第51話 なぜ、からかわれる?

 セレーナを家まで送り、扉に鍵をかけたことを確認すると、王宮に向かった。


 イライラは募るばかり。

 オリバーが言った言葉にギクッとした。

 美しく可愛いことも、魔法や魔道具について詳しいことも、セレーナが好きな理由の一つだ。もちろん、それ以外にも、知的で落ち着いているところも、照れてはにかむところも、魔道具作りに夢中になりすぎるところも好きなところだ。


 セレーナの体が目的……か。

 好きな人を抱きたいと思うことが、おかしいことだとは思わないが、肌を合わせる関係になりたいと思ってしまっていることは事実だ。


 セレーナが、素敵で俺には勿体無いくらいの女性だと言うことがわかっているから、オリバーの言葉に自信をもって「俺が幸せにする」と言いきれなかった。


 悔しさと、イライラが入り交じった状態で、執務室の扉を開けた。


「あれ? マーク? 今日は休みじゃないっけ? …………それに、どうしたんだ? 人でも殺してきたような顔をしているぞ。セレーナちゃんを、怒らせたか?」

 ウィルがすぐに気がつき、声をかける。からかいの気配が混じっていた。

 いつもなら、セレーナの名前がでると、穏やかな気持ちになるのだが、今日はオリバーのことが連想されて、さらに眉間にシワがよる。

「うわ! 顔が怖くなった!? まさか、本当にセレーナちゃんと喧嘩した!?」

「いや、喧嘩じゃない……。オリバーに難癖をつけられた」

「はぁ~ん」

 ウィルは、目を細めて訳知ったると言う表情だ。


 もう仕事も終わりの時間。

 ウィルが仕事を切り上げて、話を聞いてくれるらしい。

「あぁ、でも、俺はエドウィン様に話があって来たんだ」

 皇太子に目をやれば、

「俺か?? 構わんぞ。まだ、もうちょっとかかるからな。そっちの惚気話を、先に終わらせてくれ」


「惚気話じゃ、ありませんよ……」

 ウィルはニヤニヤして、部屋の隅に移動した。

「んで、オリバーには何て言われたんだ? あいつは、セレーナちゃんに、ご執心だろ?」

「そうなんだ。あいつは、セレーナを嫁にほしいらしいんだ。俺がセレーナと婚約したのは、自分の都合のためだと言われたよ」

「はぁ、例えば?」

「綺麗なところとか、魔道具の知識があるところとか、まぁ、他にも……」

 さすがに、体が目的だと言われたとは口にできなかった。

「まぁ、ハワード家の魔道具工房は、おじさんがセレーナちゃんの能力に目を付けて、作ってしまったようなものなのだろ? だから、それがよくて好きになったのとは違うだろ?」

「まぁ、そうなんだが」

 ウィルはいつになく真剣な顔をする。

「俺は、最近思うんだ。好きになったが、誰にも文句を言われないくらいの家柄でよかったって。家柄がいいから知り合えたんだが、それでも通りすがりのを好きになる可能性だってあったんだ。エミリーが、父が勧めてくるような女性でよかったって。マークもそうだろ?」

 なんて余裕のある発想なんだと、ウィルを見る。


 エミリー嬢なら、誰が見ても、ウィルの結婚相手に相応しい。

 政略結婚になっていたとしても仕方がないと思うのだが、そう思えば、そんな相手と相思相愛でよかったのだろう。


 俺が好きになったとしても、セレーナが俺を好きにならなかった可能性だってある。

 思いが通じあっているということだけで、いいことなのかもしれない。


「まぁ、オリバーには気を付けるに越したことはないね。エミリーに聞いた話だと、アラン様が魔法省に直接文句を言ったらしいぞ。オリバーが切れる手札は、もうないとは思うのだがな」

「セレーナも、絡まれたら逃げる気満々だったな」

「はっはっは。セレーナちゃんらしいな」

 ウィルのお陰で、一応落ち着いた。


 オリバーは、完全に自分の都合で、セレーナを嫁にしたいようだった。

 セレーナが、あれを聞いてオリバーに靡くとは思えないから、オリバーが強行手段にでないか、それだけ気を付けようと思う。


「んで? マークは何を言いに来たんだ?」

「あぁ、実は森でな・・・」

「はぁ?? 今日はセレーナちゃんとデートだったんだろ?? なんで森なんて、行っているんだ??」

 なぜ、今日、デートだと知っているんだ??


──エミリー嬢か……


 セレーナが、俺に合わせて休みを取ったことを聞いたのだろう。

「いや、ピクニックにだな」

「わざわざ森に??」

「悪いか?」

「デートなら、もうちょっと、おしゃれなところがあったろ~」

 そこまで言われると、言い返してやりたくなる。

「そんなこと言って、お前ならわかるはずだぞ。完全に二人きりになりたかったんだ。下心があったことも否定しないさ」

 ウィルは、そっぽを向いて、少し頬を赤らめると、

「まぁ、確かに……」

といった。


 エミリー嬢の周りにいる人は、俺と比べ物にならないくらい多いはずだ。完全に二人きりになれたことなどないだろう。

「森……」

 なんとなくウィルの表情から、自分も森に行くことを計画しているのではないかと思うのだが、ウィルの場合二人きりにはなれないだろう。エミリー嬢の侍女が、ついてくるはずだから。

「お前の場合は、早く結婚してしまえ」

「簡単に言うなよ~。はぁ~」

 大きなため息とともに空を仰いだ。


 国民に王子と発表しているわけではない。それなのに王位継承権が残っている。皇太子エドウィン様に男児が産まれたとはいえ、まだ幼い。王位継承権を持つものの結婚となると、決めておかねばならないことやら手続きやらで大変なのだろう。


──まぁ、エミリー嬢であれば、何が起こっても乗りきってしまいそうだが。


「とにかく、報告があるんだろ?」

 遠い目をしていたウィルが、現実に戻ってきたようだ。


 エドウィン様の仕事が、一段落したらしい。

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