第47話 森

 穏やかな日差しの中、馬車がゆっくりと進む。

 王都中心の賑やかさから離れて、穏やかな時間が流れている。


 今日はエリントン家のお仕事をお休みし、マークと出掛けてきたのだ。


 マークが馬車を手配してくれたのだが、朝早く出発したので、少しウトウトしてしまった。

 マークに、もたれ掛かりながら寝ていたらしい。

「最近は、休みもなく働いていたから、疲れていたんだよ」

「そうかもしれません。こんな時間から寝てしまうなんて、不覚でした」

「ゆっくりしに来たんだ。少し寝てしまうくらいが、ちょうどいんじゃないかな」

 御者に馬車の見張りを頼み、大きなバスケットをもって馬車から降りると、町の外に向かって歩き始めた。


 畑や庭がある家が続く。その中に、花畑があった。

「きれいですね」

「セレーナは、花は好きかい?」

 嫌いではないのだが、特別好きかといわれると返答に困る。

「う~ん。綺麗だとは思います。好きかどうかは、人並みでしょうか」

「マーク様はどうですか?」

「特に、花は好きではないなぁ~」

「なんとなく、そんな気がしました」

 「ふふふ」と笑うと、マークが手を差し出してきた。手のひらを重ねると、指を絡ませてつなぐ。

「セレーナは薬草とか好きだし、花も好きかと思ったんだけどな」

「あぁ、薬草は好きですね。調合して、思った通り効果がでると面白いです」

「・・・・・。薬草は薬草でも、乾燥している方が好きそうだね」

 何故か、マークに笑われてしまった。

「そんなことありませんよ。乾燥だって、技術がいるのです。乾燥から自分でできたほうが、良いものができるのです」

「そこまで追究すると、育てるところからやりそうだ……。」

「時間があったら挑戦してみたいのですが、さすがにそこまでは……。処理が上手い薬草を買ってくるようにしているので、普段は乾燥もしませんから」


 そんな、たわいもない話をしながら、森に到着した。




 トマスが森に写生に行くという話をしたら、マークがピクニックに行きたいと言い出したのだ。

 お弁当や敷物などをバスケットに詰め込んできた。

 森には魔物がいる。深いところまで入らなければ、危険はないらしいが、デートに向いた場所とはいえない。

 実際、マークの腰には愛用の剣が、ぶら下がっていた。


「ここら辺なら、魔物もでないよ」

と、木陰に敷物を広げ始めた。

 セレーナもそれを手伝う。

 敷物の上に腰を下ろした。

「天気もいいし、気持ちいいな」

 そう言うと、マークはごろんと横になり、セレーナの膝の上に頭をのせる。

「ま、マーク様!?」

 膝枕くらい、嫌なわけではない。それでも驚いて声をあげると、マークはいたずらが成功した子供のように笑った。

「ん?」

「びっくりしました」

「うん。ちょっとだけ」

 マークが目をつぶると、長い睫が影を落としている。

 じっと見ていると、目蓋がピクピク動いた。

「そんなに見られたら、恥ずかしいな」


 こっそり見ているつもりだったのに!!


 マークはガバッと起き上がると、セレーナの斜め後ろに腰を下ろした。

 そのまま、お腹に腕が回されて、引き寄せられる。

 後ろから抱きすくめられた。

「ま、マーク様!」

 マークの顔が耳元にあり、吐息がかかる

「うん?」


「ちょ、ちょっと・・」

「うん?」


 逃れようともがいてみても、しっかりと抱き締められていてびくともしない。


「あ、あの!」

「うん? どうした?」


 不意に、耳たぶを食む。

「ひゃあ!」

「ふふ、かわいい」


 かぁーと体温が上がっていくのがわかる。


「ま、マーク様!」

「うん?」


「お、お昼にしましょう!」

「ん~? しょうがない。そうしようか」


 セレーナのお腹に回した片腕はそのままに、バスケットに手だけ伸ばすマーク。


「マーク様、もしかして、このまま食べるおつもりですか!?」

「え? 駄目だったかな?」

「喉を通る気がしません……」


「それは、困ったなぁ~」

 マークは嬉しそうで、全然困っていないようだが。


 手を伸ばしても、バスケットまで、あとちょっとが届かないようだ。


 もう一度、セレーナの首もとに顔を埋めると、

「ごはん食べたら、もう一度こうしてもいい?」

「え! でも、それは……」


 もう一度、耳元で囁く。

「いい?」

「ひゃあ!」

 勢いで頷いてしまった。


 マークは、セレーナのお腹に回していた腕を緩める。

 膝で立ってバスケットを持ち上げるとセレーナと自分の前に置いた。


 バスケットを開くと、美味しそうなサンドイッチが。


 一つ手に取り、口に含む。ハムの塩味とキュウリの爽やかさが、ちょうどいいバランスで美味しい。

 美味しいのに、さっきのことで頭が一杯で、サンドイッチが喉を通らない。


 マークは、パクパクとサンドイッチを平らげていく。


「セレーナはあとで食べてもいいよ。どうする?」

「た、食べます!」


「どうぞ」

 そう言うと、バスケットをセレーナが取りやすいように移動してくれた。

 一口含んで租借していると、マークと視線が合う。


 視線をそらして横を向いて、サンドイッチを飲み込む。

 じっと見つめられながら、なんとか食事を終えた。


「じゃあ、セレーナ、おいで」

 マークが、自分の足の間をポンポンと叩きながら、手招きする。

 自分からその場所に行くことを考えたら、顔から火が出る。


──すごく、色気たっぷりの体勢で呼んでいるのよ。


 マークの要求を飲んだら、理性を保っているのが難しくなってしまいそうだ。


「セレーナ。おいで」

 マークが手を引く。


 マークの腕がセレーナを引き寄せた。

 セレーナの長い髪を掻きあげると、あらわになった首筋にマークの唇が這う。

「ん!」

「セレーナ、好きだよ」

 マークの優しい声が、心に染み渡る。

「マーク様。私も・・・」

 少し振り替えってマークを見ると、顎にマークの手が添えられる。上を向かされると唇が近づいてきて・・・。



 ガサ! ガサ! ガサ! ガサ!!


 少し先にある藪が、大きく揺れた。

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