第48話 藪から

 藪が大きく揺れて、のっそりと男がでてきた。


 その男と目が合う。服装は汚れているが、遭難者とは違うようだ。しっかりとした足取りで、目は強い光を放っていた。


 一瞬、目を見張って固まったようだが、すぐにきびすを返して、走り去っていった。


 えっ?


「チッ!!」

 マークが大きな舌打ちを残して立ち上がり、その男のあとを追う。


 ガサガサ!!


 藪を大きく揺らし、走っていった。

 木が多くて見通しが悪い。すでに、逃げた男の後ろ姿は見えなかった。


 マークは男を追ったが、セレーナの気配を感じられるところで足を止めた。


 回りを警戒しながら、帰ってくる。


「マーク様。何者でしょう?」

「わからん。ただ、逃げていったところをみると、見なかったことにはできないな」

 マークは大きなため息をついた。

「セレーナ、帰ろう。仕事ができてしまった」

「えぇ、早く帰った方がいいですね」


 荷物を片付け、歩き始めると、マークが手を差し出してきた。その手をとると、マークの手が暖かかった。


 マークに触れられたことを思いだし、一人でドキリとする。


 中断されてホッとした気持ちと、残念な気持ちが複雑に混ざっていた。




「ここら辺では、見ない顔ですね」

 歩いている私たちに声をかけてきたのは、土で汚れた手で、エプロンをはたく女性だった。

 花畑の手入れ中だったようだ。

「ちょっとピクニックに」

 セレーナが答えると、「まぁ、森しかないのに」といった。


 女性が、手をはたいて土を落とすと、髪を掻き上げる。

「馬車を停めさせてもらっているんだ」

と、マークが馬車を指差すと、そちらの方を向いた女性の髪には、きれいな髪飾りがとまっていた。

「あぁ、剣もお持ちでしたか。少しでも森にはいると魔物がでますので、気を付けてくださいね」

 女性が言う。


 魔物は出るかもと思っていたが、不審者が出るとは思っていなかった。


「不審者を見たことはないですか?」

 マークの問いかけに、女性は大きく首を傾げた。

「う~ん。この辺は出入りの多いところですから、不審者と言われても……。わかりませんね。何かあったのですか?」

「気になることがあったものですから。魔物や不審者には気を付けてください」

 女性は、ニコリと笑った。




 不審者のせいで早く戻ってくることになり、御者は驚いていたが、セレーナ達がガッチリ手を繋いでいるのを見ると、ホッとしたように、馬車の扉を開けてくれた。



「武装しているわけでもないし、何だったんだ?」

 馬車が走り出すと、マークが難しい顔をした。片腕はガッシリセレーナの腰に回っている。

「あの森は大きいのですか?」

 セレーナはマークを見上げるが、マークは宙を睨んだままだ。

「そんなに大きくはないぞ。でも魔物はでる。あんなに軽装でフラフラしていたら、危ないはずなんだが」

「服が汚れていましたから、しばらく森に潜んでいたのでしょうか?」

「しばらく……。武器がどこかに隠してあったとしても、一人とは考えにくいな。それにしても、なぜあそこに潜んでいるのか?」

 必死で考えても、セレーナには、考えるための情報がない。

「やっぱり、隠れているんですよね?」

「他に考えられないが……。潜んでいる? それなら狙いは王都だ。それも、沢山の者を匿っていたら目立つ中心、つまり王宮が狙いと考えてもおかしくないだろう。こんな遠くから、どうやって情報を仕入れているんだ? 情報を運んでいる者がいるとしか……」

「運んでいる者ですか?? 何度も往復していると言うことですよね?」

 マークが、じっくり考えた後に、眉を潜めた。

「たしか、トマスは休みのたびに、森へ写生へ行っていると言っていたよな?? 写生はカモフラージュで、本当はあいつらの仲間なんじゃ??」

 セレーナは首を傾げた。

「トマスさんだとは、考えにくいのですが……」

 マークはムッとして、腰に回している腕をお腹に移動し、引き寄せてきた。

 マークとピッタリ密着する体勢になってしまう。

「セレーナは、トマスのことを信頼しているのだな」

「それは、仕事仲間ですから。トマスさんが、休みのたびに森にきている理由でしたら、予想がつきますよ」

 マークが複雑な顔をしている。


──マーク様ったら、焼き餅焼きなんですから。


「まさか、トマスは真面目だから、毎回、写生に来ているなんて言う訳じゃないよな??」

 拗ねた顔をするマークを愛らしく思う。

「ふふふ。マーク様からは見えなかったのかもしれませんが、帰りに話しかけてきた女性がいましたよね。彼女の髪飾りが、見事なものでした。チラリとしか見えませんでしたが、生き生きとした花が、トマスの作品だと思うのです」

「ん? トマスは、あの女性に会いに来ていた可能性があるってことか?」

「あれほど見事な造形を作れる職人を、私は、他に知りません。十中八九、トマスの作品ですね」

 マークの腕が緩んだ。

 大きく頷いて、表情も緩んだ。

「それなら、休みのたびに、森に行くのも納得だ」

 そういうと、マークはセレーナを再び引き寄せた。

「ま、マーク様!?」

「さっきは、邪魔されたからね」

 マークは少しだけセレーナの方へ体を向ける。

 腰に回した腕とは反対の手が、セレーナの首筋に触れそのまま後頭部へ。


 セレーナは、マークの熱を孕んだ視線から、目が離せなかった。


「セレーナ、大好きだよ」

「私も、お慕いしております」

 マークがそっと顔を近づけて、優しく唇が触れた。

 触れるだけの、優しい口づけ。


 一度、唇が離れると、貪るような激しい口づけが。


 セレーナの家の前につくまで、抱き締められて過ごした。


 馬車のなかでは抱き締められてただけなのだが、フワフワと思考が働いていない。

 ゆっくりと馬車を降りると、マークが支えてくれた。

 マークの腕の中に抱かれているような形となった。


「セレーナ?? 君は、なにをしているんだい??」


 怒気を含んだ、低い声が聞こえた。

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