を取り戻そうと画策しているものには、マーラは接点を持ちたい相手だ。市民派、貴族派の争いに巻き込まれるのを嫌って、王宮の奥、住居区間から出なくなってしまった。
マーラだけではない。産まれた子供を利用される可能性もある。
しばらくは、ウィルに、王位継承権を持っていてもらわねばならない。
それに、王位継承者は議会が決めることだ。今のところ、謙虚で優しいウィルの評価は悪くない。むしろ高いくらいだ。
「二人の婚約者同士は知り合いなのだろ?」
「知り合いっていうより、主従の関係というか、取引相手というか……」
「知り合いなら、一緒に来ればいいだろ? たしか、マークの婚約者は、魔法省で問題を起こしていなかったか?」
「セレーナは、被害者ですよ。オリバーのせいです!」
エドウィン様は、度数の高い酒を煽った。
自分で言っておいて、名前が出るとイライラがぶり返す。エドウィン様に続いて、酒を煽った。喉が焼けるような熱を感じる。
「森には、変な奴がいて、呪いの魔道具がばらまかれて、良からぬ動きをしている家はあるし、何だか、小さい問題だらけだな」
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