第50話 意外にも冷静
セレーナは、思った以上に冷静だった。
腹立たしいことは間違いない。ただ、マークがセレーナ以上に怒ってくれたので、自分の怒りがスーッと落ち着いてしまったのだ。
何より、マークが剣を抜かないかが、心配だった。
内容は侮辱的であったが、オリバーが手を出してきたわけではない。口喧嘩に武器を取り出したとなれば、マークの方が悪くなってしまう。
マークの利き腕に手をやり、なるべく密着していた。どれだけ効果があったのかはわからない。
オリバーが、屈辱的なことを言えば言うほど、マークのことが気になり冷静になっていった。
「セレーナ。うちに来るかい?」
しばらく腹立たしそうに不穏な雰囲気を醸し出していたマークが、セレーナの部屋が近づくと心配そうな顔をする。
「マーク様は、今から仕事に行くのですよね?」
「そうだな。今ならギリギリ、ウィルがいるはずなんだ」
マークの肩書は、ウィルの護衛兼事務補助だが、自由に休みはもらっている。皇太子の護衛がいるので、執務室にいる間は護衛は必要ない。通勤のときだって、元騎士のウィルに護衛が必要だとは思わないのだが。
「私、自分の部屋で大丈夫です」
「でも、だな……」
「お仕事も持ち帰っていますし」
「オリバーが、また訪ねてくるかもしれないだろ??」
「扉は開けませんし、魔道具店のことで強請をかけてくるとは思えないので、私でも逃げられますよ」
オリバーとて、前みたいに、セレーナを脅すことはできないのだ。
魔道具作成を強要されたあと、話はエミリーを通じてアランの耳に届いたらしく、当主でもあり、この国一番の商会の頭取でもあるアランから直々に、魔法省に申し入れがあった。
この国一番、しかも、生活必需品である食料を取り扱う商会のエリントン家は、取引相手ではない若い人にはそこまで認知されていない。
商会の荷物は多すぎて、いくつかの倉庫に分けて運び込まれているし、なるべく仕入れ先から直接販売先へ運び込んでいる。商会の本部があるエリントン家の近くでは、たくさんの荷馬車を見ることはないし、エリントン家自体、昔の貴族街の大きなお屋敷であり、繁華街からは見えない。
歴史や流通を学んでいなければ、若者ではその大きさに気付けなかったとしても、無理はない。
ただし、それは、若者に限ってのことだ。
十年ほど前に起こった貴族制度崩壊の前までは、大領地をもつ侯爵家だ。広い領地では、効率的な農業が行われ、国を食料の面から支えていたのだ。実直な性格で、国王からも信頼が厚く、敵に回そうとは思わないくらいの力があった。
それが、貴族社会崩壊でさらに力をつけ、国一番の商会になったのだ。
昔のエリントン家の権力を知っているものからすれば、逆らうなど愚の骨頂。目をつけられてしまえば、何が起こるかわからなかった。
たとえば、必要なものを仕入れるのに普通の二倍にも三倍にも値段をつり上げることができてしまう。他から仕入れようとしても、エリントン商会と関係していない店などほとんどない。そんなことになれば、破産してしまうのは時間の問題だ。
エリントン家の名前を出し、「うちの魔道具が疑われたようだが、適切な審査は受けているはず。詳細を教えて欲しい」と手紙を出せば、それだけで、魔法省の上層部は縮み上がった。すぐに、使者が謝りに来たのだ。
もちろん、苦言を呈される原因を作ったオリバーには、厳重注意が言い渡され、勝手な行動は慎むように言い渡された。
オリバーが魔道具に言いがかりをつけても、セレーナは無視していいことになっている。
「でも、だな~。この前だって」
「ふふふ。この前のことは、アラン様がかなりお冠でして……。可愛そうに、魔法省のお偉いさんが青くなってしまいました」
それでも、しばらく悩んでいたマークは、
「う~ん。それなら……。朝、俺かギルバートが来るまで、扉を開けてはならないよ」
と言いくるめて、マークは渋々、仕事に向かった。
セレーナは家にあったもので食事を済ませ、ガサゴソと、がらくたの入った箱をかき混ぜる。
マークには仕事があると言ったが、実は作りたい魔道具があった。
サンチェスト魔道具店で、個人的に作っても言いと許可をもらった魔道具。氷菓子用の魔道具を作りたかったのだ。
いくら、冷静だったとはいえ、オリバーに腹が立ったことには変わらない。魔道具を作っていても、たまに思い出して、魔力文字が乱れて、なんども作りなおすことになってしまった。
家にあるものでは小さなものしか作れなかったが、上手くできたと思う。
試作してみて上手く動けば、エミリーの分も作ってプレゼントしようと思う。
あぁ、もちろん、光源の魔道具も作りましたとも。
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