第49話 平行線

「セレーナ。君は、なにをしているんだい?」


 声の方向を向けば、眼を怒らせたオリバーがいた。


「僕というものがありながら、君は何をしているんだい?」


 セレーナに回ったマークの腕に、力が入った。


「何を言っているんだ?? セレーナは、俺の婚約者だが」

 マークの威圧感のある声が響いた。

 セレーナは、マークの方に身を寄せた。


「あぁ?? セレーナは、僕のものだろ? 君は、何故、僕でない男と婚約など、しているんだい?」


 フワフワしていた気持ちが、冷えて沈んでいく。


──はい? オリバーのもの??


「私、マーク様をお慕いしておりますので」


 はっきり告げれば、オリバーは少し面食らったようだ。

 それでも、すぐに、いつものイヤらしい笑顔に戻った。


「セレーナがどう思っているかなんかは、関係ないね。僕の伴侶となる運命なんだ。それを、勝手なことをしないでもらいたいな」


──なぜ、私がオリバーの伴侶になる運命だと思ったのかしら?


「セレーナの気持ちは関係ないと言い切ってしまえる君に、セレーナを幸せにできるとは思えないね。もう、絡んでこないでもらえるかな」


 マークがそう言うと、オリバーはバカにしたように笑った。


「お前のことは調べてあるんだ。家に借金がある男が、何を言っているんだ? バカなことを言わないでくれ」


 マークが奥歯を噛んだ。


 その借金が、マークの父、ダリウスを助けるためのお金だということを、セレーナは知っている。

 今は、元気になったダリウスも働いている。魔道具工房も順調だ。

 セレーナとしては、マークの借金のことなど気にしていなかった。


「マーク様。彼の言うことは、気にしないでください」


 小さな声で囁いたのに、オリバーには聞こえていたようだ。


「ふん! セレーナ。僕なら、君の家の借金も返せる。僕は、気に入ったを、どんな方法で、嫁にしてもいいと言われているんだ。セレーナは、僕のためのだよ。それに、宮廷魔道師の僕なら、君の知識もいかしてあげられるし、君だって、自分の知識をいかしたいだろ?」


──知識をいかすとは? このまえ依頼された設計図のようなこことだろうか?


 もちろん、正規の方法で依頼されれば、セレーナだって嬉しい。

 半分脅すような口ぶりで、無理矢理、仕事を押し付けられたようにしか感じていなかった。


「それに、君の容姿は優れている。知識だって、十分だろう。僕の妻になる女性は、それくらいじゃないとね」


 ニヤ~と口角を上げて笑った。眼が笑っていないのが、不気味だ。


「自分のためのようにしか、聞こえないのだが」


 マークが、怒りを押し込めた声で聞いた。


「それ以外に、何があるんだい? 君だって、そうだろ? きれいで、知識もあって、君んちの魔道具工房に利益をもたらしてくれる。セレーナに触れているところを見ると、セレーナの身体も、目的の一つなのかもしれないね。つまり、自分の快楽のためだ」


 マークが、鋭い視線で睨み付けた。


「それで、セレーナ。早く、その男から離れるんだ」


「俺は、セレーナに幸せになってもらいたいと思ってる。自分のためだけの結婚じゃないんだ」


 マークが渋い顔のまま言う。


 焼き餅焼きのマークが、自分の事を好いていてくれることはわかっていた。


「はっ?? 綺麗事だね」


 セレーナは、マークが怒り出さないか、ヤキモキしていた。


「マーク様は、私のことを思ってくれていると、わかっております。もう、行きましょう」


「君とは、話し合いにならないみたいだ。セレーナ。行こう」


 マークはそう言うと、セレーナを伴ってオリバーとは反対方向に歩きだした。

 後ろから、鼻を鳴らす音が聞こえた。

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